第47話 救われた命は確かにあった

スラムの閉鎖、孤児院建設、死刑の廃止。女王は様々なことを議会に提案し、難色を示した側近はすぐに顔ぶれが変わった。

孤児院建設は彼女が王女の頃から取り組んでいる孤児院改革に起因する。

心優しき彼女は孤児院の現状を嘆いている。

では、どこに嘆くところがあるのかというと孤児院の子供たちは幼い頃から孤児院でのスタッフたちの手伝いをしていること、そして十歳を超えると見習いも兼ねて外に働きに出ることや、子供たちの部屋は個人部屋がなく、大部屋で寝ていること、使用人がいないこと、子供たちに学がないこと、食事が粗末であること。

ただし、食事に関しては平民と同じものなので粗末の分類には入らず、あくまで女王である彼女から見たらになる。

この孤児院改革に関して、王女は全ての貴族に訴えた。これには彼女を傀儡にして甘い蜜を吸おうと考えていた貴族連中も簡単に納得できるものではなかった。

だが、難色を示して王都から追放になった貴族も中には出始めている。そこで一人の貴族が提案した。まずは女王自ら手本となること。いきなり言われても貴族はどうすればいいか分からない。だから王都にある孤児院で女王がどのようなことをしているのかを貴族に見せればいいと。

貴族にとってはただの時間稼ぎの提案だが、女王は自らが手本となることを承諾し、あろうことか王都のど真ん中に孤児院の建設を始めた。

提案した貴族は既存の孤児院を使用するものだと思っていたのでこれにはさすがに驚いたが。使われたのが国庫だったため、自分に害がないならと問題視されなかった。

問題視できる人間の多くは黙認をした形となる。下手に王都を追放されてはもう止めようがないからだ。

ただ王宮内で顔を青ざめさせ、胃痛を訴えるようにお腹に手を当てている財務大臣の姿はしばし見られたがそれも一ヶ月後には別の人間になっていた。

次に死刑の廃止だ。

たった一つしかない命を奪うのは人としての道理に反する。という理由から女王は死刑を廃止した。それにより、牢屋が足りなくなり、一つの牢屋に複数人の囚人が入る始末。さらには食費もかかり、国庫を圧迫するようになった。

この問題に関してアイリスから一つの提案がなされた。

まず、王家所有で使われていない島を開放して囚人の牢屋代わりに使うこと。さらにそこで食物を育てること。

不敬だと怒る貴族もいたが「提案ばかりではなく身を切ることで女王陛下の慈悲深さを内外に示すことになりましょう。また陛下の御代がどれだけ素晴らしかったかを後世に残すことにもなります」というアイリスの言葉で女王は彼女の提案を承諾。

実はアイリスの言葉は女王の政策を知った外国から「女王の優しさが国を滅ぼす」という評価を揶揄したものだった。当然だが、貴族はその揶揄に気づき、女王は気づかなかった。そのため、貴族はアイリスの言葉を咎めることができなかったのだ。

これらの政策は諸外国の評価やアイリスの発言から「慈悲深き女王の失策」として後世に語り継がれることとなった。


◇◇◇


side .ルー


「なぁ、最近少しづつだが酒の値段が上がってないか?」

「酒だけじゃないさ。小麦に、塩の値段だって上がってる」

「そういやぁ、あのどこの貴族様の城だよみたいな建物」

「ああ、女王の名の下に建てられた孤児院だろ。あんな孤児院いるのかね。それがどうかしたのか?」

「働き手を募集してるらしい」

「あの孤児院、ようやく完成か。三年ぐらい経ったか?」

「ああ、それぐらいだ。募集中の人材の中には医者も含まれるらしい」

「医者だって?辺鄙な場所に立っているわけじゃねぇ。王都だろ。わざわざ専属の医者をつけなくてもそこら辺にいるだろ。どこの国に王都の孤児院に専属の医者を雇う奴がいるんだよ」

「女王様はこの国をどうしちまうつもりなんだろうな。なんでも反対して貴族は王都追放だったり、側近は解雇されるらしい」

「この国は大丈夫なのかねぇ」

「さぁな」

女王即位から三年が経った。俺は十七歳、友人のレンは十五歳になった。アイリス様は二十一歳、女王は二十五歳だ。

俺は女王の側でアイリス様のために情報を集め、レンは孤児やスラムに住んでいた子供たちを束ねて表では出にくい情報を集めたり、情報操作をしている。

俺は近況報告も兼ねて王都の酒場でレンと食事をしていた。酒を飲んだ大人の口は軽くなる。雑談を交わしながら今の国政に対する民たちの本音を聞くにはちょうどいいのだ。

聞こえてくるものは全て不満や不安ばかり。今はまだ酒のつまみ程度で済まされているがその程度で済まされなくなるのは時間の問題だ。

「孤児院の建設でかなりの金額が動いた」

「らしいな」

レンは出来立てのパスタを頬張りながら俺の話しに耳を傾ける。

「女王の計画では孤児院に雇うスタッフは百人程度。受け入れる子供は五十人程度だ」

「普通の家で育つよりも孤児院の方が快適だな。陛下は貴族の子供でも育てる気か?」

「・・・・・国庫が底をつきかけてる」

レンは食事の手を止めて俺を見る。

「でも誰も気にしない。気にする人間は女王が遠くにやってしまった。この国は本当に、どうなるんだろうな」

「ルー」

「ルーって名前、大嫌いだった。だって、まるでペットみたいな名前だろ。金持ちの気まぐれで拾われて、動物みたいな名前をつけられて、ペットみたいに扱われて。でも、餓死するしかない俺に生きる道を与えてくれたのはその気まぐれだったんだ。王女が大嫌いだった。口ばかりで、同情ばかりで。誰かに優しくしている自分に酔っているだけの彼女が大嫌いだった。でも、憎んだことはなかった。あれでも命の恩人だからな」

今でもよく覚えている。

薄桃色の髪は太陽の光に当たって、輝いていた。青い目は空のように澄んでいて、俺に笑いかけてくれた優しい笑顔。

『あなた大丈夫?お腹空いているの?うちにおいで』と鈴が転がるような声でそう言ってくれた。

名前のなかった俺に名前をつけてくれた人。

ただの人間だったら良かったのに。王族に生まれなかったら良かったのに。そうすれば、ただの優しい人でいられたのに。でも、彼女は王家唯一の後継として生まれた。

本当なら彼女を支えてくれる王配となる人を前王が選別して女王に立つはずだったけど、その準備すらできないままに前王は早世し、やむなく彼女は女王になってしまった。

世界はいつだって無情に動き続ける。

「ルー」

「アイリス様を選んだことは後悔していない。ただ時々、どうしようもなく悲しくなる。もっと他に方法はなかったのか。この未来は避けられたのではないかと今になって思うよ。どうして俺たちは子供なのだろうかと」

もっと早く生まれていたら、子供じゃなかったら、王女が女王になる前にできることがたくさんあったのではないかと。でも、それは意味のない考えだ。

大人とか子供とか関係ない。それはただの言い訳だ。ただ俺が王女との関係を間違えてしまっただけだ。

「アイリス様に伝えて。もしもの時は俺がけじめをつけるって」

「・・・・・分かった」

俺の覚悟が伝わったのだろう。レンは力強く頷いてくれた。おそらく彼は誰よりも俺と近い存在なのだろう。

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