第52話 夜と憂鬱。
この4人が廊下で別れる前に、俺は上野の幸せそうな笑顔を見てしまった。
俺は茜と一緒で、加藤は上野を呼んだから…これってダブルデートってことだよな。まさかあの加藤とこんなことをする日が来るなんて…思いもしなかった。いつもこっそりデートして、後で「やっちゃった。アハハッ」みたいな感じだったから…。
また付き合うんだったら、先輩ではなく後輩の方がいいと思うけどな…。てか、加藤ならそっちもやばいんじゃない…?俺はもう一年以上加藤を見てきたけど…、どうしてあいつのことを思い出したらいつも「ベッド」と「女」だけなんだ…?
「水族館!楽しみ!」
「うん?水族館行きたかった?茜」
「うん!そして美穂ちゃんも行くから…なんかダブルデートみたい!」
「だよな…」
「でも、美穂ちゃんいいのかな…?加藤先輩はちょっとエロい人だから…」
「ふっ…、ケホッ」
夕飯を食べている時に聞こえる茜の一言、俺は飲んでいたみそ汁を静かに下ろす。
「……茜の中にいる加藤ってそんなイメージ?」
「うん…、だってこの前にいやらしいこと送ったじゃん…柊くんに」
「へえ…、俺を半裸にしてから一緒に寝る茜がよくもそんなことを言うんだ…」
「そ、それとこれと違う!私は…その…変態なんかじゃないからね…!」
あ、顔真っ赤になっちゃった…。可愛い…。
「あの…私はね!それだよ!うん…、うちに服がないから…!わざとじゃないよ!」
「へえ…、そうなんだ…。わざとじゃないんだ」
「い…、今!私のこと変態だと思ってたんでしょう!」
「えっ?全然…?そう言えば、初デートでは下着をプレゼントしてもらったよね?」
「……ち、違う…!それはプレゼントしたかっただけで…別にいやらしい意味はない…!ないよ…」
ちょっといたずらをしたかっただけなのに、茜がそんなに慌てるともっとやりたくなるじゃん…。箸をくわえたまま俯いてる茜に俺はそのあごを持ち上げて、じっと見つめてみた。すると、すぐ俺から目を逸らした彼女はどんな抵抗もせず、俺の反応を窺うようにちらっとこっちを見るだけだった。本当に、可愛いな…。
「何が言いたいの…?」
「別に?可愛いから、いたずらがしたくてね」
「柊くん…、嫌い」
「あ、嫌われた…」
「知らない…!バカ!」
あれ…、やりすぎたか…?茜を怒らせてしまった。
「ごめんね…。反応が可愛いからいたずらしただけだよ」
「知らない!」
「へえ…、怒ってる?」
「怒ってない!」
「その反応は誰が見ても怒ってる反応じゃん…。ごめん。こっち見て」
「さ、触らないで…。バカと話したくない!」
さて、顔も耳も赤くなってる茜をどうしたらいいんだ…。
話ではやっぱりダメだと思って、すぐ拗ねた彼女のそばに座る。最初は無視していたけど、さりげなく彼女のことを抱きしめたらすぐ拗ねた顔でこっちを見てくれるんだ…。茜ってすごくちっちゃいから抱き心地がいい、そしていい匂いもするし…やっぱりこんな時は何も話さず抱きしめるのが一番いい選択だよな。
「チッ…、ずるい…」
「何が?」
「抱きしめられたら怒らないじゃん…」
「やっぱり怒ってたよね?」
「うん…。だって…私、柊くんにはそんな目で見られたくないから…」
「どんな目?」
「いやらしい人って思ってたんでしょう…?」
「全然…?ただ反応が面白いから…茜をからかってみただけだよ。それより、俺も茜のことが好きだから半裸でもいいって言ったよね?俺たち、恋人でしょう?」
「……わ、私もあの…ちょっとくらいは…、そんなの好きかも…し、しれない…」
可愛い…、その一言を言っただけで顔が真っ赤になってる。
恥ずかしかったんだ…、茜。でも異性に興味を持つのは当然だし、むしろないって言う方が不自然かも。恋人同士でそれくらいはやってもいいと思う、茜にアレはまだ早いけど…、俺は茜が欲しいことなら全部やってあげたい。幸せにさせたくなる可愛い彼女、それが今俺の目の前にいる茜だった。
———嘘つき。幸せにさせるって言ったくせに…。
……もう消えたんじゃなかったのか、どうしてこんなタイミングに声をかけるんだ。ふと思い浮かんでしまう嫌な気持ち、一体どうすればこの気持ちが消えるんだ?俺にはもう好きな人ができたから消えてほしい、もう消えてほしいんだ…。俺は何も悪くないから…、消えろ…。お願いだから、消えてくれ…。
美香さんと一緒だった時にはほとんど聞こえなかった…。でも、最近増えたよな?
それがよく分からない。茜と出会ってから少しずつあの声が聞こえ始めた。そしてなぜか茜といる時によく聞こえるような気がして、ちょっと不安になってしまう。茜に分からないことを言えるわけないし、これは美香さんの時とは何が違う…?
この声は…、なんだろう。
「今日も一緒に寝る…?」
「一緒に…?」
「うん…。嫌?」
「嫌って言ってない…。あの…」
「どうした?」
「今日、寝る時に抱きしめてくれるよね…?私…、柊くんに抱きしめられたまま寝るのが好きなの…」
「もちろん、彼女がそう言うならやってあげるよ。そんなことが好きだったら早く言って、俺は構わないから」
「あっ、うん!好き…!じゃあ、私お風呂入ってくるから…!」
明るい笑顔で話す茜が、俺の頬にチューした。
「うん。体、綺麗にして…」
「うん!」
それがすごく嬉しかったけど、俺は先の声で素直に笑えなかった。
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