第80話 神里カナン。−2

 可愛い妹、そんなイメージだった。

 すごく照れていたカナンは笑みを浮かべながら俺と目を合わせる。あの日、カナンといろんなことを話した。カナンの趣味とか、好きなものとか…そんなことを話しながらお互いのことを知っていく…。俺はカナンと仲良くしたかったから、こんな関係も悪くないと思っていた。


「抱き心地いい…。お兄ちゃん」


 俺に抱きついてるカナンの頭を撫でてあげた。


「そろそろ、寝ないとね…?」

「……」

「どうした?」

「自分の部屋じゃないと、眠れない…」

「あっ、そっか…。じゃあ、どうすれば…」

「お兄ちゃん」

「うん?」

「カナンと一緒に寝ようね…?」

「一緒に…?」

「ダメかな…?私、お兄ちゃんと仲良くなりたい…」


 当時の俺は茜と一緒に寝ていたからあんまり気にしていなかった。


 どうせ怖いとかそんな理由で言ってるから、あの夜は俺のベッドで寝ることにした。そう言えば、茜と一緒に寝た時もこうだったよな…。そばから寝ているけど、なぜかこっちを向いている二人の寝相にちょっと緊張してしまう。俺も来年は中学生になるから、こんなことも…そろそろやめた方がいいかもしれない。


「……」


 今まで全然気にしていなかったけど、そばにいる人が女の子ってことに自覚してしまう。おかしい…同じ人間なのに、俺はどうして女の子の寝相にどきっとするんだ…?いやらしいことは考えていないけど、緊張しているってことはやはり「女」と言う異性を気にしているってことだった。


 眠れない夜、そばにはすやすやと寝ているカナンがいる。


「……よく寝てるね。いいな…」

「眠れない…?お兄ちゃん」

「うわぁ…、びっくりした。寝てなかったのか…?」

「うん…。お兄ちゃんがそばにいるから安心するけどね…。でも、そばにいるのがお兄ちゃんだから私、ドキドキしてしまう…」

「……何を言ってる。バカ…、早く寝て」

「お兄ちゃんのこと抱きしめてもいい?」

「うん…」


 それからぎゅっと俺の体を抱きしめながら寝るカナン、俺は逆に寝られなかった。

 そんな1日が終わり。次の朝が来ると…なぜか昨日カナンに抱きしめられたままでびっくりした。目を開けた時にはカナンが俺の体に乗って、その髪の毛が俺の顔をくすぐっていた。


「重い…カナンちゃん…」

「えへ…、チョコレート…おいひい…」


 まだ寝てるのか…。


「カナンちゃん〜。朝だよ」

「ううん…。朝…?もう朝?」

「うん…。それより…、カナンちゃんパジャマはどうした…?な、なんで下着姿!」

「えっ…?そう…?多分、寝る時に服が邪魔になって脱いだかも…?」

「分かった。分かった!こっち見ないで…!いや、僕が目を閉じるから早くパジャマ着て!」

「見てもいいのに…、キャミソールだから…」

「はあ…、分かった。さ、先に出るから早くパジャマ着て」


 びっくりした…。女の子の肌を見たのは生まれてから初めてだった。

 茜と寝た時もそんなに無防備じゃなかったのに、カナンは恥ずかしくないのか…。お兄ちゃんだとしても一応俺も男だから気をつけてほしい…、別に下心はないけど…。それでもそんなに無防備なのはよくないと思っていた。


 あの時の俺はカナンのことを何一つ知らなかった…。


 朝早く帰るカナンとお母さんに挨拶をした後、ちょうど遊びに来た茜が家に入って声を上げる。


「来たよー!」

「茜ちゃんだ!」

「お兄ちゃん〜。遊びに来たよ!へへ」

「うん。今日は何がしたい?」

「私ね!先週のゲームがしたい!今日は絶対お兄ちゃんに負けないからね!」

「そう?やってみよう!入って行こう行こう!」


 その声をカナンが聞いていたとは思わなかった…。

 俺は知らなかった…。なぜ、カナンがそんな話をしていたのかを…、そして理解しようとした。欲しいものはなんなのか…、カナンは笑顔で話してくれたのに…。俺はずっと…、それをただの冗談だと思っていた。そんなことは起きてはいけないって、知っていたからだ…。


 そして本格的に引っ越しして来た日、俺たちは3人で遊んでいた。

 初めて会った二人は緊張して話もほとんどしていなかったから、俺は二人が仲良くなれるように頑張ってみた。そのためにわざわざ二人きりの時間を作ってあげたけど、あの時の俺が見たのは信じられないカナンの裏側だった…。


「どうして茜ちゃんはお兄ちゃんと呼ぶの…?それは私の特権なのに…、妹でもない茜ちゃんはどうしてお兄ちゃんって呼ぶ…?そんなのやめてほしい…」

「あの…お兄ちゃんがそう呼んでもいいって」

「いいわけないでしょう…?本当に…茜ちゃんは単純だから…」


 なんでそこまで言うんだ…?カナンはどうして茜にそんなことを…。


「……ごめん」


 別に謝らなくてもいいよ…。茜。


「私のお兄ちゃんだからね…?取らないで…、茜ちゃん」

「……ごめん」

「今日は楽しく遊ぼうね?」

「うん…」


 部屋の中で二人の話を聞いていた。

 でも、どうしてそんなことを言ってるのか本当に分からなかった。そこまで執着する必要があるのか…?あの日の茜はなぜか俺とカナンに謝ってから帰ってしまった。それから何かあったのか分からないけど、茜はもう遊びに来なかった。連絡もできないし、スマホなんて持っていなかったからな…。なんか…すぐ隣にいるのに、離れているような気がする。


 そしてあの時の俺は詳しいことまで知らなかった。

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