第3話 君の姿【僕side】
家からすぐのところにあるコンビニに入った。そういえば昨日もここに入ったなと今頃思う。夕食は近所のスーパーでも買えるけど、なぜだかコンビニに入ってしまう。なぜかはわからない。
僕が入るとピロピロというような音が鳴る。お客さんが入ってきたことを知らせる合図だ。昨日は確か中華丼を買ったけど、今日は辛さでこの気持ちを紛らわすために麻婆豆腐にしようと思って、お弁当コーナーに行きそれを手に取った。でも、あまりお金を無駄に使ってはいけない。これがいつまで続くかわからないのだから。明日は頑張って自炊をしよう。そう決心して麻婆豆腐をレジに持って行き、会計した。
母がいたときにはあまり考えなかったお金の重みも今では強く感じる。こんなに考えなきゃいけないんだなと。1円1円が大事なんだと。
お会計を終えると、どこかに寄ることもなく真っ直ぐ家に帰る。今は4月の下旬だがその帰り道は寒かった。まるで僕の心のように。その気温が僕の心を更に冷やした。
母がいた時は小さく「ただいま」って言って家に入っていたけれども、何も言わずに入った。こうしていると母が家にいないことを認めているみたいで嫌だけど、現実からは逃げられない。
部屋の電気をつけ、上着を脱ぎ、さっき買ったばかりの麻婆豆腐をレンシレンジでチンする。麻婆豆腐がいい感じに温まると、それとスプーンを自分の部屋に持っていき、ベッドに座り、麻婆豆腐の容器の蓋を開ける。湯気がもくもくと雲のように出てくる。美味しそうだ。
スプーンにすくって、フフーした後、1口食べる。やや辛めでスパイスも効いていて、美味しい。でも、やはり気を紛らわすことができない。2口目、3口目……と食べていく。
ちょうど食べ終わったところで、クラスメートで、同じ中学でもある
『今日もお疲れさん。世と3日ぶりのラインだな。元気ー? 俺んちの今日の夕飯麻婆豆腐だった』
まだ彼には母があの事故に遭い、重篤だということは伝えてない。理由は単純だ、彼を悲しい思いにさせたくないし、変な心配をされたくない。それに、迷惑をかけたくない。
『馬が合うね。僕も麻婆豆腐だった。でも、ちょっと色々あって元気ない』
僕はこの内容で送信するか悩んだが、指が滑り、気づけば送信してしまった。すると頼希が、
『そうか。じゃあ外でて月でも見てきな。きれいだよー』
とすぐに返信してきた。確かに、そういう自然の景色を見るのもいいのかもしれない。少しだけ現実から離れることができる気がする。頼希がそうアドバイスしてくれたので、なんとなく悩み事とかがあると行くことが多い土手に向かう。通りすぎる人は疲れた様子のサラリーマンの人ばかりだった。
その土手に着く。よいしょと座ると三日月の形に近い形の月が僕の目の前に見える。光っていて綺麗だった。生きていることを感じさせてくれるようだ。少しの間、それを眺め僕だけの世界に入っていた。
「あっ、世くん……」
だから誰かから声をかけられた時は少しビックリしてしまった。振り返ると、そのには同じ高校に通っている
でも、声をかけてくれた三織さんの声は悲しそうで、震えていた。僕の知らない三織さんだった。
「三織さん……?」
でも、何でここに三織さんが? 気まずい沈黙。三織さんは何も言わずにただ立っていた。何か言わないと……。僕は言葉を探す。
「三織さんはどうしたの? なんか悲しそうで、何かを失ったかのよう」
こんなことしか言えなかった。失っているのは自分の方なのに。
「いや、なんでも……」
三織さんは何か知られたくないことを隠しているみたいだった。暗い闇が三織さんを取り囲んでいるよう。三織さんは無言で僕の隣に座った。
「あっ、よかったらココア、いる? さっき自販機で買ったら1本当っちゃって」
「じゃあ……」
せっかくならと思いそう言うと、三織さんは僕にココアの缶を1本渡した。そのココアの缶を開けて、それを少し飲む。心の中がゆっくりと温まっていき波が伝わっていくように体全体に広がっていく。
「世くんは大丈夫なの?」
三織さんはふと僕の目を見てそう問いかける。三織の瞳には僕がつらそうに見えたのだろうか。
「大丈夫……じゃないのかもしれない」
僕は「大丈夫だよ」とはなんだか言えなかった。自分の体のどこかに止められた。でも、僕だけが大丈夫じゃない……そうではない思う。三織さんも何かを?
