エクスマキナ・クライシス

南方カシマ

前日譚

プロローグ 1

 西暦2193年6月


 現在地球上に人類は存在しない。正確には地上には存在していない。

人類は、幾度とない自らの過ちの末に自らを地下に追いやってしまった。


当然の報いだ。しかし、生活拠点を地下に移したが精神的な苦痛が彼らを蝕んでいた。その原因の一つが自分達が作り上げてしまった”人類の負の遺産” だ。これに怯えて生活せざる負えなかったのだ。

我々はこれに対抗すべきなのだろうか? 


それともこのまま運命を受け入れるべきなのだろうか?


その答えはこれから示されるのだろう。もし、もしそれでも何も変わらないのならば、



この世は虚しいな...



 宮田泰彦みやた やすひこは、そう思いながら片手に持っているコーヒーを口に含む。程よい苦みと後味の酸味が絶妙にマッチしている。


 自分の研究生活において数少ない楽しみの一つであるこの時間は小さいけれどもかすかな幸福を見せてくれる。齢五十八にもなると楽しみが減る分とても新鮮に感じていた。


...今度また田中君に頼んで作ってもらお...


 飲み終わるとコーヒーカップの中を見ながら余韻に浸るとともにカップに残ったコーヒーの滴を眺める。


.... もう時間は残されていないか......


 左側のドアから外を見やると荒廃しきった大地で、地面は黒々としており原油と土が混ざり合ったかのように、ドロドロに成り果てていた。切り裂くような風は、窓をガタンガタンと揺らしいつドアを突き破ってきてもおかしくないくらいだ。


 机の上の液晶画面を起動し、「M.C2型AI最終稼働試験結果報告書」と書かれているタブを表示するとパネルを操作し内容の確認・複製作業に入る。作業は五分程度で終わりデータの入ったマイクロチップを小型ケースに入れ鍵を閉め厳重に保管する。その後は、引っ越しのための荷造りをする。


 荷造りの最中、泰彦は棚の上に置かれている写真に目が止まる。写っているのは、見掛け中年当たりの金髪の白人女性だった。


...キャンベルさん。もうすぐ叶いますね


 ドアから電子音のようなブザーが鳴った。机の液晶パネルの左端から写真と名前が表示され誰か来たか確認をする。名前には、一ノいちのせ彩佳あやかと表示され写真には髪をシンプルに束ねたポニーテールの女性の写真が出てきた。自動ドアのドアロックを解除するとともに、”どうぞ”と声をかけると”失礼します”という声と同時に白衣を着た女性が入ってきた。

 

「先生、準備できました」


「分かった。今行きます」


 宮田は写真を鞄に仕舞い戸締りをする。部屋を出ると一ノ瀬がドアの横で壁によりかかりながら待っていた。


「先生、鞄持ちますよ」


「大丈夫。ありがとう」


 ドアの鍵を閉め二人で歩き始めた。


「守備の方はどうかね」


「気象操作装置は正常に機能しています。戦術強化兵も展開中です」


「これで、奴らが攻めて来なければいいのですがね」


「台風で、十二時間持ちますのでなんとか時間は稼げるかと思います」


 まだ分からない、と泰彦は思い自分の足音に追われるように歩く。

 とて、先日の件でこちらの動きを完全に把握していた。今回とて例外ではない。いつ襲撃されても対応できるよう警備体制は整えてきたが、どうも胸騒ぎがしてならない。

 前方に見えてきたエレベーターに乗りB地下20と記されているボタンを押して下に降りる。

 「彼女の方はどう?」


 「はい。磁場の数値は許容範囲です。バイタルも安定しています。最終検査も問題ありませんでした」


 ...後は、格納するのみか

 

「あの、先生」


一ノ瀬が恥ずかしそうにこちらを見る。

 「コーヒーどうでした?」


 「とても美味しかったですよ。特に爽やかな酸味で滑らかな口当たりの後に来る長い余韻は、素晴らしかったです」


「そ、それは!//よかったですね//」

 ...よっしゃあああああ―――!!褒められた―――!!

 一ノ瀬は心の中で大きくガッツポーズをした。


 そんな話しているうちに地下20にたどり着いた。エレベーターに降りると目の前に警備の厳重な扉がある。


 身分証と荷物を警備兵に預け身体スキャンを行う。終わると荷物を受け取り、すぐに扉が開いた。


 「私で最後ですか?」


 「ハ!宮田局長で最後であります」


 「分かりました。ここにはもう来ませんので皆さんも準備出来次第中に入ってください」


 「了解であります」


 室内に入ると目の前に円柱型のガラスケースがある。両手で抱えられるぐらいの大  きさでそれを挟み込むように上と下にはたくさんのチューブで繋がっていた。

 中には暖かな光を放つキューブが光の粒に囲まれる形で静かに浮いている。


 「やあ、レイン。相変わらず体調はよさそうですね」


 話しかけるとキューブから女性の声が返ってきた。


 「こんにちは、博士。こんにちは、一ノ瀬」


 「こんにちは」


「はい、体調は依然問題ありません。昨晩、夢を見るという貴重な体験をしたので私は今、幸せな気分です」


 泰彦は、心の中で歓喜した。

 従来の意思を持つ人工知能は、物事を認識し感じ取り思考することまでしかできていなかった。AIに人間と同じ思考や感情持たせることはできても、夢を見るまでにはある程度の個人経験値オリジナルアイデンティティーを積ませる必要がある。今までそんな観測や報告はなかったが、もしそこまで成長できているなら彼らにとって喜ぶべきことであった。


 「ちなみにどんな夢をみましたか?」


 「パンダの大群に追いかけられる夢です」


 ...え......?パンダ?...


