6 『誰しも人は心の何処かでTSに憧れている』

 …ヤバい。


 ヤバい!


 ヤバいヤバい!!


 かんっぜんにやらかした!?!


 昨日の配信から一夜が明け、ようやく目覚めた昼過ぎ。

 初回配信は万全を期すために本社で配信を行い、終わった後は神無月かんなづきさんとは別の専属のマネージャーさんに車で家まで送ってもらった。


 家に帰ってお風呂に入ってる間も「今日は楽しかったなー」としか思っていなかったし、寝る前も「今日は頑張った! 久しぶりによく眠れそう!」としか思っていなかった。


 …なーにが「楽しかったなー」だ! アホか!

 なーにが「今日は頑張った!」だ! このバカ!


 昨日の威勢はどこへやら。いきなり女になるなんて怪現象に遭遇しようとも怖いものは怖い。

 確かに昨日は楽しかった。途中からは緊張らしい緊張もなく、自然体で自由に話せていたという自覚はある。…だが、そのせいでついやりすぎてしまったのだ。

 何を言われるか、あるいは言われてるか怖くてさっきから支給されたスマホを見れてない。というか、ぴこんぴこんとずっと鬼のような通知の連打が来てて怖いから起きてすぐに電源を切った。


 まず間違いなく消えない爪跡を残したことだろう。

 ──主に悪い方向に。


(短いVtuber生活だった…)


 元より望んでVtuberになったわけではないけれど、それでもこんな形で終わってしまうなんて。

ごめんな、よいあかり。本当ならお前はきっとオンライブの三期生として輝かしい世界に足を踏み入れていただろうに…。


 そんなことを考えているとスマホからこれまで聞く機会なんてほとんどなかった着信音が鳴った。

 会社の方から支給されたスマホの電源は切って遠くに置いてあるし、もう一個のオレが元々持っているスマホについては番号を知っている人はそれこそ親くらいしかいないはず。


 いったい誰が…?


「あっ」


 どうしたものかとスマホを持ってわたわたと迷っていたら間違って画面スライドさせてしまい…電話に出てしまった。


『やぁ、ようやく出てくれたね』


 この声…神無月さんっ!?


『ん? 聞こえてるかい? おーい』


 なんでこの番号を知ってるんだ…?

 正直怖いが出てしまったからにはこのまま無視というわけにもいかない。


「は、はい。オ…いえ、わ、わたしです…」

『おお。よかったよかった。聞こえてたか。おはよう…というにはもう遅い時間かな。調子はどうだい?』

「えっと、別に悪くは…そ、それよりもどうしてこの番号を?」

『渡したスマホにいくら掛けても出なかったものだから。ちょっと書類を引っ張り出してそっちに書いてあった番号をね』


 なるほど。でもそうまでしてオレに掛けてきたってことは…。


『それで用件だけど…』


 オレの予想通りと言うべきか、神無月さんの声が少しだけ低くなった…気がした。


『は、はい…』


 覚悟を決めて…いや、正直決まってなんていないが返事をする。…うう、怖い。いっそこのまま電話をぶっちぎって…いや、けどそしたら後が…。

 電話先でゆっくり息を吸う音が聞こえる。そして次の瞬間、お怒りの言葉が…


『いやー昨日は本当にお疲れ様。登録者数やTwitterのフォロワー数なんかの数字を見ても分かるが、凄い反響だった』


 ──来なかった。


(怒って…ない? マジ? あれで? それどころか今反響が凄いって…)


『昨日の今日だからね。ゆっくり休んでくれ。けどTwitterは適度に更新しておくことをお勧めするよ。みんな君が何か言うのを待ってるからさ』

「は、はぁ…」

『あ、最後に一つ。前にも言っていた通り、今後は基本的に自宅から配信をすることになるからね。そのために必要な機材をそちらへ送っておいたよ。ちょっと重いかもしれないから気をつけて。必要なら人を向かわせようか?』

