第六章

第50話


「はぁ……疲れた……」


あの後、顔を赤らめながら混乱するクラリスを必死になだめて、なんとか店から離脱。そして「一体……いえ、でも……リリアさまも良いお年ですから……」とかなんとかブツブツ言うクラリスに「だから、ただの仕事仲間だって!」と何度も言いながら帰宅して、まだ何か言い足りない様子の彼女を部屋から「おやすみ!」と追い出して――今に至る。


服を着替えても、まだどこかに抱きしめられた時の感触が残っているようで、再び身体に熱が灯る。

あの時、グレンは一体どんな表情をしていたんだろう。

顔を上げて、見ればよかった。

……ううん、やっぱり見なくてよかったかも。


ぐるぐる考え込んでしまって、ベッドに入ってもなかなか寝付けない。

そうして眠れぬ夜を過ごして――


チュンチュン!


寝てた。

完全に寝てた。

朝までとかさすがに無理だった。


時計を見れば、いつも起きる時間よりもすこしだけ寝過ごした程度。支度を気持ち急ぎ目ですれば特に問題はないわね。


――と思ってクラリスを呼ぼうとしたら、なにやら廊下が騒がしい。

ドタドタと走る音が近づいてきたと思ったら、いつもより大きめで部屋の扉がノックされ、「リリアお嬢さま! 失礼いたします!」とクラリスの慌てた声が聞こえた。

私が「ど、どうぞ」と声をかけるのと同時に開かれた扉から飛び込んできたクラリスの表情は、いつもの彼女らしくない焦りが感じられる。


「一体どうしたの?」

「そ、それが……先ほど女王陛下の使者の方がお見えになりまして……」

「女王陛下!?」


女王陛下とは例の舞踏会で会ったきり。私も特に何かをした覚えはないし、使者を贈られる覚えはない。


「はい。リリアさまに、本日これより登城するように、とのことでして……」

「え!? これから!?」


いままでこんな事は一度もなかった。

でも、女王陛下からの命令は絶対。


「わかったわ。準備をしましょう。その前にすこしだけいい?」


今日の仕事は出来ないことになったから、グレンに伝えないと。

クラリスに伝達魔法をお願いしつつ、私からも念押しで魔導紙で連絡を入れよう。


“ごめんなさい、今日いろいろあって仕事に行けなくなったわ。グレンはお店に休業の札を出して、マスターの所で過ごしてね。一人でふらふらと行動しないこと!”


唯一の心残りは、グレンの傍にいられないこと。

少しでも危険を回避するためにグレンには店にいて貰わないと。

念のため、マスターにも伝達魔法をお願いしておこう。


“今日、店を急遽お休みにすることにしました。グレンにはマスターのところに行くように伝えましたが、もし来ないようでしたらクラリスの所に連絡をしてください。”


念には念を。

そしてクラリスに魔法を行使してもらった後、急いで湯浴みをし、クラリスが用意してくれたレースが美しいアイボリーのドレスを身にまとった。

どうやらここぞ、というときのために仕立ててくれていたらしい。

まるで楚々とした白百合(本当は野性味溢れる雑草だけど)のようで、なんだか面はゆいけれど、少なくとも女王陛下に対して礼を失した服装だとは思われないでしょう。


そして、なんとか準備を終えて満足げなクラリスと私は馬車に乗り込んで、王城へと向かった。


――それが、

長い一日の始まりだった。

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