2 「貴族の学校」に対する疑問
彼女は男爵令嬢として私と同期に入学してきたのだが、本当に庶民レベルの読み書き計算しかできなかった。
私からすれば、授業自体は簡単だった。
既に学校で受けるカリキュラムの大半を家庭教師から学んでいたからだ。
ただ、図書館は私にとって有意義なものだった。
家にも蔵書は相当あるが、比較にならない量の書物や資料がある。
あまりによく私が通うので、図書館の主と言われているエンドロール教授に顔を覚えられる様になった。
「ユグレナ・グリンスティーン、何に対しそれほど興味があるのかな」
当時まだ三十代のエンドロール教授は私に問いかけた。
「この学校の歴史を知りたいのです」
なるほど、と言い、教授は関連書物を教えてくれた。
私はその辺りから次第に行われだした王太子妃候補教育の合間、ひたすらにそれを読み込んだ。
当時はまだ私は「候補」でしかなかった。
「候補」が取れたのは入学して一年後だった。
その頃には、この学校の成り立ちについて公的に発表されているものは把握していた。
だがそこには隙間があることにも気付いてしまった。
「教授、この国における道徳規範の歴史と学校の成り立ちがやっぱり矛盾しています。どういうことなのでしょう」
「大人の事情、と言ってしまえばそれまでなのだが、正直私から見ても、この学校のシステムは奇妙に感じることがあるんだよ」
「とおっしゃいますと?」
「君も気付いているだろう? こんなに身分ががちがちにある社会の中で、生徒間を自由にさせておくというのは非常に甘いし、何が起こるか判らない。それを含めて自律の精神を養うと言えば聞こえはいいが、実際に問題はこの学校が創立されてから、記録されているものだけでも相当数出ている」
「相当数、ですか」
「無論、記録されないものはその数倍だろう。成り上がりたい下位貴族が親に言われて色仕掛けを強要されることなど昔からよくあることだ」
「……」
「それで引っかかって、そのまま上位に潜り込める者などそうそう居ない。それこそ色仕掛けに引っかかった馬鹿として、家を追い出されるのがオチだ。そういう者をあぶり出すのが目的だとするならば、非常に場所が大がかりだと思わないかね?」
確かに、と私は頷いた。
「まるで最初から秩序を掻き乱す様にこの学校が置かれている様に思われますわ。なのに、王国の成立と同時にこの学校が創設され、しかもその時代から男女も身分も混ぜて教育するということはまるで変化しないのですね。父からうかがいました。組織は何かしらの必要があれば、その都度少しずつでも改革なりしていくものだと。そうでないと組織自体の死を招くと」
「君のお父上はさすが、官僚の長たる副宰相だな」
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