77『尊いのその先』
『――おはよ…朝だぞー朝…起きろー』
…推しが、真正面から私を
確かに初め、あかりちゃんがマイクを切り替えた時にその爆音で死にそうにはなったけど、もちろんそういう意味ではない。そう言った肉体的な意味ではなく、心…ううん、魂、とでも言うべき場所を、私は揺さぶられ、殺されかけたのだ。
『起きない…まぁ分かってたけど。お前、昔っからそうだし』
まぶたを閉じれば、あかりちゃんとの夢のような生活が鮮明に浮かび上がってくる。もしかすると私は、ずっとあかりちゃんと一緒に暮らしてきたのかもしれない。いや、間違いない。私はあかりちゃんと一緒に生活している。寝坊助な私を、あかりちゃんだって朝が強くないのに頑張って起こしてくれるんだ。
ああ…あかりちゃんがこういう自然な、ちょっと雑な感じの態度で私に接してくれるようになるまで長かったなぁ…それが今じゃ、お前、だなんて呼んでくるんだもん。それが嬉しくて、ちょっと意地悪したくなってしまった私は、もう起きてるのにわざと寝たふりをする。
『ふわぁああ…ん…お前の寝顔見てたらオレまで眠くなってきた……お、お邪魔しまーす…』
それにすっかり騙されたあかりちゃんが私のベッドに入ってきて、お互いの体温が感じられるくらい寄り添ってくる。あかりちゃんは暖かい。ついついギュッとしたくなる。でもそうしたらこの時間は終わってしまう。それがもどかしくて、でも楽しくて。
でも結局、我慢できなくなって、私はあかりちゃんを抱きしめてしまった。
『…い、いつから起きてたんだよ……オレが部屋に入ってきた時から? 始めからじゃん! …意地悪』
ごめんごめんって謝って、笑い合う。これが私達の朝。私とあかりちゃんの日常。本当の幸せは、こういうものだと私は思う。
『目、覚めたんならさっさと起きて着替えろよー? オレは出てくから…ってわっ!? もう、何すんだよ! …二人で二度寝? でも今日出掛けるって…いや、確かに今日早起きしちゃったから今ちょっと眠いけど…』
私の寝起きの姿を見て、少しだけ顔を赤らめて早口になるあかりちゃん。足早に部屋から出て行こうとするのを手を引っ張ってベッドに引き戻す。驚いて怒るあかりちゃんはとっても可愛い。そっと耳に唇を近づけて、私はあかりちゃんに「二度寝しちゃおっか?」と囁く。くすぐったそうにしながら、あかりちゃんは悩む。私を起こすためにわざわざ早起きしてくれたことが分かって、また抱きしめたくなってしまう。
その気持ちに素直に従いながら、もう一押しあかりちゃんを説得して、私達はベッドで二人並んで横になる。
『…もー、分かったよ…でもちょっとだけだぞ? ちょっとだけ寝たら、朝ごはん食べて、二人で遊びに行くんだからな。ふふっ、…うん、おやすみ…』
おやすみ、と私もあかりちゃんに言った。やっぱり無理をしてたみたいで、あかりちゃんはすぐ眠ってしまった。
少しの間その寝顔を眺めてから、もう一度おやすみ、と呟いて、私も目を閉じる。二人の幸せな休日は、まだ始まったばかりなのだから――。
(………あぁ…)
あかりちゃんのASMRを聴き終え、思う。フェスであかりちゃんの3Dライブを見た時でも、ここまでじゃなかった(数日寝込むくらいの衝撃はもちろんあったけど)。どうして今回はここまで刺さっているのか。たぶんその原因は、今彼女が披露してくれているASMRが私が教えたもので、私が考えた台本だから。
(そっか…私…私が推しの一部に…)
ツーっと、涙が頬を伝う。
私もようやく、あかりちゃんを構成する要素の一部になれたのだから。
流れていた涙も、震えも、いつの間にか消えていた。でもまだ、この感情を言葉にはできない。だから。
暁仄
¥50,000
【】
推しへの愛はお金じゃない。それでも、気持ちを伝える手段が、今はこれしか思い浮かばなかった。そんな自分が酷く浅ましく思えたけれど、今の私にはこれくらいしかできない。
(後で…後で必ず言葉にしてあかりちゃんに伝えよう…)
そう固く心に誓う。それはそれとして…
『…………じゃ、じゃなー!!!』
『お金は大切に!! しましょう!!!』
…完全に油断していたところに飛んで来たとんでもない爆音に、私は見事意識を刈り取られたのだった。
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