クーベルタン市編Ⅱ 発見の章

1 旅の道連れ

「我々はまだこの先を巡回する任務があるから町までは送ってやれん。この村でお別れだが、ちょうど領都まで行くという商人がいたので話は付けておいた。その気があるなら同行するといい。身分はきっちり把握しておいたから、道中おかしな真似をすることもないだろう」

 そう言ってファビオ隊長は済まなそうな顔をした。いや、充分だよ。

 翌朝早く──といってもこの世界の住人がどうやって時間を計るのかよくわからず、訊いたら、何となく感覚で、と言われてしまった、軍隊のような規則正しい生活をすると自然に身に付くものなのだろうか──から、朧気な記憶を頼りに盗賊達のいた場所を案内して、そこで夥しい血の跡を見つけた。だが、死体はまったく残っていなかった。

 自分が見た時は仲違いをしているようだったと説明すると、恐らく死体は夜のうちに魔物に喰われたのだろうとファビオ隊長は推測した。血の量や近くにあった荷物から、連中が死んだことに疑いは無いようだ。

 それから近隣の村まで一緒に行くことになった。深い森の中ではさすがにかちだったが、森を抜け出た辺りで数名の兵士と共に馬や物資が控えていた。そこからは騎乗しての移動となり、馬に乗れない俺はドリスというズボンを貸してくれた女性兵士が同乗させてくれた。

 彼女はこの行程の間中、何やかんやと擦り寄ってくる男性兵士からもガードしてくれて助かったよ。

 どうやら美醜の感覚は、この世界も元いた場所と共通するようだ。

 そして村に辿り着くと、そこでひと晩休息をして、翌日領軍とは別れることになった。若い女を一人残すことが心苦しかったのか、ファビオ隊長が色々と手配してくれたみたいだ。

 その中にはこんなことまであった。

「もし領都に行くならこれを領軍の誰かに渡すといい。野盗退治の報奨金が出るはずだ」

 そう言って何やら書かれた証文のようなものが手渡される。さすがの精霊も文字までは翻訳してくれないようで内容は読めなかったが、どうやら野盗退治に協力したことが記されているらしい。

「お……私はただ案内しただけですが?」

「情報提供も立派な報奨金の対象だ。それに俺が功績有りと認めたんだ。誰にも文句は言わせんさ」

 ニッとファビオ隊長が男臭い笑顔を見せる。元の姿なら良い友人になれそうだ。

 ドリスは選別代わりだと言ってそのままズボンを譲ってくれた。彼女が無事に帰還できることを祈ろう。

 俺は世話になった領軍の出立を手を振って見送った。


 村は街道沿いにあるらしく、小規模だが、それなりに人の往来があるようだ。

 江戸時代の宿場町といった雰囲気だろうか。

 ファビオ隊長が紹介してくれた商人というのは、年の頃は二十代の中頃。如何にも気の弱そうなコンラードという若者で、自前の馬車に商品を積んで街から街へと売り歩くのを生業としているらしい。

 ちなみに乗合馬車もあるそうだが、十日に一度くらいしか訪れず、次に来るのは五日以上先との話だった。さすがにそこまで気長には待てない。

 年頃の娘(見た目上は)が若い男と二人きりで旅をするというのに些か抵抗はあったものの、ちょうど他に適当な旅行者がいなかったのと、そこはファビオ隊長が散々言い含めたらしく腫れ物に触るような扱いだったので、同行しても手出しはしてこないだろうと踏んで共に行くことに決めた。

 それにいざとなれば魔眼もある。

 街道は領軍の警備が行き届いているので、盗賊や魔物は滅多に出没しないそうだ。それでも大事を取って夜は街道沿いの村に宿を取る予定という。

 二人きりで野宿というわけじゃないなら、ますます安心だね。

 何となく、生殺し、という言葉が思い浮かんだが、道々の宿場にはちょっとした発散の場もありそうなので、彼にはそこで我慢して貰おう。

 それともう一つ。コンラードとの同行を選んだのはこの旅の間にしておきたかったことがあって、それには他の者がいない方が好都合だったからだ。

 そんなこんなで領軍を見送ると、直ちに俺達も出発したのだが、道中コンラードの視線がおかしいことに気付いた。

 最初は俺に見惚れているとばかり思って、早まったかな、と後悔し始めたが、どうやらそうではなくて、着ている制服が気になるようだ。

 試しにそれとなく水を向けたら、見たこともない斬新な形と精巧な加工だと感心されてしまった。王侯貴族の召し物でもこれほどの逸品は有り得ないという。

 やや大袈裟な感じはしたが、ふと思い付いてそれなら売っても良いと持ち掛けたら即座に喰い付いた。出所はファビオ隊長に言われたことを過大解釈してか、問題とされなかった。気は弱そうに見えてもさすがは商人。儲け話には敏いようだ。

