79『概ね成長するのは二十歳まで』
受付で社員証を受け取ると、「ご案内いたします」とスタッフのお姉さんが今日使うスタジオまで案内してくれた。あとついでになぜかお菓子まで貰ってしまった。…たぶんこれ一人で来るたび迷子になってその辺の人に場所を聞いてたからだろうなぁ…それならいっそ初めから案内してしまった方が手間が少ないと判断されてのあからさまな特別対応である。何気にすっごい恥ずかしいし、申し訳ないけど仕方ない。それはそれとして案内はともかくお菓子くれるのオレ完全にちっちゃい子扱いされてない…? まぁ貰ったからには喜んで食べるけど!
そのまま案内してくれたスタッフさんと一緒にスタジオの中へと入ってみれば、目に入ってきたのはキャンプとかで使われているであろう、少し大きめのしっかりとしたテント。さらにテントの前にはこれまたキャンプで使うであろう折り畳める椅子とテーブル、それにランタン…だっけ? オレが名前が分かったのはそれくらいだったが、他にもよく分からない道具の数々が置いてあった。テントの周囲に敷かれた人工芝も相俟って完全な別世界である。
……いやなんで??
「それでは失礼いたします」
「あっ、は、はい…ありがとうございました…!」
「ふふ、応援してますね」
「ど、どうも…」
そんな光景に特段驚いた様子もなく、オレを案内してくれたスタッフさんはそう言ってにこやかに退出していった。というか周りのスタッフさん達も特に気にしている様子はないな…? もしやオレがおかしいのか…?
自らの常識を疑いつつ仕方なくテントを避けて進んでいけば、そこにはようやく見知った顔…泉水さんと、それに
「やぁ来たね。お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「あっ、はい…お、お疲れ様です…」
とりあえず二人と周りにいたスタッフさん達に挨拶を済ませて、まだ配信開始まで時間もあるのでそっと気配を消しつつソファに座っておく。ちなみにだが、オレは今日の配信で何をするかとかまっったく知らされていない。唯一知っていることはこの配信が3Dアバターで行われるってこと、オレの登録者数四十万人記念枠だということ、そしておそらくはコラボ配信だということくらいだ。まぁ今回は現実逃避するためにオレが敢えて聞かなかった節も大いにあるが!
一応配信前に呟いておくか…とスマホを取り出して一言宣伝代わりにぶん投げておく。うーん、オレもVtuberとしての自覚が出てきたな…。
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宵あかり☆オンライブ三期生✓
@ON_Akari_Yoi …
配信四十分前ですが何も内容知りません
午後1:19 · 20XX年12月7日·4.1万件の表示
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o〇 78 ↺ 4995 ♡ 9427 □ 47 ↑
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返信をツイートしましょう。 返信
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なつのは@xxxxxxx・3分 …
ええ…
o〇 ↺ ♡ ↑
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霧の中@xxxxxxx・3分 …
またしても何も知らされていない宵あかりさん
o〇 ↺ ♥ 15 ↑
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あめーば@宵のぬいぐるみ自作した人@xxxxxxx・3分 …
これお前の記念枠だろ!?
o〇 ↺ ♥ 7 ↑
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隅々@xxxxxxx・3分 …
もう逆に何なら知ってんだよお前
o〇 ↺ ♡ ↑
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Σωκράτης@xxxxxxx・4分 …
無知の知
o〇 ↺ ♡ 3 ↑
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くたくた@xxxxxxx・4分 …
あかりチャン、コンニチハ♥!それはビックリΣ( ºωº )
今日はお仕事(∩´﹏`∩)で配信見られないけど( ̄ー ̄;)
応援してるよ(*^^)v
寂しがらないで(≧▽≦)配信頑張ってね(笑)
o〇 2 ↺ 28 ♡ 109 ↑
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ストライキした☆彡くん@xxxxxxx・4分 …
草
o〇 1 ↺ ♡ 5 ↑
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宵あかり☆オンライブ三期生✓@ON_Akari_Yoi・5分 …
草じゃないが??
o〇 4 ↺ 190 ♡ 1071 ↑
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草とか抜かしてるやつには草じゃないが?? といつものごとく真摯に対応していると、人が近づいてくる気配を感じたので慌ててスマホをしまう。
顔を上げてみれば、そこに立っていたのは神無月さんだった。
「配信前の宣伝活動だね、さすが
「え、えっと…ありがとうございます…?」
「ふふ、どういたしまして! ところで今日のコラボ相手だけど…誰だと思う??」
心底楽しそうにそんなことを聞いてくる神無月さん。割といつもそんな感じな気もするが、今日はより一層悪戯っ子度が高い気がする。てかやっぱりコラボかよ! 確かに言い出したのはオレだけども!
