「初登校」

 早朝。隼人は寄宿舎の外で木剣を持ち、素振りをしていた。彼は毎朝、こうして剣の素振りとランニングなどを日課にしている。


 何者にも囚われない強さを彼は求めているのだ。どれだけ周囲から適正率の低さを馬鹿にされても構わない。


「必ず、奴らを!」

 隼人は自身が戦闘員になるきっかけの出来事を何度も思い出して、やる気を高めた。




 教室の扉を開けるとクラスメイトの視線が一気に隼人へと集まる。好意的な目ではなく、嫌悪や殺意、嫉妬など負の感情である。


「あいつ、昨日。聖堂寺さんに勝った奴か」


「ホームルームギリギリなんていいご身分だな」

 妬みを孕んだ言葉が漂う教室。その中に昨日、模擬戦を行った聖堂寺結巳がいた。


 彼女の視線方は他の生徒とは違い、何かまた別の思惑があるように感じ取れた。


 そんな視線を感じながら、席に着くと長い黒髪を束ねれ肩に添えたラボコート姿の女性が入室してきた。


 かけている丸メガネ越しからでも分かるほど、切れ長の目と端正な顔。周囲にどよめきが生まれていた。


「今日から皆さんの担任を務めます。星野奏ほしのかなでです。よろしくお願いしますね」

 奏と名乗る担任教師は笑みを浮かべて、一礼をした。


「えー、皆さんも知っている通り、この学校では未来の忌獣対策本部の戦闘員を育成する学園です。今回は皆さんがいずれ戦うである『忌獣』について説明したいと思います」


 奏がそういうと近くにあった黒板に映像を映し始めた。


 画面が明るくなり、その向こうから殺伐とした雰囲気の映像が流れ出した。銃声や気炎を纏った声音が静かな部屋に大きく響いた。 


「ぎゃああ!」


「殺せー!」


「グオオオオ!」

 ましい姿の怪物がこの世のものとは思えない雄叫びをあげながら、突貫してきたのが見えた。ナイフのように鋭い牙と爪。血走った眼。画面越しから見てもその恐ろしさが伝わってきた。


 教室の中にいる生徒たちも皆、真剣な様子で映像を見ている。その目には怒り、憎悪、そして、恐れがあった。


 無論、隼人もその一人だ。しかし隼人の中にあったのは憎悪だけだった。恐怖など一欠片もなかったのだ。


 血眼になりながら、その映像を食い入るように見ている。映像が終わると周囲が先ほど以上に静まり返っていた。


「『忌獣対策本部の目的は忌獣の駆逐とこの怪物を生み出す組織『鳥籠とりかご』の壊滅。この二つ。そのためには皆さんにはを使いこなしてもらう必要があります」

 奏が再び、画面を照らすと日本刀に似た武器が表示される。


「皆さんは入学試験を突破した素晴らしい生徒達です。きっとこれからも乗り換えられるはずです」

 担当教師から告げられた暖かい言葉に周囲の空気が少し和やかになった。隼人は変わらず、映像に映し出された忌獣を姿が目に張り付いていた。


 授業が終わり隼人は一人、帰宅後のトレーニングについて考えていると、視界の端に人の気配を感じた。


「聖堂寺」


「松阪君。今、時間ある?」


「まあ」


「そうならついてきて」

 聖堂寺が昨日と同じ、鋭い目で告げるとそそくさと教室の扉に向かっていく。

 内心、昨日の事で何か言われるのか予想しながらも彼女の後をついていくことにした。



「昨日はごめんなさい」

 隼人は目を丸くした。先ほどまで勝気な態度だった結巳が頭を下げてきたからだ。


「何が?」


「適正率の低さで貴方を侮辱してしまった事」

 結巳が伏し目で謝罪を述べた。おそらく罪悪感で覚えており、目も合わせられないのだろう。


「ああ、別にいいよ」


「怒らないの? 適正率を馬鹿にされて」


「だから怒らないって。というか何でそこまで、適正率とか一位に固執するんだ?」

 隼人は純粋な疑問を彼女に尋ねた。しばらく沈黙が流れた後、結巳が静かに口を開いた。


「私には六つ年上の兄がいたの。とても強くて優しくて、私にとって憧れの存在だった。だけど六年前、兄と父が諍いを起こして、兄が父を殺害して逃亡したの」

 彼女の口から出た衝撃の事実だった。


「まだ子供だった私を当主に付かせるわけにはいかないということで母が代理という形で当主についているの。だから私が母を支えるために聖堂寺の当主になる為には何としても強くならないといけないの」


 隼人は彼女の辛そうな表情に胸が痛んだ。父と兄が殺し合っている姿など当時の幼い彼女からすればとても目に当てられるものではなかっただろう。


「だからだったのか。というかそんな重要な事、俺に言ってよかったのか?」


「絶対ダメ。聖堂寺家と上層部しか知らない。外部に漏れたりでもしたらスキャンダルものよ」

 

「ダメなのかよ。じゃあなんで俺に」


「言うの?」

 結巳がまっすぐな目で隼人の方に向けてきた。隼人は言葉に困ったので首を横に振った。


「そうだと思った。私はいつか聖堂寺家やこの組織を束ねる人間になる。その為には信頼における人間の目というものを養う必要があるの」

 結巳の鋭い目の奥から熱い信念のようなものが伺えた。すると休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「行きましょうか」


「ああ」

 隼人は来た時よりも少し、心が軽くなった感覚を抱きながら、屋上を後にした。




 夕方、隼人は公園の周りを走っていた。額に滲む汗と僅かに上がった息が彼の疲労を表していた。


 不意に昼ごろの結巳とのやりとりが脳裏を過ぎる。


「母親のためか」

 自分以外にも様々な理由でここには同世代の人間が入学してきている。その事実を改めて痛感させられた。


 すると急に背後から殺気を感じ取った。振り返るとちょうど、男子生徒の一人が短刀型の聖滅具を突きつけている時だった。


「くたばれ!」


「危な!」

 隼人はすぐさま奇襲を躱して、攻撃に備える。近くを見ると一人だけではなく、他二人の生徒も隼人を睨みつけていた。


「一体、何のつもりだ? 校内外問わず、教員の許可なしに聖滅具の使用は禁じられているはずだぞ?」


「バレなきゃ、問題じゃねえさ。それにこっちは三人だ。勝機はこっちにあるぜ」

 短刀使いが卑しさに満ちた笑みを隼人に向けてきた。


 他二人もそれぞれの聖滅具を持っている。


「おい、待てよ。俺は喧嘩する気ないぞ」


「うるせえ! 気に入らねえんだよ。適正率ドベのお前が中等部から上がって来た俺達より上なのがよ!」


 隼人は三人をなだめようとしたが、そんな事は御構い無しとばかりに一斉に襲いかかってきた。


 適正率のみが実力の優劣だと考える生徒の視野の狭さに彼自身、憤りを覚えた。


「邪魔だ」

 隼人は瞬く間に三人を地に伏せた。三人との悔しさを堪え入れないのか、隼人を強く睨みつけて歯ぎしりをしている。


「準備運動にもならねえよ」

 隼人は足元で転がる三人にそう吐き捨てて、踵を返した。嫉妬、殺意。おそらく彼らもそれぞれの胸の内があるのだろう。


 だからと言っていきなり攻撃してきて良い理由にはならない。


「次、奇襲かけてきたただじゃおかねえからな」

 隼人は怒気を込めて、睨みつけると男子生徒達は一目散に逃げ出した。


 その時、隼人の携帯端末が音を鳴らした。着信先は『忌獣対策本部』だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る