 まあ、俺としても領都で報奨金を受け取るまでは手元不如意だったので、渡りに船なのは間違いない。

 何だか昔のブルセラみたいで気が引けたけど、邪な気持ちはないから勘弁して欲しい。

 コンラードよ、希望の品を手に入れて嬉しいのはわかるが、頼むから制服に頬ずりするのは止めてくれ。

 さすがに下着までは売らなかったよ。

 それで金貨五枚(と代わりの服)を受け取る。

 金貨五枚の価値がわからなかったので訊ねると、困った顔をされた。金額への不満とでも受け取られたのかも知れない。

 田舎育ちで本当に価値を知らないのだと伝えると、不思議そうに見られたが、それでも一応説明してくれた。

 それによると、自分の月平均の収入が大体金貨一枚から多い時で二枚くらい。つまり、三ヶ月分の収入に相当する金額を注ぎ込んだそうで、所持金のほぼ全額に近いとのこと。それで当座の仕入れや生活費は大丈夫なのかと訊ねたら、領都の知り合いに金を借りるつもりだという。

 彼としては大商いに打って出たようだ。

 もっとも、それ以上の金額で売れると見込んでのことだろうから、俺が心配するのは筋違いというものだろう。彼に商才があることを願うばかりだ。

 その他の物価としては最下層の木賃宿で一泊青銅貨五枚程度。ただし、ここは訳ありの者しか泊まらないような本当に劣悪な環境なので、絶対に利用しない方が良いと忠告された。

 普通、旅人が利用する宿なら素泊まりで銅貨二枚から三枚が相場だそうだ。銅貨一枚は青銅貨十枚に相当する。

 それから銅貨五枚で大銅貨一枚、大銅貨二枚が銀貨一枚になるそうだ。

 銀貨五枚で大銀貨一枚、大銀貨二枚が金貨一枚なのだという。

 感覚としては銀貨一枚が日本円で一万円くらいの感じだろうか。

 物の価値が同じとは限らないけど。

 ついでに試したかったことをコンラードに協力して貰う。

 まずは魔眼の性能だ。コンラード自身は魔眼を知らなかったので、一般的な知識ではないのかも知れない。

 思った通り、目を合わせた相手に自分が命じたことを無条件で従わせる能力で間違いないようだ。

 ただし、こちらに命じる意思がないと発動しない模様。不用意に口にしたことが実行されるわけじゃなくて良かったよ。

 動物など言葉が通じない相手には効かないみたいだ。馬にも命じてみたけど、森林魔狼と同様、何も起きなかった。

 効果が続くのは凡そ一時間。これはコンラードに一定のリズムで一から順に数を数えさせることで計った。コンラード、お疲れさま。

 なお、命じる際に、指示したことを忘れるよう付け加えることで本人に操られたと悟らせないことも可能と判明。これは大きな収穫だ。

 効果が切れれば再度かけ直すことはできるが、魔眼が効いている最中は新たな命令を下すのは不可。使用の際には気を付けなければならないだろう。

 それだけわかると、次は魔眼を使ってこの世界の情報をコンラードから訊き出す。

 他の者がいては邪魔になると考えたのはこのためだ。

 貨幣価値については先に聞いたので、それ以外について訊ねていく。

 時間は一日を十二等分して表しているようだ。つまり半刻で一時間。

 といっても一日の長さが元の世界での二十四時間とは限らないため、厳密に合っているかはわからない。感覚的にはさほど変わりなく感じるが。

 一ヶ月は三十日で、これは基本どの月も変わらないらしい。十日ごとに上月、中月、下月と呼ばれるそうだ。週や曜日の概念は無い。

〈それって決まった休日もないってことじゃ……〉

 何となくブラックな感じはするが、異世界には異世界なりの価値観があるのだろうと思い、目を瞑る。

 一年が十二ヶ月なのは地球と同じ。

 しかし、これだと日付にズレが生じそうだが、その辺りを訊ねてみると、十二月だけは増えたり減ったりするそうだ。

 要するに星の位置などで基準日を設け、十二月が何日であろうと、そこに至った時が新年の一月一日になるらしい。

 大らかと言うか、大雑把と言うか。

 今、自分達がいる場所はローレンシアと呼ばれる大陸の東部、ルタ王国のクーベルタン伯爵領というところだと言う。聞いてもよくわからなかった。

 今は四月の上月で、四季もあり春だと言うから、北半球なのかも知れない。地軸の傾きが地球と似ていればの話だけど。

 とりあえず現在は西に向かっており、二日ほどで領都クーベルタン市に着く。

 そこからさらに西へ西へと向かえば王都があり、そこからまた何日か掛けて西に進むと、いずれ他国と隣接する国境に到達する。

 ただし、彼はルタ王国内だけで商いをしているそうなので、他の国の地理については明るくなかった。

 まあ、いいさ。いずれわかることだろう。

 旅の愉しみはあとに取っておいた方が良いからね。

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