しかしコラボ相手…コラボ相手ね…これが3Dアバターを使う配信であることを考えると、相手もおそらくは3Dアバターが用意してある人だろう。となると一期生の人か、はたまた
オレが悩んでいると、ふふ、と微笑みながら神無月さんに手を引かれた。そしてそのまま向かう先は…さっきオレが見なかったことにしたテント!?
「あ、あの…これって…」
「ああ、気にしないで。たぶんいきなりキャンプをしたくなっただけだろうから…私が思うに、あかりさんとはすっごく相性が良い人だと思うよ?」
いきなりキャンプしたくなって室内でキャンプする人が?? 神無月さんオレのことどんなやつだと思ってるんだよ!? …と思いながらも声には出さずそっと心の奥底にしまっておく。顔にはちょっと出てしまっていたかもしれない。
神無月さんがテントの入口を開けると、なんとそこには寝袋にくるまった
「すやすや…」
「え、えっと…」
「むにゃむにゃ…ASMR配信すごくよかった…あの時の感じで起こしてくれないと起きれそうにない…むにゃむにゃ…」
「ええ…?」
神無月さんの方に視線を送ってみれば、どうぞお構いなく、とでもいうように手のひらを向けたジェスチャーが返ってくる。そしてやはりその表情はニッコニコである。いやどうぞお構いなくじゃないが??
「むにゃ…あー…このまま起きれないと配信に遅れてしまう…」
「わ、分かりました、分かりましたから! ん゛、んん゛」
あんまりにもあんまりな言い分だが一理ある。今日の配信を待っているであろうリスナーさん達のためにも何とかせねば…喉を整え、くらえっ、
『お、起きてください…
「んんっ…で、できたら敬語なし、呼び方もハルで…」
注文多いな!? しかし悶える推しの姿に少し楽しくなってきた感じもある。でもハル呼び…ハル呼びか…うぅ、ごめんよ
『起きろー、ハルー…朝だぞー…』
「おはよう
バッと、さながら脱皮でもするように寝袋から飛び起きる永遠さん。そしてその一連のやり取りを見て笑っている神無月さん。…なんやかんやで一番美味しい空気吸ってるのこの人だな??
「というわけで、今日のあかりさんのコラボ相手の永遠
「こうして直接会うのはフェスの時以来。相変わらず大きい」
永遠さんがオレを見上げるように見る。あんまりそういうのを気にするタイプには見えないが、意外と身長とか気にするんだな…。
「そ、その…牛乳とかがいいらしい…ですよ…?」
「たくさん飲んだら大きくなる?」
「たぶん…」
「大きさの秘密は牛乳…」
神妙に頷く永遠さんの姿に少し微笑ましくなる。それはそれとして、永遠さんがいるなら桜ちゃんもいるはずだが姿が見えないな…。
「あ、あの…桜ちゃんは…?」
「? ここにはいない」
「あ、あとから来る感じですか…?」
「今日は私とあかりだけ」
「あ、そ、そうなんですね…?」
そうか二人きりなのか…いや待て待て!?!?
「ふ、二人っきりなんですか!?!」
「そう」
頷きながらはっきりと言い切る永遠さん。え、推しと二人っきり…? 今日って四十万人おめでとう、頑張ったから桜ちゃんと永遠さんの絡みを間近で見ていいよ! っていう運営さんの粋な計らい的なやつじゃないの??
判明した衝撃の事実に固まっていると、永遠さんが悲しそうな、今にも泣き出しそうにすら見える表情でオレを見つめてくる。うぉ…それは流石に顔良すぎ…。
「やっぱりあかりは桜の方が好き…?」
「えっ!? え、あの、そうじゃなくてですね…!?」
い、いきなり何言い始めるんだこの人!?
「あかりの最推しは桜…私は負け犬…くぅん…」
「ち、違います! 二人とも最推しです!! 順番とかないです!」
「…強いて言えば?」
「強いて言っても二人とも最推しです!!」
これだけは譲れない。仮に推しに泣かれようが二人ともが最推しだ。順番とかないし、そもそも付けたくない!
「どっちも最推し…変わらないね、あかりは」
「えっ??」
さっきの涙が嘘のようにいつもの無表情…いや、ちょっと機嫌良さげ…? な表情で言う永遠さん。というか、変わらないねって…?
「桜もコラボしたがってたけど、私があかりと二人っきりでコラボしてみたかったから遠慮してもらった。三人でのコラボは、また別の機会に」
「は、はい…」
返事をするオレに頷くと、永遠さんはスタッフさん達の所へ行ってしまった。
「さぁ準備をしようか。そうそう…四十万人おめでとう、宵あかりさん」
「あっ、は、はい…ありがとうございます」
オレも配信の準備をするためにスタッフさん達の所へ向かう。……えっ、これ結局永遠さんと二人っきりでこれから配信するってこと…?? え、やば…。
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