第12話 エルダの王太子

「大勢の前で話しかけてすみません。お嫌でしたか?」

国賓用の休憩室に通された後、王太子は申し訳なさそうな顔をして聞いてきた。

「そのようなことはありません。殿下の名声はよく耳に入ります。そのような方の話し相手になれるなど、これほど光栄なことはありませんわ」

「そう言っていただけると嬉しいです」

友好的な笑みや言動だけど隙が全くない。それに何を考えているかまるで分からない。先ほど王女に向けた言葉はかなり辛辣だったし、あの言葉には今回は子供がしでかしたことということで矛を収めるが次はないという意味が込められていた。

「しかし、それは本心でしょうか?」

「・・・・・どういう意味でしょうか」

王太子は紅茶で喉を潤わせた後、静かに私の答えを待つ。

私は王太子の後ろに控える彼の側近を見た後、王太子がテーブルに戻した紅茶に視線を向ける。

毒味もせずにあっさりと飲んだな。敵国だった人間が用意した紅茶を。それだけ信頼していると考えるのは無理がある。そんなに馬鹿じゃないだろう。

パイデスが用意できる毒では殺せないという傲慢の表れか、或いはこれから友好国になる国を信頼しているということを態度で表すためか。どちらにせよ、死が隣接する行為だ。並の精神でなしえることではない。

油断をすれば喉笛に噛み付かれそうだ。

「そんなに警戒しないでください。純粋な興味ですから」

王太子は物腰の柔らかい態度を崩さない、それが逆に不気味だ。

「あなたはルーエンブルク領の領主。あなたの領地を壊したのもあなたの家族を殺したのもエルダです。そのエルダの王子である私のことを憎くはないのですか?」

「それは逆恨みというものでしょう。戦争を仕掛けたのはパイデスです。あなた方エルダ人は自衛をしたにすぎません」

「立派ですね。けれど人の心はそこまで割り切れるものではないでしょう」

嫌な男だ。どこまでも無遠慮に踏み込み、人の心を暴こうとする。

「別に立派なことでも何でもないですよ。志があるわけでもないですし。ただ、戦争はもう懲り懲りなんです」

「そうですか」


◇◇◇


side.ミラン


『憎む相手などいない』


自分勝手で傲慢な大国。欲深く、魔鉱石の鉱山を目当てにルールを無視して戦争を吹っかけて来た恥知らずな国。戦争は終結したとはいえそんなところに赴くのは死地へ赴くのと同じ。

王太子ではなく弟達に行かせるべきだという声もあった。でも、いずれエルダの王になる者として見てみたかった。仕方がなかったとはいえ、自分たちが傷つけてしまった国民の姿を。

平民に紛れて一番被害の大きいルーエンブルクに行った時そこの領主が領民たちに言い聞かせていた。


『憎しみは次代に引き継ぐべきではない。悲劇は繰り返してはならない』


ガツンと頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

自分よりも年下の女の子が必死に耐えて前に進もうとしていた。

憎くないはずがない。その証拠に彼女の目には強い悲しみと怒りが宿っていた。けれど彼女はそれを悟られないように目を閉じて感情を押し殺す。

「この国の王族とはえらい違いだな」

王女の無礼に関しては「国を思う王女の優しい心が暴走してしまった故、致し方がないもの」との言い分で謝罪一つない。

しかもこちらがパイデスの国民を虐殺した悪人で自分たちは被害者だというような言動がちらほら見える。

「大国であるというプライドしか持てない愚か者どもの集まりかと思ったが収穫はあったな」

「また、悪い癖ですか?」

側近としてついて来た乳兄弟のノエイは胡乱げな視線をこちらに向けてくる。だが、奴とてアイリスを気に入っているのは事実。無表情でじっと観察しているような視線を向けていたが長い付き合いである私には分かった。

「この国にいたところであの女は潰れるだけだ。それに彼女は国に忠誠を誓っているようには見えなかった。おそらく自分の領地を守れるのならパイデスを裏切ることも厭わんだろう」

いや、先に裏切ったのはパイデスなのだろう。

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