第6話 秘密があるあいつへ

丈夫たけおさん、今週タコちゃん用のトイレットペーパー足りないかもしれないわ。フリマアプリで買おうかしら?」


幸子さちこちゃん、俺が何とかするから大丈夫だよ。いつもありがとう。折り紙はどう?」


「この間大容量の買ったから、全然大丈夫よ。それよりもマヨネーズはちゃんと使ってるのかしら。1日1本は結構……」


「作ったら聞いておくよ」


 ○○○○○○


 俺の名前は岡野おかの丈夫たけお


 本業は、この世で一番素敵な女性である幸子ちゃんの夫。それに付随する役職、一人娘杏梨あんりの父。


 副業はたこ焼き屋の店主。たこ焼きヒーロー様の生き物の創造主。


 社会的職業は会社員。所属部署は【怪人研究部】。岡野家の主な収入源はこの会社から出ているが、この仕事は家族にも内緒だ。


 俺は会社で【岡野博士】と呼ばれている。



「岡野博士、最近、怪人研究はどうですか?そろそろ世の中を滅ぼす悪いやつは作れそうですか?」


「うーん、なかなか上手くいかないんだよなー。何しろ耐久力も持続性も悪くて」


「博士は天才だと思いますけど、そろそろ結果出さないと『給料泥棒』って言われちゃいますよー?」


 若い職員に軽口を叩かれる。それも仕方がない。俺は長年怪人研究をしておきながらも未だに『怪人らしい怪人』は作れていない。


 作れたのは『ヒーローもどき』だけだ。



 幸子ちゃんにあいつのことがばれたときは、ヒヤヒヤしたが、彼女は「ヒーローを作ってるなんて凄いわ!」と勘違いしてくれて助かった。お陰で家でも研究ができる。


 彼女は『タコヤキ・マン』の胴体部分のトイレットペーパーの芯を集めてくれる。「この方がヒーローっぽいわよ」と言って、折り紙でマントまでつけてくれた。こんなに献身的な妻はいるだろうか?

「マヨネーズが欲しい」とあいつが戯言を言い始めたときも、彼女は快く箱買いして首から下げられるように毛糸でひもをつけていた。原材料の高騰により、1日1本の消費は家計に支障が出るようになってしまったようだが。


 あいつの作り方は簡単だ。


 トイレットペーパーの芯に折り紙のマントをつける。ホッチキスだったり、両面テープだったり、これは幸子ちゃんの気分。


 その上に爪楊枝を差した熱々のタコヤキを乗せる。


 そして、『怪人ニナール液』を一滴、たこ焼きにかける。


 そうすると、あいつはみるみる胴体ごと大きくなり、手足が生える。爪楊枝まで大きくなるのは不思議だ。胴体もマントも原材料とは違う質感に変化する。


 首からマヨネーズを下げて、『タコヤキ・マン』の出来上がりだ。


 問題なのはあいつが自分のことを『ヒーロー』だと信じていることと、悪いことは絶対しないことである。


 洗脳しようとしたりしてみたが、3分だとどうにもならない。そして、何度死んでもあいつの意思は無駄に固い。

 1度に何体も作って、個体差をみようとしたが、何故か1度に作れるのは1体だけで、それ以上はいくら液をかけてもたこ焼きのままだった。まるであいつの魂はたった1つしかないとでもいうように。


 机に向かって考えこんでいると、先程の職員が申し訳なさそうにまた声をかけてきた。


「そんなに考えこまないで下さいよー。嫌なこといってすみません。耐久性と持久力なら、別の食べ物にしたらどうですか?」


「なるほど、熱々おでんの玉子とかか?」


「あっ、俺大根の方が好きです」

「大根は柔らかいだろ?」


 これは良いアイデアかもしれない。沸き立つ研究心を抑えながら、俺は家に帰った。幸子ちゃんにばれないように、研究室に来るのも大変なのだ。浮気だなんて疑われて、離婚になったら俺は耐えられない。


 家に着いて、とりあえずいつも通りにたこ焼きを焼く。1日1体作成はノルマだ。それに、今日はあいつに聞かなきゃいけないことがある。


 ぽとっ


『怪人ニナール液』によって、不思議な生物が出来上がる。あいつはすぐ冷蔵庫を開けて、マヨネーズを出した。自分ではつけられないあいつのために、いつも通りつけてやる。


「タコ、このマヨネーズって役にたってるのか?1日1本は家計に響いてるみたいなんだが」

 大人しくマヨネーズのひもを結んでもらっているタコは時間がないので即答した。


「泣いている赤ちゃんに差し出したら、母親に怒られたな」

「いらないってことでいいか?」


「いや、これをつけてると世の中のマヨラーは味方な気がして勇気が湧くから必要だ。僕はカッコいいベルトもマークもないから。あと、タイマーが欲しいな」


「そうか、タイマーは勘弁してくれ。お前が死ぬと何故かつけてたものも消えちゃうから、再利用出来なくて困る」


 これ以上話していても、更なる要求をされそうだったので、「冷める前に早くいけ」と言って送り出した。


 幸子ちゃんには、今より容量が少なめのやつにかえて、業務スーパーで箱買いするからって言おう。


 不便な身体しか作ってやれない不出来な研究者の自分にも多少の良心はある。それにあいつのことは嫌いじゃない。


 不意にドアが開いて、何故かタコが戻ってきた。


「どうした?忘れ物か?」

 声をかけるとタコは真っ直ぐな目をして口を開く。


「いや、大事な事を言い忘れただけだ。

 店主にも幸子さんにもいつも感謝している。僕を作ってくれて本当にありがとう」


 返事をする前にあいつは足早に出ていった。誰かを助けるために。


 年をとると何故か涙もろくなる。目を擦っていると、幸子ちゃんがやってきた。


「丈夫さん、どうしたの?大丈夫?」

 俺の女神はいつも優しい。


「幸子ちゃん、大丈夫だよ。タコがさ、『作ってくれてありがとう』って言うからさ。あんなに不便で命も短いのに……」


 自分の手の中で冷めて消えていくあいつを何度見送っただろう。


「タコちゃんらしいわね。あの子いつも熱いから」

 幸子ちゃんは俺の背中を撫でた。


「何でヒーローをやりたいんだろうな?」

 誰にと言うわけでもなく呟いた言葉は幸子ちゃんに拾われる。


「熱い漢イコール、ヒーローっていう世間のイメージじゃない?」


 その言葉は俺の心にひらめきを与えた。


 そうだ、何故俺はおやつのたこ焼きに何となく液をかけてしまったんだ。


 残酷で冷酷な怪人は『冷たく』あるべきなのに。


「幸子ちゃん、ありがとう」


 俺は普段家族には見せない『会社員』の顔で笑った。




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