第7話 彼女と街デート
帰宅して綾乃さんに雪路と暮葉のことを伝えた。
「へえ~ユキ坊とクーちゃんがそんな育ち方をしてたなんてね。実際に会って話してみたいわ~」
「雪路は俺が連絡したら来てくれるだろうな。暮葉は……ちょっと分からないけど」
「クーちゃんとは疎遠になっちゃったのよね。昔はあんなに仲が良かったのに」
「五年も経てば関係も変わるさ」
べつに喧嘩して離れたわけでもないし、歩み寄ろうとすれば暮葉だって受け入れてくれるだろう。もう一度仲良くなれるかは俺の頑張りによる。
「じゃあ今度、二人を連れてきなさい。また四人で集まってお酒でも飲みながらパーっと騒ぐわよ!」
「いや俺たち未成年だし……」
酒はともかく、綾乃さんに頼まれたからには雪路と暮葉を連れてこないとな。
もう一度、四人で騒げたら……きっと楽しいだろうし。
明日は休日なので、次の登校日には幼馴染たちにアプローチしてみようと心に決めた。
そして休日、ソファに素足を組んで座っていた綾乃さんがノンアルコールの缶ビールを呷りつつ言った。
「暇ねぇ。何か楽しいことないかしら」
「どこかに遊びに行けばいいじゃないか」
「そうね、ちょっと街にでも出かけてみようかな。というわけで行くわよハルくん!」
「やっぱり俺も行かなきゃいけないのか」
「なによ、ハルくんは私とデートしたくないの?」
したいけど、二人で街を歩いてると色々と面倒な事態になりそうなのが怖いんだよな。一般人に注目されるんならまだしも、マスメディアの関係者に発見されると対処が難儀しそうだ。
「大丈夫だって、私が適当に躱すから。変装もするし、そうそうバレないわよ」
「本当かな……」
結局、綾乃さんに押されて街に出ることになった。
服装を整えて準備を済ませ、お互いヘルメットをかぶってマンションの前に停められたバイクに乗る。
親父の友人のバイクに乗せてもらった経験はあるが、彼女に乗せてもらうのは当然ながら初めてで、少し緊張するな。
「しっかり私の腰にしがみついてなさい」
「りょ、了解!」
「それじゃ、行くわよ!」
綾乃さんの腰に腕を回す。するとバイクが発進。風に吹かれながら見慣れた町を駆け抜ける。
街に到着し、バイクを駐車場に停めた俺たちは、人が大勢歩くメインストリートに辿り着いた。
「地方の街はあんまり変わらないわね~電気屋さんが増えたぐらいかしら?」
久しぶりに訪れた故郷の街を眺める綾乃さん。
ブラウン色のサングラスをかけた、抜群のスタイルを持つ美人。
あまりにも堂々と腰に手を当てて立っているせいで、溢れ出る芸能人オーラを隠せていない。
「なあ、あの人ってもしかして……」
「えっ、マジ? 天宮綾乃じゃね?」
通りすがりの若者が綾乃さんをチラチラと見てテンションを上げる。
「さっそくバレてるんだけど」
「有名人はつらいわ~変装も意味がないなんてね~」
「そもそもサングラスをかけただけで変装と言えるのだろうか」
綾乃さんは細かいことを気にしない主義だ。
ときおり通行者の注目を浴びつつも、特に隠れるわけでもなく街を歩く。俺は彼女の後ろをこそこそと付いていった。
アイス屋でソフトクリームを買って舐める綾乃さんはご満悦そうに頬を緩める。シンプルなチョコレート味のソフトクリームが好きなのは昔と変わらないみたいだ。
「彼氏とデートなんて初めてだけど、最高ね。帰ってきて良かったわ」
「綾乃さんに彼氏がいなかったのは意外だな」
「私って結構、身持ちが固いのよ? 男に告白されたことは無数にあるけど、全部断っていたわ」
「……それって、俺と付き合うために?」
「もちろん。まあ、男とは付き合ってないけどね」
意味深な台詞を言ってソフトクリームを舌ですくう綾乃さん。
男とは、って……そういう意味なんだろうな。
そういえば昔から俺だけじゃなくて暮葉も甘やかしてたし。
「次は何を食べようかしら。色んな店があって迷うわね」
「そんなに食べると太るぞ……って、なんだ?」
前方で立ち止まって俺たちを凝視する女性がいた。
まだ成人して間もないぐらいの若い女性で、その手の愛好家にウケそうな童顔が特徴的だ。綾乃さんを見て、まるで憧れのヒーローに出逢った子供のようにアーモンド型の瞳を輝かせている。
女性は何かを確認するように周囲を見回すと、素早く駆け寄ってきた。
「あ、あの! アイドルの天宮綾乃さんですよね!」
「あなたは……どこかで会ったっけ?」
綾乃さんは女性の顔に見覚えがあるのか、形の良い顎に指を添えて思案顔になる。綾乃さんだけではなく俺も目の前の小動物っぽい女性を見たことがあるような気がした。
「私、こういう者です!」
女性が差し出したのは名刺だ。
綾乃さんが受け取った名刺を覗き込んでみると『アイドル専門雑誌AIMES専属ライター 宮守七海』と記されていた。
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