「黒炎の隼」

「非情」

冷たい空気が漂う廃墟。隼人と結巳は背中を合わせてそれぞれ敵を警戒していた。

「その澄ました面！　バラしてミンチにしてやるよ！」

　包帯の男が体を振るって何度も凄まじい速度の包帯を隼人の前に突き出した。

　しかし、隼人は全てを見切ったように無表情でかわしていく。

「遅い」

　隼人は舞うように男の拳をかわして、切りつけていく。

　おそらくこの男は宿主になって日が浅い。経験を積んでいる隼人とは明らかに実力差が違うのだ。

「このままお前の意識を落とす！」

「やってみろガキ！」

　隼人は全速力で駆け抜けると男が身に纏う包帯を解き放ってきた。

　近づいてきた包帯を一瞬で切り刻んで、男との距離を詰める。しかし、　よく見ると相手の体から出ている包帯の一本が地面に向かっていた。

「何！」

「へへ！　馬鹿め！」

　その時、隼人の足元から包帯が飛び出てきた。包帯は隼人をその場から逃がさない勢いで足首に巻き付いている。

「ふん！」

　隼人は包帯に刀身を振り下ろしたが、硬くてきれない。おそらく何重にも重ねているのだ。

「終わりだ！　ガキ！」

　視界の端で男が包帯を飛ばしているのが見えた。隼人はひと呼吸を置いて、聖滅具を強く振った。

「影焔（かげほむら）！」

「何！」

　隼人は異能の名前をつぶやくと、黒い炎が刀身を包み込んだ。向かってきた包帯を切り裂いた後、足元に絡みついた包帯を焼いた。

「ほっ、炎が！」

　黒炎が包帯を伝って男の元に向かっていく。男が焦りながら、包帯を切除している隙に隼人は一気に距離を詰めた。

「ひい！　いっ、命だけは！」

　男が命乞いをした瞬間、隼人は聖滅具の持ち手を変えて、首元に振るった。

「がっ！」

　隼人は勢いのある峰打ちを男に打ち付けた。男が白眼を向きながら、地面に倒れた。

　すぐさま結巳の方に向き直り、手助けに向かった。

「戦闘員の皆さんは忌獣の気を引いてください！　その隙に私が倒します！」

「了解！」

　結巳が戦闘員に指示を出しながら、攻撃の隙を伺っている。戦闘員達が攻撃の隙を作ろうと鉛玉を忌獣の目に連発した。

「グオッ！」

「ギュ！」

　悲鳴をあげながらのたうちまわる二体の忌獣。視界を封じたおかげと隼人と結巳は攻撃するタイミングを生み出すことができた。

「氷結斬撃（アイススラッシュ）」

　結巳が細剣に氷を纏わせて、忌獣を斬りつけた。凄まじい勢いで氷が忌獣を蝕んで凍りついた。

「影焔！」

　隼人は燃え盛る刀身でもう一体の首を切り落とした。見事に二体の忌獣を討伐することに成功した。

「凄いな。さすが特待生だ」

「すみません。こいつの見張りをお願いします」

「ああ、構わないけど君は？」

　隼人は包帯の男の見張りを戦闘員に頼むと廊下の奥に目を向けた。

「少し確かめたいことがあります」

「待ちなさい。私もいくわ」

　一人で向かおうとした時、結巳が動きを止めて来た。

「なんで？」

「なんでって。一人より二人の方が作戦の成功率が上がるからよ」

「あっ、そう。好きにしろ」

「そうさせてもらうわ」

　隼人は若干、うんざりしながらも警戒心を強めて、廊下の奥へと足を踏み込んだ。

　隼人は結巳と闇に同化するように音を立てず、アジトの中を探索する。先ほどのようにいつどこから敵が現れるか分からない。

　優れた五感と野生の勘を駆使して、周囲に意識を張り巡らした。

「奴はこの奥から来た。ずっとこの闇の中で待機していた可能性も否定は出来ないが、薄いだろう」

　隼人は疑念を抱きながら、あたりを散策していると靴底に妙な感覚を覚えた。

「ん。ここは？」

　薄汚れたタイルの下で止まった。タイルを探ってみると、鍵穴のような物を発見した。しかし、肝心の鍵が辺りに見当たらない。

「どいてろ」

　隼人は結巳を退けると、勢いよく地面に斬撃を加えた。轟音とともに粉塵が舞い、タイルが音を立てて崩れていく。

