第30話 孤児院の初日

side .シーラ


「パイデス国第一王女のシーラです。本日より半年間という期限つきですが、アイリスに代わり私がここの孤児院を運営することになりました。アイリスが運営する時には気づけなかった孤児院の問題を見つけ、解決していきたいと思います」

お父様に孤児院の運営をしたいとお願いをした結果、いきなり一からは難しいからとルーエンブルク領の孤児院を任されることになった。まずはお試しという感じではあるけど。

どうしてルーエンブルクかというと私がこの孤児院には問題がたくさんあると言ったからだ。それならば自分なりにやってみるといいということになった。

さすがお父様だわ。

それならこの孤児院を救えるし、いずれ女王として立つ私の勉強にもなる。

「こちらは私の弟のルーよ。私と一緒にここで働くことになっているわ」

「従者のルーです」

ルーったら。従者だなんて。私が弟と言っているんだから弟でいいじゃない。自分の身分を気にしているのは分かるけど、子供たちに身分を意識させるような言動は慎んでもらわないと。でなければ、自分達が孤児であることを引け目に感じたり、それで卑屈に育ってしまう。

アイリスは身分を重要視するみたいだから、きっと子供たちにもそういう教育を施しているはず。

ここは私がしっかりとアイリスの間違いを正して、より良い孤児院運営をしなくては。

「まず、問題として孤児院には人手が足りません。圧倒的に足りません。そこで、入って来て」

私が声をかけると私の世話をしている侍女やメイドたちが孤児院に続々と入ってきた。とりあえず十人は用意しておいた。足りなければまた足せばいいし。

「今日から彼女たちが孤児院の掃除や洗濯、皆さんのお世話をします」

「あの~、王女様」

子供たちも孤児院のスタッフたちも戸惑っているようだ。最初はそうだろう。本来、こうすべきところをアイリスが手を抜いてやらなかったのだから。

平民というのは貴族に与えられるものや見せられる世界が全てになったしまう。その中で過ごしてきた彼らに今までの間違いだったのだと突きつけられて当惑うのは当然のこと。最初はそれでいい。徐々に受け入れられればいいのだ。

「なんでしょう、院長」

院長はアイリスと深い繋がりがある。エルダの王太子を当たり前のように孤児院に招いたりもしたし、もしかしたら私のやり方を妨害してくるかもしれないから要注意だ。

「お気遣いは有り難いのですが、こんなにいたら今まで働いていたスタッフたちの仕事がなくなってしまいます」

子供に仕事をさせる人間なんていらないでしょう。

「解雇すれば何も問題ありません」

大人だし、すぐに仕事も見つかるし何も問題はない。

「そんなぁ」

「いくらなんでも横暴ではありませんか」

今まで甘い蜜を当然のように吸っていたスタッフたちからは当然のように非難の声が上がる。本当に醜い人たち。子供を食い物にしておいて解雇処分だけで済んで感謝こそすれ、このように非難される謂れはないのに。

「嫌だぁ、俺。先生たちと離れ離れになりたくない」

「俺も」

「私も」

「あんた、いきなり来て勝手なことばかり言うなよ。こんなのアイリス様が許すはずがない」

「そうだよ。アイリス様に言い付けてやる」

子供たちが騒ぎ出してしまった。

可哀想に。きっとアイリスやここのスタッフに洗脳されているのね。今は受け入れ難いでしょうけど、きっとすぐに私の方が正しいのだと分かってくれるわ。

「王女様、王女様は半年間だけだと最初に言いました。運営がアイリス様に戻った時にスタッフがいないと困るのですが」

「問題ありません。今の状況を維持するようにアイリスには私の方から言っておきます」

院長はよほどアイリスが怖いのか、彼女の顔色を窺うようなことばかり言うのね。子供そっちのけでアイリスにゴマばかりする院長も必要ないわね。

「人件費の維持ができません」

「維持できるように金額を増やせばいいだけです」

そんな簡単なことも分からないのね。

「そんなお金、どこにもありません」

「アイリスは持っています」

「孤児院だけにお金を使うわけにはいきません。ルーエンブルクは。我々の故郷は未だ戦争の痕を大きく残しているのです。その復興に莫大なお金がかかっているはずです。復興を後回しにしてまで我々にさける予算はないでしょう」

そういえば、ルーエンブルクは一番戦争の被害が大きかったわね。失念していたわ。

「ならば、かかる費用を全てエルダで負担するようにお父様にお願いして、エルダに伝えます」

これならば院長も文句はないだろう。

「王女殿下は、このルーエンブルクを再び戦火に巻かれろと仰るのですか」

「何を言っているの、私は」

「王女殿下、よろしいでしょうか」

今まで黙っていたルーが私と院長の会話に割って入って来た。珍しい。あまりそんなことしてこないのに。

「何?」

「あまりにも急激な変化すぎて周囲がついていけていません。半年あるのですから徐々にの方がいいでしょう。また、運営は王女殿下ですが雇用権に関しては院長が持っています。仮に王女殿下に権利があったとしてもここはルーエンブルクで、我々は半年だけという期限がついている以上は女公爵様の許可をお取りになった方がよろしいかと」

本当は問題を全部解決させてから運営に行きたかったけど、そうね。平民に私と同じペースで歩けと言うのは確かに無理があったかもしれないわ。

「・・・・・ルーの意見を採用します。でも、私が連れてきた人材は孤児院の仕事をしてもらうのは決定です。とりあえず、アイリスに話して許可を取ります。それなら問題はないでしょう」

私がそういうと「まぁ、それなら」と孤児院の関係者は納得してくれた。ここでは王女の私よりも一領主でしかないアイリスの意見が重要になるようだ。

まるで独裁政権ね。

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