女の子が逞しい異世界に転移した俺はどう足掻いてもヒロイン扱いされる
加賀見 美怜
ぷろろーぐ
「なんでお兄ちゃんみたいに出来ないの?」
「お前は何なら出来るんだ」
そんなの、俺だって知りたい。
兄が入った進学校を半ば無理矢理受験されて落ちたとき、どう頑張っても無理なもんは無理なんだなあと悟った。
勉強だって運動だって努力はしたけど限界があって、対人関係だってこの瞳のせいで上手くいった試しがない。
隠すように前髪を伸ばして、結局は陰気だの何だのと文句を言われた。
親に対してだって分かり合おうといくら考えて自分なりの考えを話しても納得して貰った試しはない。
曇天を見上げると、ぽつぽつと雨が振り出してきた。
今日は台風で記録的豪雨になるからと学校が休みになってしまったが、家にいるのも嫌で出てきてしまった。
学校では授業中は少なくとも周りを気にしなくていいし、家にいるよりは幾分か楽だ。友達が居ないだけで。
家から持ってきたビニール傘を公園のベンチに座ったまま広げて、傘に当たる雨を見ていた。
「やっぱり、俺は必要ないのかな」
強くなった雨の音に俺の言葉は紛れて消えた。
言葉と一緒に俺も消えてしまえばいいのに。
俯くと足元に出来た水溜りにうっすら俺の影に映った。
陰気な黒髪の隙間から覗く赤い瞳は本当に気色が悪い。
小学生の頃は散々悪魔だと言われていじめられた。
母に訴えるときみが悪いのは本当だから仕方ないわと言われたことは今でも忘れられない。
しっかりしてないからいじめられるんだと父には叱られて散々だった。
医者には先天性の病気だが問題はないとは言われたが、問題だらけだったなとため息をつく。
どれくらい経っただろうか。
ぽたぽたと傘から滴る雫を見つめていると、すっと目の前を黒い影が通った。
見上げると長い黒髪を揺らしながら少女が通り過ぎたようだった。
真っ黒なセーラー服を身に纏った少女は雨の中を傘も差さずに歩いている。
ひたひたとゆっくりゆっくり幽霊のように歩く少女の後ろ姿にいつの間にか釘付けになっていた。
なんとなく立ち上がって、少女の後ろを離れて歩いた。
なんで傘を差してないんだろう?雨が降ってきたのに慌てもせずにゆっくり歩いてるのは何故?
好奇心なのか分からないが何故か気になって仕方がなかった。
ゆっくりゆっくり少女の後を追うとやがてごうごうと音が聞こえてきた。
この雨で川がかさ増しして、大きな音を立てていた。
少女はぴたりと橋の上で立ち止まると川を見つめている。
その時に初めて見た横顔はとても綺麗で、美少女と言って差し支えはないだろう。
川を見つめながら彼女は一体何を考えているんだろう?
俺も少し離れたところで立ち止まって川を見た。
暗く濁った川は見ていて楽しいものではない。
川から視線を少女に戻すと、
この子は飛び降りようとしてる…!
背筋がゾッとして気がつくと傘を放り出していた。
間に合え、間に合え…!!!
ない運動神経を振り絞って、走り出す、雨で足が滑るけど踏ん張って少女の手首を掴んだ。
「はあっ…ぐうっ…!!」
ぐっと右腕が下に引っ張られる。
宙ぶらりんになった少女はそっと俺を見上げたけど、離せと暴れるでもなく、じっと俺を見つめていた。
雨で手が滑りそうで持ち上げるどころかこうしているだけでギリギリだった。
欄干に掴まってなんとか踏ん張るけれど足が浮いている気がする。
「貴方も死ぬわよ」
少女は全く何の感情もない表情でそう言った。
その瞳は真っ黒で何も映していないようだった。
「っ、君は何で…、な、何かあったの?死ぬような何か…、っだめだよこんな…」
なんとか言葉を振り絞るもありきたりな言葉しか出てこなかった。
死ぬのはダメとか生きてればなんとかなるとか、さっきまで人生を悲観していたくせにと思いついた言葉に自虐する。
どうすればいいんだろう。
「何もないのよ」
少女が口を開いた。
冷たくて重い一言だった。
「私には何もないの。生きる理由さえも、ないのよ」
何もない。その言葉に、後ろから刺されたような苦しい気持ちになった。
俺とおんなじだ、俺にだって何もない。
「お、俺だってないよ!!ないけどっ…」
「お人好しね、貴方、いつか、損するわ」
言葉を遮られてぐっと唇を噛み締めた。
途中から左手も添えたけど持ち上げるどころか少しずつ彼女の手が滑り落ちていく。
するっと手が抜けて、そこからはスローモーションだった。
ゆっくり落ちて行く……。
「待って…!!!」
慌ててもっとともう一度手を伸ばすけど届く筈もなく、それどころか俺までバランスを崩してぐらりと川の方に向かって倒れていった。
ああ、これは…死ぬな……。
何故か少しだけ冷静にそう思っていた。
彼女の後を追うように川に向かって真っ逆さまに落ちて行く。
ごうごう、川の音が近づいてくる。
こんな中、川に落ちて死んだら痛いだろうか、寒いだろうか、苦しいだろうか。
ああ、でも、消えられるのかもしれない。
意識を手放すように、命を手放すように、俺はいつのまにか、そっと目を閉じていた。
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