休日の雨の日、無力に溺れる私は、添い寝屋を呼ぶ
つづり
第1話 雨の日に添い寝やさんに添い寝してもらってます
私の住んでいる街は梅雨以外でも、雨がそれなりに降る。
大きな山側のほうは特によく降り、海岸沿いになると減る傾向にある。私の住んでいる場所は山側に近く、雨音を聞きながら、自宅で仕事をすることも多かった。
私はごろりと横に転がる。ひんやりとした空気を感じていたが、今日は、雨のようだ。窓を雨が静かに叩いている。気圧がこれ以上になく低くならないことを祈りたくなる日だ。
私は起き上がり、焼いたトーストと果物と、紅茶を飲みながら朝食を取った。今日は休日で、一日のんびりできる、この広いお家で。
この家は私には広すぎるなぁと思いつつ、かといって居心地の良さはとても考えられているので、手放せない。
大きいキッチン、ダブルベッドのある部屋、仕事用の部屋だって、大きい机が備え付けられてて、ゆうゆうと仕事ができる。
「いらっしゃい」
家事をすませて、本を読んでいた。カフェオレを飲みながら、ぼんやりとしていたから、予定の時刻になるのはあっという間だった。
「こんにちは、今日もありがとうございます」
そう言って、私にぴょこんと挨拶するのは、添い寝屋の安西君だ。個人情報のやりとりはほとんどしていないが、私より年下でという設定で頼んでいるので、確実に若い。二十代前半に見える。
「いいえ……いつもありがとう、ここのところ雨が多いから、ちょっと呼びすぎてるかな」
「雨の日で、休日が多いですから、タイミングがあってしまってるんですよ、あ、ベッド整えてきますね」
安西くんはふんわりと笑った。彼を抱きしめるとふわっと暖かく柔らかい。羊を抱きしめたらこんな感じなんだろうかと思ってしまう。
雨の日か……私は窓の外を見た。小さな庭には白い花の咲いた木を植えていた。白い花は雨にうたれ、うなだれていた。
「李紅(りく)が前に好きって言ってたから、植えたかったんだ」
優しい声が聞こえた気がした。
「では、二時間半で、よろしくお願いします。またキッチンを借りますね。最後に提供するお茶を用意しますので」
テキパキとしつつも柔らかみのある声で、安西くんは私に案内をする。私は同意し、書面でも体調面に問題ないことを記載し、サインした。そしてベッドにはいる。
甘い香りがした、私の好きな香りだった。以前、寝付くまでの間に話した、好きな香りを覚えていたようだ。
少女がつけるようなバニラのような甘さではない、清涼感と品のある甘い匂い。
「覚えてたのね、好きってこと」
「はい……安らげるって聞いたので、用意してみました」
「前に聞いたけど、安西くん、売れっ子なんでしょ……なんとなく、理由がわかる気がした」
気の回し方が念入りなのだ。この子は。
添い寝とおしゃべり、リラックスさせるためのアレコレする、このサービスを受けて二年経つ。色々な人にサービスを受けたが、安西くんが私にとって一番相性が良かった。
「売れっ子ってまだまだですよ……同期の子のほうがすごくて、かないません」
苦笑する安西くんは私の背中に腕を回し、とんとんと叩いた。
「ゆっくり呼吸してください……僕に、腕を回して」
優しく囁かれ、私は目をつむる。彼の背中に回した腕に力を込めてしまう。祈るように、すがるように。私に必要なのは、私のそばで寝てくれる存在だった。
「李紅、ごめん、僕はやっぱり死んでしまうようだ」
私には数年前まで、家族がいた。こんなに立派な家を建ててくれた夫だった。夫は事故にあって亡くなったのだけど、死んだのは事故から二ヶ月後だった。事故の際頭を打った影響で、寝たり起きたり、痛みに苦しんでいた。
彼は数日ぶりに目が覚めたときに、私にこう言った。
「僕は君を支えられたんだろうか、君を大切にできたのだろうか」
私はその回答に答えられなかった。聞いた瞬間感情がこみ上げて、泣いてしまったのだ。正直、私はあなたに支えられてきたと言えたけど、事実だったけど。言ってしまったら、この人はホッとして、死んでしまうのではないかと怖かった。
彼は泣きじゃくる私の頭を撫でた。たくましくなった腕は細くなり、肌もぞっとするほど白かった。
彼は私を慰める。
「はやく、元気に、ならないとな……君が笑っていなきゃ、辛くて、たまらないよ……」
……私はあなたに愛されてきた、私も愛してきた。
だから最後くらいせめて、あなたを守りたかった。
独りで死出の旅に出るあなたの悲しみや不安を、怒りを、受け止めたかった。でもあなたは、あなたは……。
最後まで優しかった。
夫が事故をした日は、私は休日で、雨が降っていた。
自分の無力感を感じずにいられない、雨の日の休日は。
その憤りに近い悲しみを、ずっと抱えている。
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