第11話 新上の記憶と詩織の過去


 夢の中。

 新上は懐かしい過去を見た。

 白井詩織しらいしおりは美少女で才ある女の子。

 と周りの者はよく言う。

 高校受験では見事学年一位を取り首席。

 春の始業式では学年代表として先生や先輩そして保護者相手に挨拶をした。

 それは天才だからではない。

 と言う事を新上は知っている。

 元々持って生まれた物が一切ないとは言わない。


 それを知った日、新上は初恋をした。

 幼馴染だからこそ誰よりも早くその事実に気付けたとも言える。


「しおりちゃん凄いわね! またテスト満点だよ~」


 小学校の先生がクラスで唯一国数社のテストで満点を取った詩織を褒める。

 周りの女の子たちも「すごいー!」「やっぱりしおりちゃんあたまいいね!」と担任の先生に続いて褒める。

 だけど詩織はどこか嬉しくなさそう。

「えへへ~」と照れてはいるものの心の底から喜んでいるようには見えない。

 理由は至ってシンプルで「天才だから当たり前だろ」「なんだよ、あいつばかり」と陰口が聞こえてくるから。

 目立てば称賛とは別に誰かの恨みを買うことになる。

 それが詩織にとっては苦痛だったのかもしれない。

 周りの期待に応えようと裏で頑張っていた彼女は天才ではないことを新上は知っている。


「みんなーありがとう!!!」


 言葉の裏に隠された言葉。

 皆が遊んでいる時間は皆と遊び、皆が見ていない所で毎日コツコツと勉強してテストに備える。

 幼い頃両親の会話を聞いて育った新上優斗は親を通して知っていた。

 毎日寝る前にゲームではなく勉強を一時間から二時間程集中してする。

 まさに文武両道。

 親の期待に応えるため、誰に言われるわけでもなく自らの意思と力で継続した彼女の姿勢は憧れだった。物覚えが良いのは一種の才能かもしれない。それでも慢心せず毎日行う努力と習慣は詩織の意思によって成り立っている事実。

 幼い頃、仲が良いからこそ比べられた。

 だからこそ――新上は詩織に憧れた。

 何事にも当たり前のように熱心に取り組んで修得していく彼女の姿に。

 周りが困っていたら誰に対しても親切に接する詩織の行動心理に。


 でも、それは白井詩織の一部でしかない。

 彼女は絶対に言わなかった。

 優秀者であるからこその悩みを誰にも。

 一部の男子に嫉妬され学校で虐められている事実を誰にも。

 物がなくなったり、「ブス」「死ね」などと机に鉛筆で悪口を書かれたり、スカート捲りを男子の前でされたりしたことを。

 先生や友達、そして両親にも心配をかけない一心で貫いていた。

 その事実を知った新上に対しても絶対に誰にも言わないで、手を出さないで! と強く口留めをしてきたぐらいに彼女の意思は当時から強かった。

 強く逞しい彼女の姿はとても美しいと思った。

 だからこそ新上は強く惹かれた――白井詩織という女の子に。




 翌日――金曜日。

 窓の外から差し込む太陽の陽に誘われて新上はゆっくりと目を覚ました。


「ん~うぅぅぅ」


 スズメの鳴き声が聞こえる。

 窓を開けると新鮮な空気。

 最高だ。

 時計を見ると、時刻は七時十分。

 今から身支度をしても登校時間には余裕で間に合う。


「そう言えば……昨日の今日で本当に大丈夫なんだろうか」


 二十四時間前は酷く荒れ落ち込んでいた心ではあったが、詩織との関係が一貫したもので続くと知って急激に落ち着きを取り戻した。

 おかげで昨日に比べると質の高い睡眠ができた。

 幾ら理沙から恋人になろうと提案されたとは言え、それを引き受けるとは今思えば浅はかだったのかもしれない。確かに色々あって多少は前を向く事はできた。かといって、すぐに吹っ切れるほど頭と心の切り替えは早くない。


「はぁ~」


 夢で見た、詩織を好きになった日のこと。

 よりにもよって理沙が恋人になった最初の夜の日になんで。

 当時は素晴らしい新上だけの特別な想い出だったのに、今は悩みの種でしかない。

 忘れようと思えば逆に忘れることができない。

 よくある話しだと思う。

 新上は困った。


「本当にこんな俺でいいのかよ……」


 優柔不断。

 バカ。

 アホ。

 そんな三拍子が似合いそうな俺だな、という意味を込めて新上は自分に向けて言った。

 理沙はなんでこんな男が良いと言ってくれたのだろうか?

 そんな疑問が脳裏で生まれると、昨日チラッと見せてくれた嬉しそうな笑顔も一緒に浮かんだ。

 理沙もクラスでは人気が高い。

 正直に言うなら既に三年生の先輩に告白されている。

 相手は某企業の社長の息子。

 学年での評判も良く、校内での評判も良い先輩。

 これは新入生向けに新聞部が発行した校内を代表する先輩紹介で書かれていた内容で新一年生は皆知っている内容だ。実際に新一年生の女子が既にファンクラブを作っているとも噂で聞いている。

 正直モテない男からすれば僻みの対象でしかないわけだが、理沙は「お気持ちはとても嬉しいです。ただ中学時代から好きな人がいるのですみません」と断ったことは有名なお話し。

 家柄も良くて、成績もいい、運動神経抜群、性格は謙虚。

 そんな凄い人を振ってまで俺のことを好きとは理沙は俺のどこに惹かれたんだ?

 と朝から自分を卑下してしまう新上は心がすさんでいるのかもしれない。

 ただし、子供を産み育てる、と言う女性特有の面に視点を向けるならあるいは――。


「はぁ、俺だってその気になれば……」


 止めておこう。

 すぐにそう思った新上。

 比べたって全てが平凡な新上に立ち向かう術はない。

 昔だったらあった、と言えたかもしれないが今はない。

 手入れがされ立派だった名刀は今では錆びて鈍らになったのだから。

 なにより――鈍らが名刀になることはもうない、と思う新上。

 そんな男を好きになった理沙をただ不幸せにするには申し訳ない気持ちになる。

 だから覚悟を決める。

 全力で俺は俺の恋愛道を突き進むと。

 周りからなんと言われようが新上は詩織と理沙が納得するやり方ではなく、自分が自分らしくあるための恋愛をこれからもしていくと。

 もし恋に形があるとすれば偏見とも言える。

 もし形ある者だとすれば全世界で恋愛の定義は決まっている。

 一夫多妻制、一夫一妻、一妻多男、のように様々な形がある時点で新上は自由に行動できるのかもしれない。

 なにより詩織と理沙は望んでいて、その逆も然り。

 ならば問題ないと言えるのではないだろうか。


 新上は詩織の提案通り、新上優斗でいることにした。

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