――ひょっとして三織さんも僕と同じことを?
「……」
「私もかな」
三織さんは吐き出すように言った。僕はそれを聞いて何かもう全部言いたかった。心の中にあるものを自分の中から出したかった。
「実は僕、3日前の崖崩れの事故で親が巻き込まれて……、なんとかまだ生きてるけど、いずれ――」
「いずれ死んじゃうかもしれない」と言おうとしたところで三織さんが「えっ」と驚いたような声をあげた。
「世くんの親も?」
「えっ?」
どういうことか理解できない。どういうこと? まさか……三織さんも?
「まさか、三織さんも?」
「うん……実はそうなんだ……」
「……そうなんだ」
三織さんの親も……。あの事故に……。たしかあの事故は重体3名……。……! 僕と同じで、僕と同じ苦しみや悲しみを抱えて、泣きたくて、重たいおもりを背負ってこの3日間過ごしていたんだ。この3日間を耐えていたんだ。
自分だけだと思ったのに、僕と同じ思いをした人が僕のこんなに近くにもいた。自分のことのように悲しい。
「私の親も、結構危ない状態。周りに頼れそうな大人もいないし……どうすればいいかなって考えてるとこ」
三織さんはお父さんとお母さんが巻き込まれたらしく、三織さんのおばあさんやおじいさんは年がいっていたり、色々事情があって頼るのは難しいらしい。僕も事情は同じ感じだ。
「まだ他の人には言ってないの?」
「まあ、私の頼れる友達に
お互い誰かに迷惑かけたくない気持ちは同じようだった。三織さんの表情はさっきと少し違い、土がカラカラで今にもしおれそうな植物にほんの少し雨が降ったときのように少しだけ見たことある三織さんの顔の戻っていた。
「僕も少しだけ」
僕も少しだけ心を締め付けている紐が少しだけ緩んだ。でも、完全に解けたわけではない。
「でも、三織さんは1人でも大丈夫そうだよな。家事もちゃんとできるだろうし……。それに比べて、僕は……」
僕はうつむきながらそう言った。何を言っているんだろうと思った。こんなことを三織さんの前で言うことじゃない。自分がいけないんだ、家事ができないのも、自分が――。全部自分のせい……。
「あ、ごめん、こんなこと言って……」
僕が再び三織さんの顔を見ると、どこか遠くを向いていた。
「うんん、いやそんなことないよ……まあ、うん……。でも、そうだね……。うん」
そう言ったあと、なにかを決めたように、うなずいていた。
電車が僕らの近くにある鉄道橋を大きな音を立てて通過する。
「じゃあ――」
「……」
いきなり木の葉を大きく揺らすほどの強い風が吹いてきた。三織さんの髪が少し揺れる。その風で揺れた髪で三織さん目元が一瞬隠れ、次見えたときには三織さんの瞳がまるで月のように輝いていた。
「――いっしょに暮らさない?」
三織さんの優しい声が僕の心に1音1音ずつ吸い込まれていく。
――はっ。
自分の瞳が大きく刺激される。
その瞳の先には見たことのない景色が広がっていた。
まるで周りの景色を全部取り囲むかのように、三織さんが見える。
――君が、海と空をつなぐ1本の光のように僕は見えた。
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