第15話 乖離する現実

「殿下、陛下の許可が下りたため視察の同行は可能となりました。陛下はここで王として必要なことを学ぶようにとのことだそうです」

「さすがはお父様ね。こういう傷ついた民の姿を見て、何が必要なのかどうやって国民を良くするのかを学べということね」

「・・・・・」

嬉しそうに笑う王女はまるで今から遊びにでも行くような雰囲気を出していた。

戦争で傷ついた民。頭では分かっていても理解はできていないのだろう。この視察で王女が何を思い、考えるのかは分からない。ただ少しでも知ってくれたらと思う。

自分達の決断がどうのような結果をもたらすのか、その手にパイデス国民全ての命が握られているということを知ってくれたらと。そうでないと、死んだ者が浮かばれない。

「国民を刺激するような言動は慎んでください」

「大丈夫わ。王女ですもの、心得ていますわ。それにそういったことは私ではなく別の方にするべきでは?」

そう言って王女はちらりと王太子に視線を向ける。

矛先を向けられた王太子は「何か?」と涼しい顔をして王女に問いかける。

「何かですって?」

王女はめくじらを立てて今にも王太子の胸ぐらでも掴みそうな勢いだ。

「あなたね」

「王女殿下」

上の者、しかも王族の言葉を遮るなんて不敬ではあるがそれでも黙っていることはできなかった。

王女を溺愛している王が今回の件で戦争を再開するなんて言い出さないようにしないといけないし、我が国の王女がエルダを侮辱したことでエルダに戦争のきっかけを作らせるわけにもいかない。

「ここまでにして下さい。これから行動を共にするのですから」

「でも、どうしてこんな人が」

頼むからやめてくれ。

「元々はエルダが行う視察です。エルダの使者として訪れている王太子殿下が視察を行うのは当然。それに割り込んだのは殿下です。行動を共にできないというのならここで待つか王宮に帰っていただくことになります。ルーエンブルクは現在、王女にとって安全を保証できる場所ではないのですから」

「・・・・・お父様からしっかりと学ぶようにと言われた以上、帰るわけにはいかないわ」

そう言いながらも王女は王太子を睨んだままだ。その顔に不満だとありありと書いていた。王は本気でこの人を次期国王に任命するつもりだろうか。

「では殿下、その目でしっかりと見てください。我が領地を」

王族が欲をかいたがために行われた戦争の結果を。

「そして我が領民を」

あなた方が傷付けたものが何かを。

「見てください」

奪われ、いつかは風化される命を。

国の欲望により発生する代償はいつだって国民が払い続けてきた。


◆◇◆


最初に訪れるのは被害が少なく、ある程度再建できている場所だ。その方が刺激が少ないだろう。

村長には視察に王女が加わったことを急ぎ連絡が行っているので馬車から下りた人間を見て驚く人はいない。みんな警戒心をむき出しにして王女とエルダの王太子を遠巻きに見ていた。

中には口を真一文字に結んで視察の一行を見ている人たちもいた。その中には当然、王女も含まれている。そのことに気づかない王女は無邪気に視察を楽しむ。

そして王女は大人たちと一緒に遠巻きに見ていた子供たちに近づこうとする。

「殿下、無闇に近づかないでください」

「大丈夫よ。敵国ではないのよ。我が国の領民が王女である私を傷つけるはずがないじゃない。それにただの子供よ」

国民を信じる優しく慈悲深い王女だと王や高官、何も知らない貴族はそう彼女を讃えるだろう。でも王女が国民に抱いているのは果たして本当に信頼だろうか。それは王女という立場にあぐらをかいている人間の傲慢さの表れではないだろうか。

「醜いな」

王女に聞こえない程度の小ささで、けれど私の耳にはっきりと届いた。エルダの王女に対する侮蔑の言葉を。視線を向けると王太子はにっこりと私に微笑んだ。多分、自分の言葉が私に届いたことに気づいている。でも私がそれに対して何か言ったりしたりすることがないと確信しているのだろう。

実際、私は先ほどの言葉を聞かなかったことにした。

「ねぇボク、何か困っていることはない?」

王女は孤児院によく慰問に行っていると聞いたことがある。だから子供の扱いには慣れているようでしっかりと子供の視線を合わせて話しかけていた。

優しい人なのだろう。

目の前で傷ついた人を放っておけない人なのだろう。他人の痛みを自分のことのように受け止めて涙を流すことのできる人なのだ。

王女でさえなければ確かに慈悲深い人だ。善人の分類に入る。でも彼女は王女という武器を持った人間なのだ。自覚があろうがなかろうが関係ない。彼女は生まれた時からその武器を携えている。だから危険なのだ。だから彼女は彼女が望むような善人にはなれないのだ。

「王女殿下」

子供の父親だろう。子供を庇うように抱え込んだ。

「俺たちみたいな下のもんのことを気にかけてくださり、ありがとうございます。でも、何も困っていることはありません。全て領主様が手配してくださってますし、必要であれば領主様にお願いしますので」

その男の目には憎悪が宿っていた。

たとえ困っていてもあんたらの手は借りないとその目が言っている。

きっと目の前に降りかかった理不尽に抱いた憎悪、殺意をぶつけてしまいたいだろう。でも彼は平民。国に喧嘩なんて売れるはずがない。だから耐えるしかないのだ。

「そう。アイリスは本当に良い領主なのね。でも、アイリス一人では手が回らないでしょう。私は孤児院の慰問や救護院の慰問に行ったことがあるから多少の心得はあるから何でも遠慮なく言ってね」

「・・・・・・ありがとうございます」

王女は満足げに笑って彼に背を向け、私の元に戻ってきた。だから気づかない。歯を食いしばり耐える彼の姿に。

彼の姿と王女の姿を見て、ふと悪魔が囁きかけた。今すぐ彼女の現実を壊してやれと。

『傷の痛みを知らぬ者は他人の傷を見て笑う』

ならば傷を与えてやればいいと。

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