第27話 正義が武器である以上、殺傷能力は必ずある

「ルーエンブルク女公爵、よく参った」

何が「よく参った」よ。召喚命令なら来るしかないじゃない。しかも、見物人が多い。

暇な貴族が私を蹴落とそうと集まったようだ。

醜く歪んだ口元を扇子で隠しながら私に注目している貴族夫人やこの件を機に私が手がけている事業を横取りできないかと狙っているハイエナのような貴族が集まっていた。

彼らが普段、虫ケラと馬鹿にしている平民よりも劣る畜生だ。

「召喚命令とあらば陛下の臣として当然です。何やら誤解が生じているようですし」

不服だという言葉をオブラートに包んで王女を見れば正義感に満ちた目で私を睨みつけていた。

彼女はきっと知らないのだろう。正義が武器である以上それに殺傷能力が備わっていることに。

「アイリス、何が誤解だというの?誤解する要素なんてどこにもなかったじゃない」

いくら王女でも公の場で公爵である私と王の会話に割り込むなんて、他国ですれば礼儀がなっていないと嘲笑の的になるだろう。

でも「まぁまぁ、落ち着けなさい」と王が笑って受け流してしまうからこうなってしまったんだろうけど。

親バカに権力を持たせると碌な結果にならないのは歴史でも色々と語られている。

「陛下、今回の召喚命令に関して私はまだ何も聞いてはいないのですがどういったご用件でしょうか」

この際だ、王女の鼻っ面でもへし折ってやろうか。

嬉しいことに見物人は多くいる。

世界が自分を中心に回っているわけではないと王女もそろそろ理解するべきだ。

「そうだったな。実はな、シーラがエルダの王太子とそなたの領に視察に行った際問題点が多く見つかったと報告を受けたのだ。どうも看過できない問題点らしくそこを明確にし、改善したいとのことだ」

「それは孤児院のことでしょうか?」

「そうだ。自身の過ちを隠すために視察を取りやめたりもしたそうだな」

やっぱりね。

あの様子なら家庭教師に聞いていないか、聞いていても婉曲したのだろう。解雇したという話は聞いていないから家庭教師を嘘つき呼ばわりはしていないはず。それとも慈悲深き心で一度の過ちならと許したのかのどれかだな。

どれにしたって愚かであることに変わりはないが。

それに今回のこの騒動は自身の愚かさを自覚する上では必要なことだろう。そこで王家の信用が失墜したとしてもそれは今までの怠惰のツケを払うだけのこと。

「王女からの指摘は確かに多くありました。しかし、その指摘には問題が多く視察を続行することは困難と判断しその場で視察は中止しました」

王女に問題があると指摘したせいで王の私を見る目が鋭くなった。

何も自分の娘に間違いはないと言いたげな目だな。いい加減、王も目を覚すべきだ。国のトップが王こそろって夢を見続ければいずれ国は路頭に迷うことになる。

「孤児院に使用人を雇い、孤児の面倒を見ろ、孤児には一人一部屋与えろ、服はブティックで仕立てろ、平民の服はボロ切れと一緒であり、着回すなどあり得ない。これが王女の指摘です」

「それの何が問題だと言うのっ!可哀想な孤児にはそれぐらいの待遇、当然でしょう」

自信満々の王女に対して、私を貶めようとやってきた見物人はざわつきだした。もしここで私が王女の言葉を受け入れば他の貴族も同じようにしなくてはいけなくなる。

貴族の義務として必ず貴族は孤児院の支援を行なっている。全ては経営する貴族の采配なので待遇は場所によって全く異なる。

形だけ支援している貴族の孤児院は劣悪な環境のところもあるだろう。

普通に支援している貴族でも先ほどの王女のような言葉を受けれればいつか必ず破綻する。

「孤児院が貴族と同じ待遇をされていて、それ以外の平民が自分たちも同じ待遇をしろと言い出した場合、どうなさいますか?」

「そんなこと、言うはずがないわ」

「なぜです?」

「家族が揃っているのよ。幸せな家庭を築けているのに、親を亡くした可哀想な子供の施しを搾取する下劣な人間は我が国にはいないわ」

鼻で笑ってしまいそうな言葉だ。

「人の良さを信じることができるのは王女の素晴らしいところであり、女王としてお立ちになった時もその美しい心を持ち続けてほしいと願います」

今の王女を見て貴族の不安が高まっているから、無事に女王になれるかは分からないけど。

「ですが王女は我々、貴族の義務が誤解されていらっしゃる」

「誤解ですって?」

「貴族が平民よりもいい暮らしができるのはそれに責任が伴うからです。弱者を守るという義務が。孤児に貴族と同じ待遇を与えるということは孤児にも我々貴族と同じ義務が生じることになります。殿下、過ぎたる施しは害悪にしかなりません。それに与えるだけでは何の解決にもなりません。いずれ独り立ちできるようにしなくてはなりません。だって、孤児は成長していつか大人になるんですから」

納税義務がない孤児に法律は当てはまらず、人として扱わない人間は多い。貴族は言わずものがな。普通の家庭で育った平民もその傾向にある。

この問題が発展して全ての孤児院を調査することになったら困る貴族も多い。

だからこの件を掘り起こして私を貶めようとする馬鹿はいないだろう。下手に突っつけば王家の恥部を晒すことにもなる。

「孤児を労働させているのはどう説明するの?」

「孤児に対するイメージはあまりよくありません。そのせいでなかなか就職先が見つからず、結果として犯罪者になるという悪循環が生まれています。ある程度大なった孤児をまだ孤児院にいるうちから短い時間でも働かせれば孤児院を出た時の就職先になってくださいますし、イメージを崩すこともできます。それに孤児たちが稼いだお金は稼いだ孤児たちの物です。ならば、何も問題はないと思います。何よりも法に触れていませんし」

孤児院出身者の犯罪率の高さは国でも問題になっている。私の話を聞いて「私も経営する孤児院でやってみようかしら」「面白いやり方だな」という見物人の声が聞こえた。

孤児が稼げるお金は微々たるもの。貴族がそんな端金を取ったりはしないだろう。王も少し興味があるようで身を乗り出している。さっきまで退屈そうに私たちのやり取りを見ていたくせに。

どうせ、王女の話を聞かずにお願いを聞いてこの場を設けたのでしょうね。

「ふむ、どうやら王女の誤解だったようだな。ハハッハハ、いやぁ、女公爵よ、すまんかったな」

そんな一言で済む話ではないんだけど。

「お父様」と王女はまだ不満そうだ。でも、貴族の反応が悪いことを察している王は大問題になる前に終わらせるようだ。

「シーラ、あまり我儘を言って女公爵を困らせてはいけないよ」

「我儘ではありません」

「そうだな、言い方が悪かった。シーラはシーラなりに国のことを思ってくれてるんだよな。父としてそんな娘を誇りに思うよ。けれど、これ以上はダメだ。それは国王として認められない」

決して我儘で済む問題ではない。

彼らが普通の親子だったら何も問題はなかった。でも王と王女という立場が今回の件を我儘で済ませなくする。だって場合によっては首が飛んでいた可能性だってあるんだから。

王はともかくとして王女は自分の持っている武器の威力を知るべきだ。

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