第55話 やはり怪しげな人は何かを知っている


 紙のように白い顔をした母さんは、それでもその『朝倉さん』とやらを家に案内した。


 僕と美羽みうは顔を見合わせて、その後をついていく。


 僕らに背を向けて前を行く『朝倉さん』は背中を丸めてひどく疲れているように見えた。『鬼丸』を両手で抱くようにかかえて、とぼとぼと母さんの後ろを追って行く。


 ただ——。


 古めかしいコートだと思ったが、デザインがレトロなだけで、コート自体の作りは新しい。コートの裾から見えるスーツのスラックスも痛んでいるわけではなく、どこか今の流行りと合わない色味をしているだけだ。


「若い人なのになんで白髪しらがなんだろ」


「美羽達も髪の毛の色違うよ」


 美羽は浅葱色の髪を一握りふりふりする。だけど彼の髪の毛は銀髪に染めたオシャレには見えない。


 むしろひどく憔悴した感じを受けた。





 客用の座敷に通されたその人は、小さくほうっとため息をついた。ようやく人心地がついた、という風情で、両手で抱えていた『鬼丸』を座布団の脇に置いた。


 僕と美羽は目立たぬように座敷の隅っこに座る。


 やがて、盆に冷たい麦茶を乗せて母さんが現れた。相変わらず母さんの顔色は冴えなくて、僕はこの男の素性を怪しんだ。


 ——いったいこの人はなんなのか。


 知らない親戚か?

 母さんの知り合い?

 それとも近所の人?


 そして、なぜ『鬼丸』を持っているのか。『鬼丸』は僕と美羽、美紅みくの前でしか喋らない。だから早く目の前の『鬼丸』を問いただすために、自分の部屋へ行きたかった。


 朝倉さんの前に麦茶と和菓子を出すと、彼はぺこりと頭を下げて今まで何も口にしていなかったみたいにがっついた。


 母さんは驚いて自分の分も差し出した。


 彼は恐縮しながらそれにも手を伸ばす。それから麦茶をぐびぐびと煽ると、大きなため息をついた。それから我に返ったのかまた頭を下げた。


「す、すみません。どこにも寄らずにここへ来たので、その……」


 朝倉さんの言い訳を聞いた母さんは驚いて、聞き返す。


「御自分のお家に連絡もせずにここに?」


「ええ。その……俺……自分だけ戻って来たので……それにこの近所に……だから、せめてこれだけでも返そうと思って」


 そう言って朝倉さんは『鬼丸』を手に取り、母さんに差し出す。


 着物の袖を使って受け取ると、母さんは懐かしそうに『鬼丸』を見つめて悲しげに呟いた。


「そう、帰ってこないのね、は」





 つづく

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