第7話
「来たぞ、迎え撃てーっ!」
「うおおおおっ!」
時間にしておよそ十数分ほどが経過した頃だったと思う。
何度も体当たりされていたドアはついに破れ、家の外から奇妙な姿をした獣がなだれ込んで来た。
姿かたちは狼に似ているが、その目は顔の中央に一つあるだけであり、額には一対の角まで生えている。ごわごわとした毛並みは不潔で、微塵も知性を感じさせないような見た目をしていた。
「とりゃっ、たあっ!」
「このっ! クソ魔物があ!」
廊下という限られたスペースでありながら、ランドの父親は器用に槍を突き出して魔物の群れをさばいていく。共に戦っているアンリの父親も、直剣を振り回してなんとか魔物の群れを押し止めていた。
しかし戦況は敗色濃厚。武器を持った大人の男二人とはいえ、戦闘のプロと言うわけでもない人間が10以上の魔物に襲われて勝てるかと言うと無理な話だ。
僕の前世で例えれば、刀を持たされた素人が大量の凶暴な大型犬の群れと戦わされているような状態。簡単に生き物を殺せるような武器を持っているならまだしも、使用するのにある程度の技術を必要とするものをただの素人が使いこなすのは不可能だった。
しかもこの世界には魔法という概念もある。
「うぐっ、こいつ口から炎を!」
「群れの上に魔法持ちかよ、くそっ!」
最初こそ様子を伺いつつ攻めてきたこともあったのか彼等二人でも拮抗していたが、簡単に倒せると判断したのか魔物の群れは口から炎を吐きながら迫ってくる。
『お、お兄ちゃん……』
『このままじゃ、ランドとアンリのお父さんが』
『ひっ、こっち、見た』
『まずい、こっちまで!』
きっとこのまま彼等を放置すれば二人共死んでしまう。そうすればランドとアンリの家を支える大黒柱二人は居なくなり、彼等二人の家は日々の生活に困るようになってしまうかもしれない。
この村の環境がどんなものなのか、魔物でしかない僕はまるで把握出来ていないが、人間関係というものは時折非常に面倒くさく厄介なものになる事をなんとなく覚えている。
ちゃんと働けなくなった家が周囲からどう見られ、どんな扱いを受けるようになるのか。嫌な想像は次から次へと浮かんでくる。
しかも、二人を襲っていた魔物のうちの一匹がこちらに気付いてしまった。僕と妹の入っている水槽をじっと見ている。
まさかとは思うが、たいした食いでになるわけでもない僕と妹まで襲って喰らおうと言うのか。
『また、命の危機……かよ』
『く、来る!』
そうこうしている内に、魔物の一匹がこちらへと向かって駆け出した。
一応、僕と妹はランドが可愛がっているペットの為、ランドの父親がそれを止めようとするが、流石に魔物の数が多くて動けていない。
魔物はあっと言う間に水槽まで到達すると、水槽のフチに手をかけた。
『まずい、ひっくり返される! 逃げるよ、お兄ちゃんに掴まって!』
『うん!』
ギャアギャアという耳障りな叫び声と共に水槽がひっくり返される。
僕らの住処だった置物や敷き詰められていた砂、植えられていた水草がめちゃくちゃに散乱し、たっぷりと満たされていた水は廊下じゅうに撒き散らされた。
水槽がひっくり返されると同時に飛び出した僕は、背中に妹をひっつけた状態で走り出す。
目指すは奴らも追ってこれない狭い隙間。
「ギャアッ! げアッ!」
『来るな、こいつっ!』
『ひいっ、ひいい』
『しっかり掴まってろよ! お兄ちゃんが必ず守るからな!』
これでも多少はスピードがあるのだ。
相手の魔物も速いが、こちらは身体も小さい分小回りがきく。
注意して攻撃を回避していけば、避けられないことはない。
撒き散らされた水を使ってスピードをつけ、叩きつけられる前脚を柔らかい身体をくねらせつつ回避していく。
「ギャウン! バウッバウッ!」
『やっと逃げ切ったか』
『お、お兄ちゃん』
時間にしてはほんの短い時間。だが、死と隣合わせのひとときは随分と長く感じられた。
必死に逃げて入り込んだのは、棚と棚の間に出来たわずかな隙間。怯えている妹を背に、今もなお口の先を突っ込んで唸っている魔物をじっと見据えた。
『【
無名 7歳 ♀
種族:モノハウンド
体長:98
