第1章 8 スーパーでの出来事

 あの後は特に隣の部屋で父親から虐待を受けているような様子は感じられなかった。代わりに部屋の中を歩き回っている音がずっと聞こえていた。ひょっとすると引越しの後片付けをしていたのかもしれない。



19時―


この日、お金を大分使い過ぎてしまった私の夜の食事はカップ麺だけになってしまった。 


「う~ん…来月まで食費最低1カ月1万円に抑えないと…」


お湯を沸かしながらガス代の前で私は腕を組んでぶつぶつ呟いていた。


「まずは朝はシリアルに安い低脂肪乳にして…野菜…は高いから、青汁の粉末で代用するとして…そうだ、冷凍食品が安いスーパーに行ってみよう。取りあえずカップ麺を食べたら買い物に行こうかな」


その時―。


ピーッ!


突然やかんのお湯が沸く音に驚いて、慌てて火を止めた。そしてあらかじめ準備しておいたカップ麺に慎重にお湯を注ぐとお盆に乗せてテーブルの上に運ぶ。


「何かネット動画でも見て食べようかな」


私の部屋にはテレビが無い。テレビを買うお金も節約したかったし、音楽を聞くようなオーディオ機器も無い。ノートパソコンがあればニュースだって知ることが出来るし、色々なコンテンツも見れるのだから貧乏人な私には必要無かった。

自分の好きなジャンルのネット動画を検索し、再生させると早速私はカップ麺を食べる事にした。


「いただきます」


パチンと手を叩き、動画を見ながらゆっくりカップ麺を味わった―。




 20時―


 駅前の激安スーパーに来ていた。カートを押しながら安い食品は無いか物色する。


「あ、鯖缶が安い。へ~水煮も味噌煮も1缶90円か…よし、買おうっと」


2缶ずつ、レジカゴにいれた。鯖の水煮は卵やパン粉、を入れてサバ缶のハンバーグが作れるし、味噌煮は片栗粉をまぶして揚げ焼きすれば鯖の龍田揚げにする事が出来る。


「冷凍にすれば1週間は食べられるものね~」


そして次にシリアル売り場へ向かい、お買い得品の大容量シリアルをゲット。牛乳は低脂肪を選べば普通の牛乳より格安だし…。


そしてレジに行って会計を済ませると、次はお隣の冷凍食品の店に向かった―。



 時間が遅い事もあってか、お隣の冷凍食品専門店の客はまばらだった。


「ううう…重いわ…先に冷凍食品を見れば良かったかも…」


 1Lの低脂肪乳と缶詰に大容量のシリアルの重さが私を襲う。

取りあえず店内のカートにお隣のスーパーで買った品物を入れると、冷凍食品を見て回った。


「あ、ここはひき肉がやす~い」


 冷凍ひき肉を手に、思わず笑みがこぼれる。これだけあれば色々調理できそうだ。他に冷凍野菜をいくつかレジカゴに入れてると、大きなカートをガラガラ通しながらレジへと向かい…。


「あっ!」


角を曲がり切れずに通路に置かれていた商品が積まれた段ボールに突っ込んでしまった。


ドサドサッ!


途端に床の上に落ちて行く売り物のパスタ。


「あ~いやだ、もうっ!」


慌てて拾い上げていると、近くにいた男性が一緒に拾い上げてくれた。


「すみません、ありがとうございます」


慌ててて頭を下げると、その人は私の方を振り返った。年の頃は私と同年代と思しき青年はニコリと笑った。


「いいえ、どう致しまして。こちらこそ、今日はありがとう」


「え?」


突然の意味深の言葉に首を傾げると、青年は笑みをうかべたまま「それじゃ」と言って真っすぐ出入り口に向かうと、そのまま自動ドアを開けて店を出て行ってしまった。


「何?今の人…?」


何処かで会った事があっただろうか?しかしいくら考えても思い出せない。

ひょっとして誰かと勘違いしているのかも…。


「ま、別にいいけどね」


そして私はレジへと向かい、会計を済ませると全ての荷物を自転車の籠に入れ、家路に着いた―。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る