第52話 国家は忠死者の灰をもって建てられる

side .ミラン


「無抵抗な人間は可能な限り殺すな」

パイデスが戦争の準備を初めていたことには気づいていた。

先王が亡くなり、後を継ぐのが世間知らずのお姫様であれば、馬鹿な貴族どもの傀儡にになるのも分かりきったこと。

それでもギリギリまで手を出さなかったのは確固たる証拠がなかったことと、アイリスの動きを見たかったからだ。

エルダが王都を占拠するにはどうしたってルーエンブルクを通らなければならない。そう考えるとどうしても彼女の顔がチラついた。

戦争を嫌う心優しき娘に再び武器を握らせて血を浴びさせたくはなかった。

「まさか、アイリスが国を売るとはな」

そうなる可能性も視野には入れていた。ただ、欲に塗れた人ではないからこそ踏みとどまる可能性も高かった。そうなれば、彼女と殺し合う覚悟をしなくてはいけなかった。

「殿下、ヤンエイ公爵を見つけました」

「ネズミらしい良い隠れ場所だな」

ヤンエイ公爵は王族用の避難経路として使われる隠し部屋の中にいた。本来ならここを知っているのは王族のみでいかに公爵といえど知っているはずがないのだが、あの哀れな女のことだ。自分が利用されいていることも知らずにべらべらと極秘事項を話したのだろう。

「ルーエンブルク女公爵、これはどういうことかっ!誇り高きパイデスの貴族としてエルダを食い止めるのが貴様の役目であろう。それを放棄するだけでは飽きたらず、あろうことかエルダと結託するなど、許されぞ!」

「話しているのはエルダの王太子である私なんだけどね。私を無視して隣にいるアイリスに話しかけるなんて、パイデスのマナーはどうなっているんだ」

私は持っていた剣をヤンエイの口の中に入れた。

「あがっ」

少しでも口を動かせば剣で切れる状況にさすがのヤンエイも顔を青ざめさせ、黙り込んだ。

「まぁ、いい。アイリス、何か言いたいことがあるのなら言ってやれ」

「公爵、あなたが望んだ戦争です。あなたはエルダと戦争することを望んでいた。私はあなたの、あなた方の願いを叶えてあげただけですわ」

そう言ってアイリスは微笑んだ。涙を堪えて精一杯虚勢を張る姿はなんとも痛ましく、誰よりも国を想い、憂いた彼女にこのような決断をさせた王家には同じ王族として怒りを覚える。

「ルーエンブルクばかり被害に合うのは不公平でしょう。あなたがよく仕えていた我が国の女王は不公平を特に嫌っていましたよね。だから、公平にしようと思いましたの。初めての戦場はどうです?安全な場所で見る光景よりも刺激的で、素敵でしょう」

悪党というのは最後まで己の行いを省みない奴らの総称だ。この男も例に漏れず、自分のことを棚上げしてアイリスを睨みつけていた。きっとあの女王も友人に裏切られた哀れな己に酔いながら芋虫のように必死に逃げていることだろう。

散々エルダを馬鹿にしていた奴のそういう光景を思い浮かべるだけで笑えてくる。

「エルダと開戦になればルーエンブルクは否応なく戦火に飲まれることになる。私はルーエンブルク領主としてそれは容認できない。自分の行いを正当化するつもりはない。罰なら後で受けよう。ヤンエイ公爵、先に地獄へ行っていろ」

「連れて行け」

アイリスの気がすんだことを確認して部下に彼を連れて行かせた。

自身の欲のためにエルダと戦争をしようとしていた奴だ。我が国の裁判にかけてから公開処刑となるだろう。敗戦国の虜囚に対する裁判など形だけだけどな。

「後は女王陛下か」

「ああ」

私は隣に立つアイリスに視線を向ける。

幼い頃から王太子として剣術を学んできたから分かる。アイリスの剣術は我流だ。それでも幼い時から戦場を駆け、生き抜いて来た。

そんな彼女が先を読み、作り上げた私兵の練度は高く、この戦場でもいい働きをする。惜しいな。男であれば、そしてこんな国でさえなければ一国の将にだってなれたのに。

だが彼女の言動を見れば分かる。争いごとが嫌いなのだろう。それを考えると女であることは彼女にとって救いとなったのかもしれない。

「行こう」

「ああ」

私たちは女王を捕らえるために再び足を動かした。この戦いを終わらせるために。


◇◆◇


side .シーラ


どうして。どうして、裏切ったの、アイリス。信じていたのに。よりにもよってエルダと結託するなんて、信じられない。エルダはアイリスの家族を殺した奴らなのに。

「とにかく、今が逃げて、あとでアイリスを捕まえて、どういうことか聞かないと。あっ」

私は以前、お父様に教えてもらった秘密の経路を通って逃げていた。けれど、生まれてから一度も走ったことがない私の足は走ることに慣れておらず、またその体力もない。そのため足がもつれて転んでしまった。

