ねぇ、おぼえてる?

福子

第1話…過去①

「ねぇ、おぼえてる?」


夕暮れの観覧車。

ゴンドラの中には、目を丸くした男と二人きり。

回り始めた観覧車の窓からは、遠く港の灯りも見えてロマンチック。

クリスマスも近いこの季節、世間はバブル期とかで無駄に派手な装飾や高価な物で溢れていた。


「えっと…あの、どなたですか?」


目の前の男が、恐る恐る聞いてくる。


「え?おぼえてないの?榊原さかきばらさん!」


「ど、どうしてぼくの名前を?」


「知ってますよ、だって、約束したじゃないですか!」


頭をブンブン振って、全く知らないというそぶり。


「えーっ!約束したのにっ」


「人違いじゃないですか?」


榊原さかきばら方人まさとですよね?」


「…はい、それは合ってますが」


うーーっ!

どうしてだろ?

私だけしか記憶が残ってないの?


「で、なんの約束ですか?」


「あっ!と、えーと…」


突然目の前に現れ、強制的に観覧車に乗せられ、記憶の有無を問われ。

そんな扱いをされれば、私の言うことなんて信じるわけないよなぁ。

でも、一か八か!


「結婚の約束です」


「は?」


「私はもう結婚してます、でも、榊原さんはまだ独身だから、この時期に私と出会えば私のことを略奪するって…」


「ごめんなさい、ぼくはそんなことを言った記憶はありません、完璧な人違いです」


即答。

そうなるよね。

はぁ…



『お疲れ様でした♪またのご利用をお待ちしてますーす』


観覧車が地上に戻った。

扉が開き、外に出る。


「ごめんなさい、忘れてください」


それだけ言うと、私は急いでその男から離れた。


「えっ、えっ、あの、ちょっと…」


背中から榊原さんの声が聞こえたけど、立ち止まってはいられない。

早く戻らないと…。


カックン!

あ、あいたたたたっ!

足首を捻って、思いきりこけた。

なんでこの時代のハイヒールってこんなに細くて高いのさっ!

肩パッド入りのスーツは動きにくいし、もうっ。


12月のアスファルトは、痛いくらいに冷たかった。


港の倉庫街まで、トボトボと歩く。

【BOXたられば】

たくさんあるコンテナの一つに、マジックで雑に書かれた表札のようなものがかけてある。


ポケットから鍵を取り出し、中へ入る。

3畳ほどのスペースの真ん中にポツンと置かれたロッキングチェア。


痛いなぁ…

足首をさすりながら腰掛ける。

それにしても、ひどいなぁ榊原さん。

おぼえてないんだもん。

もう、いいや、次!




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