「いや、大丈夫です…」

『そう? 別に遠慮しなくてもいいのに。お休みの邪魔をしてすまなかったね、それじゃあまた…』

「あ、あの!」


 電話を切られる前にこれだけは聞いておかねば。


『ん、なんだい?』

「えっと、そ、その…怒ったりとかは…?」


 オレがそう言うと電話の向こうから「ふむ?」という不思議そうな声が聞こえた。


『特に怒ってないし、怒る理由もないよ。褒める理由ならあるけどね』

「は、い…」

『オンライブへようこそ、星宮ほしみやひかるさん。今後も期待しているよ』


 それじゃあまたね、と最後に言って神無月さんからの電話は切れた。


「よ…」


 よかったー!! マジで怒ってなかった!!


 この心の中に巣食っていたものがスッと消えていく感じ。電話の相手が神無月さんだったときは生きた心地がしなかったが、どうやら昨日の配信は好意的に受け止められたようだ。

 えがったえがった。…いや、待てよ。神無月さんが怒ってないだけでネットでは大炎上、なんてことはないか?


 昨日もそうだったけど、あの人は全然怒らないタイプの人だと思う。オレのやらかした(と思っていた)配信でも終始笑ってたし。

 …心の真の安寧のためにも確認せねばなるまい。


 遠くに放り投げていた会社のスマホを回収して電源を入れる。

 なにやらかなりの数のメッセが来ているがとりあえず後回しだ。まずはTwitterを…。


「な、なんだこれ…」


────────────────────────

 宵あかり☆オンライブ三期生

 @ON_Akari_Yoi

 オンライブ三期生、宵あかり(YoiAkari)です☆¦ママ(@___SORA_IRO___)¦


 ◎ 4月1日生まれ U youtube.com/channel/…

 □20xx年6月からTwitterを利用しています


 20フォロー中  1.2万フォロワー

────────────────────────


 ホーム画面に飛んで、まず驚いたのはフォロワー数。最後に見たときとは比べ物にならないほど増えている。


「こ、これが神無月さんが言ってた反響ってやつか…? そ、そうだ!」


 エゴサしてみればいいんだ。

 炎上してもとりあえず話題にはなるからフォロワー数自体は増えるはず。つまり、これだけで本当に炎上していないと断定するのはまだ早い。

 Twitterの検索欄におそるおそる「宵あかり」と入れる。候補には「宵あかり オンライブ」「宵あかり 俺っ娘」「宵あかり 初配信」「宵あかり TS」といった内容が並んでいた。

 とりあえず一安心。これで「宵あかり 炎上」とかダイレクトなやつがあったらこの時点でそっ閉じしていたかもしれない。


 そのまま「宵あかり」だけで検索すると…話題のツイートでとんでもなく伸びている切り抜きを見つけてしまった。

 オレの自己紹介からTSが如何に大変かをリスナーに語っているシーンだ。リプ欄では「一番手からこれは頭オンライブ」やら「これがオンライブなんだよなぁ…」といったリプライはあっても攻撃的なものは見当たらない。


 そのまま最新のツイートでも調べていくがほとんど否定的なツイートはなかった。…たまに性癖を疑いそうなヤバいツイートはあったけど。

 驚いたのはそれだけじゃない。


「これ、オレだよな?ファンアートがもうこんなに…」


 #宵あかり というタグでたくさんのファンアートが投稿されていた。それこそオレが以前から持っていた宵あかり名義じゃないアカウントでフォローしているような有名絵師の方々まで様々な人がオレのイラストを描いている。中にはR指定が付きそうなのまでもうあった。


 これはマジのマジで炎上していないのでは…?

 それどころかバズったのでは…?


 Twitterのホームに貼ってあるリンクから飛んでYouTubeにあるチャンネルの方も確認する。登録者数はなんと二万人を超え、三万人近くになっていた。配信前は千人にも届いていなかった覚えがあるので、たった一日で軽く三万人以上も以上も増えたことになる。


「あ、あはは…」


 何がなんだかよく分からない。これ夢じゃないよな?


 心の整理などそうそう付くはずもなく、オレは呆然と宵あかりのホーム画面を見つめ続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る