「っ」

転んだ際に手を擦りむいたようで血が滲む。

「早く、手当てをしないと」

血なんてこれまで一度も流したことはなかった。怪我をするとこんなに痛いものなんだ。もし、剣で刺されたら・・・・・。

「いや、誰か、お父様、助けて」


怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない。


「死にたくない。怖い。怖いよぉ」

うずくまり、泣いていると「女王陛下」と私のよく知る声が聞こえた。

「・・・・・ルー?ルーっ!」

私はルーに抱きついた。良かった、生きてた。ルーは私の弟だからこの通路のことを教えてたんだった。きっとルーは私のことを助けに来てくれたのね。これでもう大丈夫だわ。私たちは助かる。

「アイリス裏切ったの。エルダなんかと結託して」

「ええ、知っています。ここにももう次期来ます」

「大丈夫よ、ルー。ここは私たちしか知らないから」

「いいえ、来ますよ」

「えっ」

ルーの確認しめいた言葉を聞き、私は急に不安にかられた。ルーの胸に押し付けていた顔を離し、彼を見つめる。そうすると何の感情も写っていない彼の瞳がそこにあった。

脳内で警告音が鳴る。早く、この男から離れろと。ルーは私の弟で、彼が私を裏切るはずがないのに。

「ルー、離して」

私を抱きしめるルーの腕がまるで私を拘束する鎖のようだ。

ルーは私のたった一人の家族なのに、私の唯一の味方なのに・・・・・怖い。

「今、エルダ軍とルーエンブルク軍はミラン殿下とアイリス様を筆頭にこちらへ向かっています」

「・・・・・どう、して?」

「俺がここの場所を教えたからです」

・・・・・裏切られた。たった一人の肉親に。唯一の家族に。

「俺はね、随分前からあんたを裏切って、アイリス様にあんたの情報を流してたんだ。気づかなかったでしょう。俺がアイリス様のスパイだって」

「何を、言っているの」

理解できない。頭が理解することを拒む。理解してしまったら、私の心が壊れてしまうから。

「ねぇ、どんな気分?スラムの薄汚いガキだと見下していた奴に騙されるのは?」

「どうして、どうして、裏切ったの?」

「あんたには一生分からないよ」

何を間違えたの?彼を拾ったこと?アイリスを友人に選んだこと?可哀想な平民に慈悲をかけたこと?

いつから私の完璧な人生は狂い出したの?

「あんたさ、よくアイリス様に絡んでたよね。本当は嫉妬してたんでしょう。従順で、無垢であることを美徳として育てられたお人形のようなお姫様。同じ女なのに、自分の足で立って、認められるアイリス様が羨ましかったんだ。でも、そんなの認めたくないよね。だって惨めになるだけだもん」

そうよ、だからアイリスのこと本当は大嫌いだった。太陽みたいに眩しくて、眩んでしまいそうで。私はこの国のお姫様として生まれたのに、特別な存在なのに、アイリスがいると霞んでしまう。私はまで彼女の放つ光の強さに負けてしまう。

「俺にとってもね、あんたは太陽みたいに眩しい人だったよ。俺を地獄から救い出してくれたたった一人の人。大好きで、同じくらい憎んだ。あんたの偽善に何度も嫌気がさしたよ。でも、それも今日で終わり。本当の意味でパイデスが滅びる前に、国民があんたを憎むようになる前に俺が全部終わらせてあげる」

「・・・・・・ルー」

背中が熱い。体から力が抜け、崩れ落ちるのをルーガ支えてくれた。

「大丈夫。寂しくないように、俺も一緒だから」

薄れゆく意識の中で最後に見たのはルーの微笑みで、最後に感じたのはルーの目からこぼれた涙の感触だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る