　ぽっかりとタイルが口を開けた。そこには階段があり、暗闇まで続いている。

「派手に開けたわね」

「まあ、開けられないよりマシだろ？」

　隼人は暗闇に目を向けながら、ゆっくりと階段を降りて行く。階段を降り終えるとそこは廊下になっていた。

　陰湿を帯びた冷えた空気が漂っていて、不気味さを覚える。

　深夜でも任務にも備えて常備していたライトで辺りを照らしながら、暗闇の中を進んでいく。

「これは？」

「扉みたいね」

　隼人達の目の前に一枚の扉が現れた。隼人は扉の奥からただならない空気を感じ取った。ゆっくりと重い扉を開くと、絶句した。

　左右両側に檻が並んでいて、そこから多くの人間の阿鼻叫喚が飛び込んできたのだ。

「助けて！　ここから出して！」

　おそらく拉致された一般人だろうか。顔がしわくちゃになりながらが助けを乞うてきた。

　人だけではない。犬や猫。他の野生動物までもが檻の中に閉じ込められていたのだ。

「落ち着いてください！　我々は忌獣対策本部のものです！　今から助けを呼びます！」

　結巳が指揮班に連絡を入れて、増援を至急アジトの地下に送り込むように伝える。

　すると突然、物陰から叫び声が聞こえて、振り返ると鋭利な鉈を持った若い男がこちらに向かってくる。

「し、侵入者！」

「ふん」

　隼人は振り下ろした鉈を避けて、鳩尾に拳を打ち込んだ。敵対心のある行動から見て、どうやら鳥籠の構成員のようだ。

　鉈が床に落下してカランと音が鳴った後に、構成員は腹を抱えて、うずくまる。

「他の連中は？」

　隼人が胸ぐらを掴んで、無理やり構成員を起こした。驚いたのか、目を見開きながら辺りを見渡した。

「お、奥にいる」

「聖堂寺。俺は他の奴を捕縛する。お前はここで他の人達を見ていてくれ」

「分かった」

　隼人の提案に結巳が承諾した後、彼は怒りを抑えながら、残りの構成員を確保するために走り出した。

　先に進むと、奥に部屋があり人の声と物音が聞こえる。すぐさま隼人は部屋に乗り込んで、聖滅具を向けた。

「動くな！　忌獣対策本部のものだ！　大人しく投降しろ！」

　突然の出来事に構成員達は呆然として、手を上げて無抵抗の意思を示した。

「ここにいるので全員か？」

　隼人が剣先を向けながら、詰問すると一斉に頷いた。一人が持っていた大きなボストンバッグを押収して、中身を調べると黒い液状の物が入っていた。

「これはなんだ？」

「V因子だ」

「V因子？」

「忌獣の中にある細胞だ。それに適合すると人間は超人的な能力を手にいれる事が出来る」

　信徒が震えた唇で黒い液体の説明をしていく。適合すると先ほどの包帯男のような能力が手に入るという事らしい。

「じゃあ、適合しなかったら？」

「薄々、分かっているだろ？」

　隼人は信徒の腹部を力強く蹴り上げた。怒りを抑える事が出来なかったからだ。

　信徒が壁際まで吹き飛んで、蹲った。

「てめーら、まさかこの液体であの人たちを！」

　隼人は信徒の胸倉を掴んで、感情をぶつけた。

「こ、これが我らの目的だ！　彼らだってどうせ現代社会で苦痛を味わっている連中だ。なら、忌獣になり、規律も倫理もない世界に連れていったやったほうが幸せだろう！」

　構成員の一人の傲慢かつ身勝手な発言を口走った瞬間、鳩尾に膝蹴りを食らわせた。

「お前らのくだらない思想のために多くの人間や動物が犠牲になってるんだよ！」

　隼人は冷酷な目で構成員を睨みつける。構成員が荒い息を断続的に繰り返しながら、呻き声を上げていた。

　彼から見れば、目の前にいるのは捕食者に怯えた被食者達。自分たちがこの場において生殺与奪の権利を握っているのだ。

「お前みたいな害悪。生きている価値なんかねえよ」

　隼人は聖滅具を振り上げた。彼の目にはこの男は人の皮を被った獣畜に他ならない。殺生に対して一切の躊躇がないのだ。

「消えろ」

　隼人は冷めた目で刀身を下ろそうとした時、腕が止まった。すぐ横を見ると隼人の腕を掴んで、険しい表情を浮かべる結巳がいた。