第49話 願いは届かず

「女王陛下、この度はお招きありがとうございます」

「まぁ、アイリス。来てくれたのね。なんだか、仕事以外であなたに会うのは久しぶりね」

女王は親しい令嬢たちと一緒に王宮の中庭でお茶を楽しんでいた。その姿はまるで王女の時そのままだ。

しかし・・・・・。

私は女王に招かれた令嬢たちを見る。随分と顔ぶれが変わった。

彼女と親しかった令嬢たちは結婚して王都を離れたり、令嬢の夫となった者やあるいは家族が女王の政策に異を唱えて左遷、王都追放になった影響もあるだろう。

ここにいるのは女王を止めることはせず、ただ持ち上げて媚を売るだけの連中か。

忠臣を遠ざけるのは愚王の始まりだというが本当に絵に描いたような転落人生だな。

「さぁ、アイリスは私の隣に座ってちょうだいな」

「失礼します」

「あなたの女性らしい姿を見るのは本当に久しぶりだわ。議会ではドレスだけとシックというか可愛らしさがないんだもの。殿方に混ざっているから舐められないようにしなくてはという気持ちは私も分かるわ。女の身で女王なんてやっているとね、舐めてかかってくる連中って本当に多いのよ」

ふぅとため息をつく姿はそんな男性に呆れているという感じか。そんな態度を取れる人間は国内にはすでにいない。なぜならこの女王が一掃したから。だから恐らく他国の人間だろう。

外交と称して大国パイデスの新女王を観にくる大使や女王の無能ぶりをしてこれ幸いとつけ入りにやって来る大使は多い。

「でもね、アイリス。私たちは男にはなれないの。だから無理に合わせる必要はないのよ。私たちには私たちにしかできない仕事をすればいいの」

「・・・・それがこのお茶会ですか」

「そうよ。情報収集も立派な仕事でしょう」

ここで集められるのは社交界の情報だけだ。無意味とまでは言わないが女王のすべきことではない。

「しかし、情報収集こそ女王陛下が自らする仕事とは思えません。そういうのは部下に任せることではございませんか?」

「あら、そんなのダメよ。人を介せば情報とは如何様にも捻じ曲がるものよ。たとえ本人にその気がなくともね。どうしてたって人は主観を入れてしまうから」

惜しいな。そこまで分かっていて、なぜご自分を当てはめることができないのだろうか。

ハリネズミのジレンマというやつか。

「ですが、女王としての執務もおありなのに大変でしょう」

お茶会やパーティーばかりで、本当に必要な執務はヤンエイ公爵がしているとルーが言っていたな。

ルーは身分的なことから国政に携わることができない。彼が今、王宮に入れるのは女王が弟と言って可愛がっているから。彼が今、無事でいられるのは身分がスラム出身の卑しい孤児だから。

もしルーがそれなりの身分を持っていたら女王の婿候補となり、彼は命を落としていただろう。

「難しいことはヤンエイ公爵がしてくれているから何も心配ないわ」

「女王陛下は執務に携わりはしないのですか?」

「書類にはちゃんと私のサインをしているわ」

中身を精査することも吟味することもせず、ただ言われた通りにサインするだけ。それなら平民にだってできる。なら、女王などいらない。彼女は自らそれを公言しているようなもの。それにすら気づかない無能な女王では他国に侮られるのは道理。

他国に侮られればパイデスの大国としての地位も危うい。前王陛下はその地位を使い、外国でかなりの無理難題を他国に強いてきた。その余波が女王に放りかかろうとしているのだが、今のパイデスでは防ぐ余力がない。

「ところで話は変わりますが、陛下の縁談話が幾つか持ち上がっているとか」

「私もそれには興味がありますわ」

「そうですわね。どのような素敵な方を選ばれるのか、社交界ではその話題で持ちきりです」

国外から多くの縁談話が来ている。

息子を婿養子にすることでパイデスを乗っ取ろうという考えがよく分かる。外国の介入を避けるためにも婿は国内で選ばせるべきだな。

下手な貴族の息子を選べれても困るが、他国よりかはマシだ。どうとでも処理できる。

「そうねぇ、素敵なお見合い写真がたくさんで困るわ」

「エルダからも来ているそうですね。王弟殿下の御子息だとか」

私がその話題を振ると女王は明らかに不快感を示した。ああ、本当にヤバいようだ。

「身の程知らずよね。小国が大国に縁談を持ち込むなんて」

流石に令嬢たちは無言を通すか。

エルダを小国と馬鹿にはしているけど、魔鉱石は生活を便利にする上で必要不可欠なもの。その鉱山を持っているエルダを敵には回したくないということか。

「エルダは同盟国ですよ、陛下」

私が嗜めば女王は「分かってないわね」とため息とついた。頬杖をつきながら不貞腐れたようにするその仕草は少女のようだ。

「大国が小国に見せたお情け、寛大さとも言っていいわ。それで同盟にしてあげたのに、私の縁談を持ち込むなんてどうかしているわ」

「女王陛下は小国が大国に縁談を持ち込むんで来たことに腹を立てているのですか?別段、珍しいことではないかと思いますが。同盟国なら尚更、形だけでも縁談を申し込むものです」

「ちょっと前まで戦争をしていたのよ」

ならば尚更、互いの王族と婚姻させて絆を深めさせるものだ。その知識がないわけではあるまいに。

「エルダがどれだけの人間を殺し、苦しめてきたか。あなただってご家族を殺されたのよ。忘れたの?」

よくもまぁ、”忘れた”などと無神経に言えるものだ。

愛するものを失った悲しみを忘れることなど生涯あり得ないこと。傷は癒えても、なくなりはしないのだから。

「ご冗談を。けれど、私はエルダを恨んではいません」

女王は信じられない者でも見るような目で私を見た。その目が「薄情だ」と言っている。

「憎しみは次代に引き継ぐべきではありません。悲劇は繰り返してはならないのです。ですから陛下、人の死を悼み、傷を嫌う心優しき陛下ならもう二度と戦争を引き起こさないと私は信じています」

だから不用意な発言は慎んでほしい。

「アイリスの戦争を嫌う気持ちは私も同じです。あのような悲劇は繰り返してはなりません。ですからパイデスはエルダに、内外に示さなくてはならないのです。戦争被害国として、エルダが如何に卑怯で悪辣かを」

「・・・・・」

「生活において必要不可欠な魔鉱石の鉱山を独り占めするのは決してしてはならないことです。それがエルダの敷地内にあったとしても。エルダは我々の生命線を握っているようなもの。そんなエルダに魔鉱石の正しい管理ができていると思えません。パイデスのその権利を譲渡すべきだと私は考えています」

「そうですか・・・・・・ああ、お茶が冷めてしまいましたね。私はそろそろお暇させていただきます」

「あら、そう。今日は話せて良かったわ」

「私もです、陛下。とて有意義な時間を過ごさせていただきました」

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