想いの声

友川創希

1章 

第1話 3日前 【僕side】

 自分の人生ってまるで水晶みたいに眩しく輝く空だったのに、それを裏切るように急にザーザーと音を立てながら雨が降ってきたり、今まで受け継がれてきたお祭りが突然終わっちゃうみたいに急に変わっちゃうことがあるんだろうか。 


 今日もまた暗いだけの小さな箱にとじ込められたときのような不安や恐怖であまり寝ることが出来なかった。


 仮に寝られたとしても暗闇に1人取り残された夢とか、窓を開けたら暗い雲がかかっていて、近くの川は濁流だった夢とか……そんな悪い夢を見てしまう。


 ――朝は眩しいくらいの太陽の光で目が覚め、朝ご飯を食べて、そして高校に行って勉強したり、友達と話したりし、そして帰ってきたら自分の部屋で過ごし、夜になれば夜ご飯をとり、お風呂に入って1日の疲れをとった後、曜日ごとに決まったテレビを見て、勉強したら寝る――というごく当たり前な生活を、そうまで送っていた。




 高校までの通学路。どこまでも続いていくんじゃないかと思う道を、ただひたすらに進んでいく。


 舗装された道路の近くには比較的新しいいくつもの住宅や商店などの他に電車の線路があり、その線路を何本も電車が僕なんかを全く気にする様子もなく通っていく。


 いつも乗るバス停まであと少しとなったところで、僕の目の前に風で飛ばされてきたと思われる1枚の紙――新聞紙がそっと着陸する。その新聞紙をほぼ無意識に拾う。


 その新聞を見た瞬間に、頭の中に入ってはいけないものが入ったかのような感覚に陥る。


『崖崩落で自動車数台巻き添え。重体3名、負傷者数名』


 新聞のトップの見出しにそう大きく書かれていた。


 あ、あっ……。手が自分のではないかのようにブルブルと震える。


 心拍数が驚くほど早くなる。


 この新聞紙が見えない力で僕の心の中を支配していく。ダメだ、ダメだ……。呼吸ができなくなりそうだ。今にも止まりそう。

 

 そう思った瞬間、僕はその新聞紙をくしゃくしゃにして何も考えずに地面に投げつける。その新聞紙はまた風にのって、どこかに飛んでいく。


 数日前――3日前の記憶が蘇る。


 その日僕の母は、用事があったため少し遠くに行っていた。なので夜はカップラーメンを一人で食べた。遅くなるかもしれないと言われていたから、別にこの時間まで帰らないことに何の違和感も不信感もなかった。


 でも、テレビをつけたとたん、僕の世界が一気に崩れた。


『先程からお伝えしていますように、神奈川県で崖崩れと思われるものが発生し、複数台の車が巻き込まれたということです。事故当時のこの付近の防犯カメラの映像です――』

 

 スーツを着たアナウンサーの人が少し早口な口調で――でもはっきりとそう言う。


 テレビにはまるで火砕流のように土砂が流れていった後に、崖の近くの道路を走っていた何台かの車を飲むこむようにして青い海に転落していく様子が映っていた。その車の中に母のと同じような車があった。僕はその映像をスマホでも何度も何度も繰り返し見てしまった。


 思った通り僕の見た車は母のものだった――つまり母はこの事故に巻き込まれた。母はなんとかまだ命はあるものの、重篤でこのままもうこの世界に戻ってこない可能性も否定できないという。今も母は目を閉じて僕の知らない世界を見ている。


 ――これは3日前の話だ。


 もうこれ以上記憶を再生したくはない。こんな現実なんて。


 そして僕の父は……で、今、家には僕しかいない。


 家事も何もできないダメダメの僕がこの世界で1人で生ていけるんだろうか? でも、僕には1つしか道はない。生きるという道以外は全部僕が閉鎖してしまった。でも僕は――。





 

 

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