  泰彦は、少し混乱しながらも問い返した。

「どういう事ですか?」


 「昨日、一ノ瀬と一緒に動物観賞をしたからだと考えられます。余剰データ処理中にそのような光景がで浮かんだのでとても興味深い体験ではありました」


 なるほど、そう言って泰彦は口に手を当て思考を巡らせた。元々素粒子物理学や量子力学の研究をしていたこともありとても興味深かった。

 

 ...だが仮説としてもし仮に、が機能しているのであれば彼女が夢を見る、もしくはそれに似た体感をすることは可能だが...


 「なかなか、面白い体験だったのですね」


 「はい、私もそう思います」


 「他には、何か見ました?」


 「はい。もう一つあります」

 「それは?」


 「輪廻の終焉者ラスト・オーダーの夢です。特に現実味を帯びていて貴重な体験でした」


 「「!?」」


  二人は驚愕した。


  まさか奴らの名前が出てくるとは思ってもいなかったのだ。


 「詳しく聞いてもいいかな?」


 「はい。引っ越し先から約1㎞程のところで、SD-1Aチェイサーが待機している光景です」


 「他には?」


 「雲の中で待機している、光景が見えました」


 「個体種と個体数はどれくらいだか覚えていますか」


 「XN-1Hクシフォスが1体、それを中心にSN-1レイヴンSN-1FレイヴンFがそれぞれ約100体、合計約200体確認しました」


  「先生これって....」

 一ノ瀬は震えた声で泰彦に尋ねる。


 「今の前者と後者は別ですか?」


 「いえ、同じだと考えます」


 「その理由は?」


 「もし、前者と後者の関係から待ち伏せと仮定した場合、敵はこちらの動きを把握している可能性があります。なぜなら、到着予定先は地下1000mなので、敵は地上にて待機しています。到着と同時にトンネルが崩落させられる可能性があります。もし仮にこちらに戻ったとしても、我々の施設の地形上山岳を利用していますので、地上に出る際に射出リフトが高所にあります。なので、空中での待ち伏せも予想可能ですし、つじつまが合います」

 

つまり、


 「私達がこの意図を把握した上での待ち伏せの可能性が高いです」


 彼女の夢が本当ならば、実際自分たちはほぼ完璧に、逃げ場を失ったことになる。どちらに行ったとしても、輪廻の終焉者ラスト・オーダーの策略にはまる事になる。仮に動かなかったとしても動かざる負えないような状況になる。そうなるのであれば、


 ...このまま、中枢管理センター跡まで飛ぶしかないのか...


 そう考えている間に、ポケットの透明端末から着信音が鳴った。

 『宮田です』


 『局長!大変です!』


 『どうしました?』


 『先ほど、移動予定先との通信が途絶えました。また、管制室から距離約100㎞,

強力な振動を検知したとの報告もあります』

 

 『え!』


 突然の出来事に思わず声が飛び出てしまった。

 移動予定地点とは、常時通信状態にあるため施設状況が随時報告されるようになっている。通信方法も普段とは異なる手法を使用しているため、切断するのは容易ではない。トンネルも振動による崩落対策はしていたはず。せめて外的要因がない限りそれは不可能だ。

 

『並びに上空の哨戒任務中の警備兵から上空に粒子リフトによる磁場を検出したとの報告がありました』


 ...やられた!... 


 泰彦は即座に指示を出し始める。


 『進路変更。このまま中枢管理センター跡地に向かいます。向こうは、もう手遅れです』


 『了解』


 『また、地上の兵には迎撃態勢を取るようにお願いします。わたしもすぐにブリッジに上がります』


 指示を出し終えると、すぐ船内に甲高いアラートが鳴り響いた。


  通信を切り即座にレインの格納ユニットの横にある立体液晶画面ホログラフィックモニターを操作する。

 液晶画面には、”送信中”と流れる。その間に、


 「一ノ瀬さんは先にブリッジに行っててください」


 「はい!」


 一ノ瀬は駆け足で、エレベーターの方に向かった。

 立体液晶画面ホログラフィックモニター表示に”送信完了”の文字が並んだ。


 持っていた鞄を格納ユニットの前に置くと、小さなエレベータが出現し鞄を回収した後、下へと沈んでいった。


 「レイン。少し早いですが今からあなたを装甲壁シェル内に格納します」


 「わかりました」


 そういうと格納ユニットを囲うように、下から装甲壁シェルが出現した。そして目の前に赤文字で”危険”と表記された浮遊文字が出現した。すると部屋の端、上下左右からシェルターが締まりだした。


 「博士」


 「はい、なんでしょう?」


  彼女は締まり際に、


 「お気を付けて下さい」

   

  少し心配そうな感じたのか、泰彦は小さく微笑んだ。


 「大丈夫です。任せてください」


 そして、装甲壁シェルは完全に閉じた。




 本当に......気を付けて下さい...



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