第13話 女の子はお泊りがしたい
一時はどうなるかと思ったが詩織の言葉で生を実感することができた新上は安堵のため息を漏らす。
事の一端の原因作った理沙には罰として新上が理沙の頭に手を伸ばして先ほどされたようにわしゃわしゃと頭を撫でてあげる。
せっかく手入れされサラサラだった髪の毛がぼさぼさになっていく。
美意識が高い理沙に男子が軽いノリでこれをすれば悪手となるのだが――。
「きゃぁーーー、もう止めてよぉ~」
言葉とは裏腹に楽し気な声をあげて新上の手を掴んで止めようとする理沙。
その笑みは嬉しそうだ。
「あはは~! 理沙ぼさっぼさっじゃん!」
それを見た詩織が愉快に笑う。
「誰のせいで俺が冷や汗かいて、息苦しい思いをしたかまずは反省しろ」
「いやぁー、もぉ止めてよ~。する、するから~」
無邪気な笑顔を見せながら新上から必死になって逃げだした理沙は詩織の背中に隠れながら、顔を出す。
「むぅ~、いじわるぅ~」
気軽にじゃれ合える関係とは素晴らしい。
ありのままの新上を受け入れてくれる理沙とありのままの理沙を受け入れる新上。
親友としても恋人としてもバランスはとても良い気がする。
「あのなぁ~」
「わかったよ……ごめんなさい」
素直に謝ってくる理沙に新上が逆に申し訳ない気持ちになってしまう。
新上は本気で怒っていたわけじゃないから。
「いや、別に怒ってはないけど」
「知ってる♪」
素直に頭を下げたかと思いきや可愛らしく舌をちょっとだす理沙。
「やっぱりお前は小悪魔だぁー!」
「えへへ~、ありがとう」
「褒めてねぇよ!」
「そんな照れなくてもぉ~」
新上の突っ込みが全く効かない。
頭を掻きながら笑みを見せる理沙に新上はもうこれ以上この件に関してはなにも言わないと諦める。
「まぁ、いいや。そんで今日行きたいところでもあるのか?」
その言葉を待ってました、と言わんばかりに理沙が反応を見せる。
「ある! あります!」
「どこ?」
「新上の家!」
「……はっ!?」
意味がわからない。
いつも勝手に来ては人の意見を聞かずに「お邪魔します」の一言で上がってくる理沙が何故このようなことをいうのか。
理沙には申し訳ないと思いながらも新上は疑いの目を向ける。
この一点に関しては信用がないのだ。
目の前の人物はアポなんて今まで百回以上は来てると思われるが一度も取った事がないのだから。
「理沙熱でもあるの?」
流石にこれには詩織も疑問に思ったらしく、心配の声をかける。
「ちょっと二人とも私のこと馬鹿にしてない?」
「いつも勝手に来て勝手に入り込むやつがなにを言う」
「うっ」
「今までアポなんて取ったことないよね?」
「うっ」
心当たりがあるのか反論どころか小さくなる理沙。
「まぁ今までの件は水に流すとして急にどうしたんだ?」
新上の問いかけにチラチラと視線を飛ばして、頬を夕日色に染めて、
「そ、その……あのね……わ、わた……し、新上とね、お、おとまり……したいの」
と、言ってきた。
これは夜のお誘い?
そんな不埒なことをつい考えてしまう男子高校生にいち早く気付く者がいた。
「だ、だめ、かな?」
いつもと違う仕草と態度に不意打ちを喰らった。
ギャップ萌えとはこのことを言うのだろうか。
恋愛弱者の新上にはわからない。
だけど、なんかこれはこれでいい、と思ってしまう自分が心の中にいた。
「だめじゃない……むしろ喜んで」
違和感に気付いた詩織が新上の目を覗き込む。
詩織の感情が一瞬熱を持った。
「ならいい?」
「うん」
嬉しさ半分、戸惑い半分の男に釘をさす声。
「もしかして照れた理沙にドキッとしてる?」
「し、し、してないよ?」
「不純なこと考えたりしてない?」
「と、と、当然ですよ?」
咄嗟の返しだったもので、つい疑問形で返答をしてしまった。
あっ、と思った時には既に手遅れ。
「はは~ん、そうかい、そうかい。先日までは私だけを見てくれてたのにもう目移りとは言い度胸だね新上優斗くん」
「ま、待て、待ってください詩織様!」
「まだ私席を立とうとしただけなんだけど」
新上はいつの間にか握られていた物を見落とさなかった。
現在進行形でいつからかはわからないが、詩織の右手には女子が髪を留める時に使う銀色で大きめのヘアピンがあった。
一見違和感がないように見えるが、どう見ても髪を留めるためではなく人を殺める十秒前のように鋭利になった先端をこちらに向け、根元を手で覆っている。
ゴクリ。
息を呑み込んだ新上は罪を認め許しを請う。
ここは一発男らしく決めてやる! と意気込んで。
「すみませんでした!」
腰を直角に曲げ九十度の謝罪は背筋を伸ばしており傍見ればとても綺麗な謝罪なのだが、そんな新上に返って来たのは大きなため息だった。
「あのね~最初からそう言えばいいじゃん。ったくもぉ」
「だって……男の子だし、俺も」
「一応言っておくけどダメなことはしたらダメだよ?」
「わ、わかってるって」
「本当に?」
「マジです」
「ならいいけど」
詩織は心配そうな目で新上を見た後、お泊り許可が下りてニヤニヤが止まらなくなった理沙に視線を飛ばした。
だけど理沙は新上だけを見ている。
「今夜は新上と一緒にいたいって実は朝から思ってたの。だからとても嬉しい。大好きだよ新上♪」
照れた笑顔でのストレート過ぎる言葉に新上のハートが撃ち抜かれた。
恋とはこんなにも美しく儚いものだったとは、今の今まで全然知らなかった。
なにより――女子に真正面から大好きと公の場で言われたこと自体が生まれて初めての新上はこの時もうどうしていいのかわからなかった。
詩織のことがまだ好きなはずなのに、、、
どうしてこんなにも理沙が眩しいのだろうか、、、
わからない。
これが恋なのか。
考えても明確な解はでてこない。
ただ、もしこれが恋の毒だと言うのなら抗うのは難しいだろう。
あまりにも甘く、あまりにも可憐で、あまりにも毒性が強すぎる。
過去に恋一つで国が滅びたと聞いたことがあるが今ならその意味が新上にも少しは理解できるぐらいに恋の
もしもの話し――このまま理沙だけに魅せられたら新上は一体どうなるのだろうかとふとっ思ってしまった。
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