第4話




◆◆◆◆◆



「フルルゥ゛……オオォォオ゛オ゛ッッッ!!」


「P.P.PpPppppppppp!?」


 特大の咆哮をあげながら、僕は一匹の魔物に襲い掛かった。



 水中から海面を見上げていて見つけた。

 半透明の巨大な魔物が、一艇の小舟を追い掛けていたのを。


 ゼリーのような身体に、透けた体内。

 発光体が顔のように並び、よく見てみればあれが食べたと思われる魔物の死骸が胃に詰まっている。


 その中には、人間の骨も。



『【個体検査ルオーラ】!』




無名 21歳 ♀

 種族:溟海ベエルズポニカーテ

 体長:1670

 状態:健康

 生命力 95000

 魔力 12000

 筋力 2150

 防御 1896

 速度 2450

 魔術 45000

 技能:身体強化、水魔法系統合




 相手がいったいどのような魔物なのか。

 【個体検査】の魔法によって明らかになる。


 名前は『溟海ベエルズポニカーテ』。

 どこかで見たような姿をしていると思えば、自分がイノリだった頃に食べていたミジンコのような魔物の進化系らしい。


 魔物としては破格の強さをしているが、技能自体は少なく、水魔法のみにとどまっている。

 また、能力値自体もオラクルで戦ったあの聖獣もどきや、アルトが変身した聖獣マアトと比べれば大したことは無い。


 感覚が麻痺してきているだけとも言えなくは無いが。



「オロロゥ、デュアアァァ!」


「PPPPPP.p.Pp.p.oooo?!」


 水上へと勢いよく飛び上がり、こちらの存在に気付いて振り返った奴に重くのしかかる。


 両の爪に炎を纏わせながらの一撃はかなり効いたようで、べエルズポニカーテは奇妙な鳴き声をあげながら触腕を激しく振るわせた。


 自分が狩る側から突如として狩られる側になり、べエルズポニカーテは激しく抵抗するが、そもそもの筋力が違い過ぎる。


 僕はそのままべエルズポニカーテの身体を両側からぐいっと押し潰し、そしてその胴体めがけて炎と氷の力を混ぜ合わせたブレスを勢いよく放った。



―――パリパリ……ドウッ!!


 海水がブレスの熱により一気に蒸発し、同時に蒸発したものが凍りついてキラキラと光る細かな氷の粒となる。


 一瞬にして水中はダイアモンドダストのようなもやに包まれ、ほの暗い海の底へと胴体に巨大な穴をあけた溟海べエルズポニカーテは沈んでいく。


 戦いはあっという間に終わった。


 激しい魔法やブレスの応酬もなく。

 圧倒的なによって、来てはならない所まで来てしまった深海の頂点捕食者は死んだのだ。



『……二人は、大丈夫かな』


 しばらく沈んでいく溟海べエルズポニカーテを眺めていたが、小舟を走らせていた二人が気になって海面へと顔を出す。


 すると、意外なことに小舟はその場に留まっていて、エルフだと思われる女性が少女を抱き締めてこちらをじっと見つめていた。


 何をしているのかと此方も眺めていたが、ふと頭に声が響いた。


『龍神……様?』



 それは、エルフの彼女の声。

 話し掛けてきた事に驚き、目を見開けば、彼女もまたびくりとしつつも静かに頭を下げた。


 もしかしたら、僕はかなり重要な人を助けたのかもしれない。











「龍神様、此度は村の娘達を救って頂き、まことに有難う存じます」

『いえいえ。お二人が無事で済んで、何よりです』

「龍神様の暖かいお言葉、痛み入ります」


 僕の前でエルフのご老人が深々と頭を下げる。

 彼の隣では、おそらく僕と同族の海龍も同様に頭を下げていた。



『(なんか、緊張するな。これ)』


 あのエルフの姉妹を溟海べエルズポニカーテから救った僕は、彼女らに連れられて彼女達の村へとやってきていた。


 見上げるほど巨大な樹木が密集したマングローブと一体化した、海に浮かんだ大きな村だ。


 彼女たち、褐色の肌をしたエルフは『紅樹の民』と呼ばれており、央海の島々で暮らしているのだと言う。


 実際、彼女達に連れられて到着した村はどこもかしこも美人のエルフばかりで、しかもやけに布面積が少ないせいで目のやり場に困ったものだ。


 だが、それよりも注目したのは、この村のエルフ達が連れている魔物。魔物のペットというのは自分もそうだったこともあって知っているが、どうにもペットという感じでもない。


 どちらかと言うと、パートナー?だろうか。



 まあ、それはさておき。

 僕は二人の少女に連れられて村で最も大きな家にやってきた。


 家に自分のような大型のドラゴンが入れるのかと思えば、彼がドラゴンと生活している為にか普通に建物内に入ることが出来た。


 そこで、村長、いや、ここでは長老と言うらしいのだが、その老人から感謝の言葉を受けていたのだが。


「あれが龍神様……なんと神々しい御姿だ」

「ありがたや、ありがたや……」

「おお、神よ……遂に戻ってこられたのですね」


 どうにも、先程から周りのエルフ達の僕を、見る目が怖い。


 どういう事だか、彼等彼女等もまた僕の事を『龍神様』と呼び、中には僕を見て涙を流している者すらいる始末。


 中身はただの人間だと言うのに、龍神様だとなんだと崇められるのはこそばゆい。


『あの、長老殿、先程から僕を龍神様と呼んでいるのは……』

「おや、龍神様は知らなんだか。龍神様と言うのはですな、『ヒトの如き心を持ち、ヒトを護ってくださる心優しき龍』の事を我らはそう呼ぶのです」

『ヒトの、こころ』


 なんだか、説明もふわっとしている。

 その割には僕の事を本当に神様のように見ている人も居るようだし、いまいちしっくりと来ない。


「しかし、龍神様はなぜこのような海に? 龍神様がおられるのは、遠く深い海であると儂は聞いておりましたが……」

『それが、色々と事情がありまして……』


 僕はここの長老に、ここまで来た経緯をあらかた話した。


 遠い村の生まれであったが、流されてマギステアに来た事。

 マギステアで良い仲間と出会い、旅をしていた事。

 聖堂騎士団やイヴリースからの刺客と戦い、その結果この海に浮かぶ島々の1つに流れ着いた事。


 長老はその話を驚きつつも全て聞いてくれて、ふむふむと頷いた。


「なるほど、龍神様も大変苦労していたのですな」

『ええ。ですが、今度はフランクラッドまで急いで行かなければならなくて』

「フランクラッド、で、ございますか」


 ふと、それを聞いて彼はムッとした表情になる。


 難しい顔をして考え込み、顎に手をそえつつしばらく唸っていたが、ふとこちらを見上げて口を開いた。


「フランクラッドに行くのであれば、マギステアを通る道は避けなされ。たとえデュレシア大河であっても、危険でございます」

『それは、何故?』

「北の国、イヴリースがマギステア聖国に宣戦布告したのです」



 それを聞いた瞬間、全身に緊張が走った。


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