第40話 手足を措く所なし

「・・・・・陛下が」

訃報が届いた。

今日の朝、使用人が寝室に訪れると陛下がベッドの上で亡くなっていたそうだ。

検死を行った医者の話では死因は心臓発作。陛下はお年のせいで心臓機能に問題があり、薬を処方されていたそうだ。

「・・・・・・知らなかった」

私は陛下の訃報をすぐに王女に伝えた。死因も含めて。王女も陛下の最近の体調について知らなかったようにこのことを知っていたのは側近であるイグナーツだけ。

王はその立場から多くの人から命を狙われる。王の行いで恨みを買った人間、王を殺すことで利益を得られる人間、それは国内だけに留まらず。外国の人間も含めると無尽蔵に存在する。そんな立場だからこそ弱いところを見せまいとしていたのだろう。

「お父様、どうして」

王女にしら知らせなかったのは心配かけまいという親心からだろう。

「お父様ぁ」

泣き崩れる王女を見つめながら私は今後について考える。

正当な王位継承者は王女のみ。陛下は自身の体に不安を抱えていたことから次期王の任命書類を用意していた。そこには王女の名前が書かれていた。

王女の今までの言動から考えるまともな政策が行えるとは考えにくい。利益を得たい貴族にとって金のなる木にも見えるだろう。適当におだてて、適当に話を合わせておけば自分達の不正にさえ気づかずに甘い蜜を啜らせてくれる存在。それが王女だ。

そんな人間が女王として何の準備もないまま立つことになる。

「・・・・・株を削り根を掘るべきか」

あるいは静観するか。

「レン」

最近、文官教育をさせるために執務室に来させているレンを私は呼んだ。

察しの良いレンはすぐに私が内緒話をしたいことに気づいて、私の口元に自分の耳を近づけてくれる。私は彼に簡単な指示だけ出して下がらせた。

「殿下、急なことで心を整理する必要があるでしょう。部屋を用意いたしました。そこでお休みください。いつでも帰れるように馬車の準備だけはしておくので」

「心遣い、ありがとう。でも、今すぐにでも王都に帰るわ。女王としてお父様の葬式を行わないといけないし、他にもやりうことがあるでしょうから。ここで半年間、孤児院を運営するつもりだったのにできなくなってごめんなさいね、アイリス」

「このような時です。こちらのことは気にしないでください」

どうせ半年間もさせるつもりなかったし。

「ありがとう、アイリス」

王女は涙を流しながらも気遣いを見せた私に微笑み、陛下の訃報を知らせに来た使者と共に王宮へ帰って行った。

すぐに陛下の葬儀を執り行うだろうから私も王都に行く準備をしなくてはいけない。それに今後のことも踏まえて色々準備しないと。

「エリック、ルーエンブルク国内での商人の動きや店頭に並ぶ品の価格に注意してくれる」

「・・・・いいけど、何を懸念している」

何となく察しはついているのだろう。エリックの顔に緊張が走っている。後ろで控えている叔母は不安そうに私とエリックを見ていた。

「あくまで可能性の話で、必ずそうなるとは限らない。でも」

「あの頭にお花が詰まったようなお姫様が再びエルダに戦争を吹っ掛けると?確かにエルダに対して敵意剥き出しだったけどでも、俺には争い事を嫌うタイプに見えたけど」

エリックの見立ては間違いではない。

確かに彼女は争い事を嫌い、それを悪だと断じるような人だろう。でも、正義のためなら武器を持つことを厭わない人でもある。そしてその危うさに気づいてはいない。

「善意と偽善はいつだって紙一重であり、人の捉え方で形を変えるのは往々にしてあることだ」

王女は確かに誰かを思いやれる優しいお人なんおかもしれない。でもエルダを悪と断じ、正義のためなら仕方がないと安全な場所で殺しを命じる人でもあるんだ。

守られることが当たり前で、生まれてから一度も血を流したことがない方だからこそそのように育ってしまった。そう考えると彼女一人の罪ではないが、それでも彼女が仕方がないという理由で動くのならこちらも仕方がないという理由で動くしかないだろう。

守るべきものがあるのなら尚更、躊躇うわけにはいかない。

私は戦場で知り合った傭兵仲間に手紙を書き、ルーエンブルクに招くことにした。防衛強化はすべきだろう。

王女は好意的に接してきているけどルーエンブルク・・・・・私のことが気に入らないみたいだし。

敵は王女とこれから彼女を取り巻くであろう貴族とその環境だ。

「手足を措く所がないな」

エリックの言葉に私は苦笑するしかなかった。

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