第5話 愛縁奇縁

学生のテンションが一番上がるであろう夏休みの初日、亮は母に病院へと連れてこられていた。記憶喪失は精神科なのか脳外科なのか分からなかったため、総合病院に来た流れである。


(風邪、初診5000円、う、頭が!!)


「リヨ、先生に症状のことをしっかり話すのよ?」


隣から声が聞こえ、よみがえった痛い思い出にふたをし、すぐに思考を切り替えた。

ちなみにだが、亮は両親からリヨと呼ばれている。横を向いてみると、いつもはニコニコしていて、あまり口出しが少ない母が心配そうに手の平を頬に当てる。昨日、台所でお味噌汁をかき混ぜている母に、いきなり頭が痛くなり、記憶喪失状態に陥った旨を伝えた。その瞬間、固まってしまう母沸騰しあふれ出る味噌汁。慌ててガスを止めたのは言うまでもない。


「わかってるよ…」


この会話はすでに何回も繰り返していて、さすがにだるくなってきた今日この頃。

同じ会話を繰り返してしまうのは、小鳥遊家の特性なのだろか?と考えながら周囲を見渡してみる。


(しかし、同じ年の人がまったくいないなあ。)


病院は平日であるためか、年配の方々が多く座っている。今は、学校の廊下のように細長い待合室に座って待っているのだが、隣の奥さんが夜逃げしただの、うちの孫と一緒に海に行ってきたなどと、思い思いに楽しそうに会話している声がどこからともなく聞こえてくる。


(おばあさんたちは、会話が成り立っているのだろうか?あそこどう見ても会話の流れおかしかったよね!?夜逃げと海っていう言葉、かすりもしていないよね!?)


異世界に来てもやはりご老人の生態は変化しないのか、みんな大きな声で、文脈が成り立っていない会話をしている。背中の壁に体を預け世の中のご年配のコミュニケーション能力についてぼんやりと考えていると、


「小鳥遊 亮さーん 診察室までどうぞ―」


と、呼ばれる声が聞こえた。






「俺に、なんも異常がなくてよかったね」


病院の自動ドアをくぐりながら、思いを共有しようと母に話しかける。別に本当に安心した訳ではないが、一人で部屋にいるときに音がなくて寂しがためにテレビをつけるような感覚で話しかけた。母は診察の時先生からもらった書類に目を落としながら、答えた。


「そうね~、でも家の物の場所とか忘れている時もあるし、しばらくは様子見がいいかしら」


(ギクッ)


小説には主人公の家の物の場所の描写となく、場所がまったく分からないので家では戸惑うことが多かった。家は二階建てであり自分の寝室は二回の階段を上がりきったところの左側にある。そんな情景描写なんてものは勿論小説内では書かれていなかった。ゆえに家の中でさまよい歩き、自宅内遭難といういかにも頭悪そうな状態に陥ったのである。








病院から家に帰り扉を開けると、玄関に見慣れない靴があることに気づいた。

母のものだとするならば、少し若すぎる感じの靴であり、さすがに痛い。

もしそうであるならば、全身を覆えそうな絆創膏を準備する必要がありそうである。


その瞬間背中に冷や水をかけられたと錯覚するくらいの殺気が飛んで来た。


じょ、冗談はさておき、まあ実際は、だれか来ているのだろうという風に落ち着いたことにして、リビングに入るため曇りガラスでできたドアをスライドさせて中に入った。


すると、入って左手にある食卓の椅子に座っている女の子が目に飛び込んだ。その子は、亮に気づいたようで、座っている木製の椅子の前足を浮かせ、背もたれに体重をかけ背中を反らす。


それと同時に白くピンク色の雪みたいな髪が下に真っすぐ垂れていく。アルビノのような儚く弱弱しい感じではなく、元気に少しピンクっぽい髪が垂れさがっている。それはまるで春先、古びた神社の右横で、咲いている枝垂れ桜が風に吹かれるように。はたまた、4月に降る雪のように右へ左へと揺れる花びらのように髪が揺る。髪の長さはそれほど長くはない。肩にかかるくらいであろうか。髪の毛一本一本が気持ちよさそうに、自由気ままに揺れてる。


「ふぉはえりー-、きふぉくふぉーしふにまっぱんばっぺ?」


前髪も頭の後ろに流れ、青い紺色の目がしっかりと見える。深く何にも染まりそうにないしっかりとした紺青の色に絵具を落としたように中心に黄色がぽつんとある。


口にはアイスキャンディーを咥え左手で持っており、のけぞって倒れないようにするためか、右手でしっかりとテーブルをつかんでいる。少しお互いに見つめあった後、おかしそうに片っぽの口をつり上げた。


亮は、その姿に見とれていると。その少女はアイスキャンディーを口から放し、亮の正面に立つ。その時に前髪がふわり浮かび、サラサラとおでこに帰ってくる。前髪は目の上あたりできれいにきれいにそろっている。


桜 彩さくら さや…」


口からボソッと独り言のように漏れてしまった。


それを聞いたからだろうか、また桜は片っぽの口をつり上げ嗤った。


「やあ、初めまして。ボクの名前は、桜 彩さくら さや。どうやら、それはわかっていたようだね。

聞いたよ、記憶喪失になったんだって?亮のお父さんに聞いたときは思わず笑ってしまったよ。君は家の中で迷子になったそうじゃないか。」


なんとも特徴の掴みづらい声色で話してくる。


「あ、ああ。そうなんだよ。少し記憶がなくなっていてな、ほんと、不便で仕方ないよ。早く記憶を取り戻したいぜ、まったく ハハハ」


亮はとっさに答えて、笑って見せるが、桜は相変わらず、片っぽの口角をあげながら、僕の目をじっと見てくる。


どのくらい、目を合わせていたのだろうか? 今度は、人形のように整った笑顔を見せてくる。


「そうかい、それは不便そうだね。まあ何かあれば、ボクに聞けばいいよ。この家で過ごした年数は君より長いからね。たいていのことは教えられるさ。」


そう言い、残っているアイスをまた食べ始めめてしまった。

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