状態:飢餓
生命力 140
魔力 30
筋力 96
防御 41
速度 88
魔術 15
技能:身体強化、火炎放射
流石に身体の大きさもかなり違う事もあり、僕らと比べて圧倒的に強い。
特に『生命力』『筋力』『速度』などのフィジカル面が高く、魔法もなしにまともにやりあえば速攻でやられていただろう。
弱点といえば、けして高いわけではない防御と、魔法の扱いに長けた種族ではないといったところだろうか。それでもフィジカルに優れた種族が中距離の火力を補う事の出来る魔法を持っているだけでかなりの脅威なのだが。
「くそっ、【
「い゛っっ!この、離しやがれ!」
外の様子はよくわからないが、僅かに氷の棘が何本も飛んでいっているのが見えた。一匹こちらに戦力が割かれたというのに、戦況は悪いままのようだ。
「バウ、ガアッ!」
『うわっ、あちっ!』
こちらも、モノハウンドが火炎放射を始めて、このままではジリ貧だ。今はまだ避けられているが、いずれて身体が乾燥して動けなくなり、死んでしまうことだろう。
『くそっ、どうする。このままじゃ、俺達も、ランドの家族も』
『お、にいちゃ……あつ、い』
『っ! イリス、イリス! しっかりしろ! ああくそ、このままじゃイリスまで!』
モノハウンドの火炎放射はじりじりとこちらの体力を削っていく。進化して僅かに身体が頑丈になっていた僕はともかく、イリスの体力は危険な領域に入りつつある。
『やらなきゃ、もう一度。戦わなきゃ』
相手はあの化け物魚よりも強大。
しかも正面切って戦わなければならない。
相手の弱点もわからないと言うのに。
『僕は、
いま一度、あの時のように僕に力を。
全身に魔力を張り巡らせ、口から炎を吐き出すモノハウンドに向けて駆け出した。
狭い棚の隙間を駆使して壁を駆け上がり、モノハウンドの頭よりも高い位置まで一気に登る。
『【
大きく口を開き、モノハウンドの大きな目玉に狙いを合わせた。
口内で魔力が水へと変化していき、渦をえがきながら圧縮されていく。そして、限界まで圧縮された瞬間、水は指向性を持って解放される。
「ギャウッッ!??」
鋭い水の奔流はモノハウンドの目玉をえぐり、明確なダメージを与えた。痛手を受けたモノハウンドは気味の悪い叫び声を上げながら頭を振り回し、棚の隙間から顔を抜いて廊下飛び出して転げ回る。
『よし、これなら!』
自分の攻撃が通じている。今なら勢いでランドの父親達の手助けもできるかも知れない。
だが、攻勢に出られたのは一瞬だけだった。
「ギャンッ! バーウッ!バウッ!」
「グルルゥ、ガウッ!」
「ギャウッッ!」
やられたモノハウンドが仲間に助けを求め、奴らの狙いがこちらに集中してしまったのだ。
一対一で狭いところでの戦闘ならまだやれた。しかし相手にも動く余裕のある場所で、多対1なんて不可能だ。
このまま戦い続けたりなんてしたら間違いなく自分は死ぬし、弱っている妹も狙われる。
なら今、自分はどうするべきだ?
『ランド君、今までありがとう。妹の事を、頼む』
棚の隙間から飛び出した僕は、ジャンプして壁面を跳ね回り、3匹ほどのモノハウンドを引き連れてリビングへと飛び込んだ。
襲い来るモノハウンドの噛みつきを紙一重で躱し、彼等の動きを妨害するように【水銃】を撃ち込んでいく。大きなダメージにはならないが、それでも相手が警戒するには充分な威力のそれは有効に働いた。
『はっ、とりゃっ! 【
洗面台の上に駆け上がり、僕を追って登ってこようとしたモノハウンドの足に、尻尾に氷を纏わせて作った刃をおみまいしてやる。
血飛沫が舞い散り、獣の鳴き声が家の中に木霊する。
だけど、僕の反撃もここまで。
次の一撃に、僕は反応出来なかった。
「ガルルゥア!」
『なっ、しまっ!』
視界の外から迫ってきていたモノハウンドの腕が、僕の身体を強く打ち付ける。メキメキと身体が軋む音が響き、モノハウンドの爪が皮膚を抉る。
『あ、がぁ』
意識が、薄れゆく。
吹っ飛ばされた僕は洗面台の流しへと吸い込まれていった。
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