第5話
僕たちの平和が破壊されたあの日から、数週間ほどが経過した。
今、僕と妹は水槽の中にいる。
僕らは今、『ヒト』に飼われていた。
「ごはんだよ〜、たべて〜」
少年のそんな声と共に、空から餌がふってくる。
内容は、乾燥した小エビや魚のチップなど。毎日代わり映えのない食事だが、イトミミズを食べていた頃よりは遥かに味も栄養もとれている。
「えへへ、食べてる食べてる。かわいいなあ」
餌にありつく僕と妹を眺めながらそんな事を言っている彼は、今の僕と妹の飼い主である。
あの日、魚から僕と妹の命を救ってくれた恩人でもある。
しばらく共に過ごしてわかった事だが、彼は僕らが住んでいた水田(外に揚げられたときに見た。少し雑な造りの水田だった)を所有している農家の息子であり、常々魔物のペットを欲しがっていたようだ。
だが、魔物は急激な成長、いわゆる『進化』する特性を持ち、飼うには向いていないものが多いために親からは禁止されていたようだ。
そこで僕らの種族『イノリ』は比較的進化が緩やかな傾向にありペットにしやすい魔物だと言う事で、親からの許しを貰ってイノリを捕まえに来たらしい。
彼からすればただペットが欲しかっただけというようだったが、命を救われた僕からすると結構感謝している。
彼がしっかりとペットの世話をする性格だった事もあり、怪我の療養も落ち着いた状態でゆっくりとできた。
おかげで、今こうして妹と二匹で天敵のいない環境で平和に生活出来ているし、食べ物にも困っていない。
水田に残されてしまった弟妹たちの事は心配だが、会いに行くことは不可能なので無事を祈ることしか出来ないが。出来ることなら他の生き残った弟妹達も彼に飼ってほしいところだが、これだけ恵まれた境遇にいてそれ以上を望むというのは贅沢と言うものだ。
『いつか、外に出られるようになった時の為にまた進化しておいたほうがいいかな』
『おにいちゃ、がんば、すぎ』
『そうかな。まあ、確かにこの生活も幸せだよ』
あと、僅かではあるが妹と意思の疎通が出来るようになった。実際に声を出すというよりもテレパシーのような感覚だが、妹も着々と言語を覚えていっている。
こうして言葉もなく意思を伝え合えるのにも理由があるようで、魔力とかいうものが原因らしい。
この少年とその家族との会話を聞いていたのだが、どうやらこの世界には魔力なるものが存在しているようだ。魔力はあらゆる生き物が持っており、一応僕らも微量ながら持っているらしい。
あの巻き貝が身体から電撃を放っていたのは、特有の器官が身体に存在していたのではなく、魔力を使用した魔法の力によるものだったようだ。
今は、それらの魔法の一つとして意思の疎通を行えていると言うことだ。残念ながらお互いに会話が出切ると認識している相手としか意思を伝え合うことが出来ないようだが、いずれこの少年のような『ヒト』とも会話できるようになると良いかもしれない。
『でも、少しは強くなっておきたいな』
『わたしも、つよ、なる?』
『ん? イリス、それはいいよ。何かあった時、お兄ちゃんがイリスを守ってあげたいだけだからな』
『……ありが、と。でも、わたし、も、がん、る』
妹はそう言っていつものようにこちらに寄り添って身を預け、くったりと目を瞑った。
危険にいち早く気が付いたり、野生にいたときは狩りを手伝ってくれたりとしっかりものの妹だが、こういう所は結構甘えん坊さんだ。
そういうところがまた可愛らしいのだが。僕にたった一匹残された、ほんとうに、大切な家族なのだ。
「ランド、ごはんよ〜」
「あ、ママ! 今行くね! じゃあね『セシル』『イリス』、またあしたね」
飼い主である少年、ランドの母の呼ぶ声がきこえる。
どうやら彼も夕食をとる時間のようだ。しばらく僕らを眺めていた彼だったが、返事をすると僕らに別れの挨拶をして水槽の前を離れていった。
僕と妹の名前は彼が名付けてくれた。
僕が『セシル』で、妹が『イリス』。
どうやらお伽噺に登場する英雄とお姫様の名前からとったらしいが、あいにくこの世界の事については知らないことが多すぎる為、元になった人物がどんな人だったのかは知らない。
ただまあ、英雄とお姫様と言っているところからもしかすると僕と妹のことを
いや、野生の両生類だと近親交配もそう珍しい事でも無いのだろうか。一応生物である以上、近親交配によるリスクは避けられないが、そう広くない範囲に住み続けている種であれば相当血も濃くなっていそうなものだ。
そうだとすると、まさか、自分と妹が将来的にそういう事になったりするのか? いやいや、そんなあり得ない。たとえ本能によってオスとメスを意識せざるを得なくなったとしても、僕らは兄妹なのだから。
『今は余計なこと考えずに、とにかく大きくならないとな。魔力の扱いもちゃんと覚えていかなきゃ』
眠る妹に寄り添いつつ、体内で魔力を動かす感覚を掴む練習をする。微弱ではあるが、確かに感じる今までに無かった気配。
胸の内側、何か熱いものが渦巻いているような感覚。これが、どんなものにも変化しうる力の源なのか。
あの巨大な魚と闘った時、僕はこの力を無意識に全身に伝達させて使っていた。一種の身体強化のようなものだと思われるのだが、これ自体の再現はそう難しくなかった。
そこから先、魔法を使うまでのステップがよくわかっていないのが現状だ。魔法について教えてくれる教師のような相手がいない事が結構なネックだが、あの巻き貝さんでも出来ていたのだから何か簡単に出来る方法はあるはずだ。
『やっぱり、身体構造をベースに考えるのがいいのかな』
巻き貝さんは貝殻から電撃を無差別な方向に発するという方法で魔法を使用していた。
身体構造をベースに、あえて魔法の指向性を失わせることで魔法自体の難易度を減らしていた可能性もある。
ならば、この『イノリ』の身体で出来そうな事といえばなんだろうか。
見た目はほぼイモリ。
これといった特徴といえば、短めの爪と長い尻尾。
あとは、口から何か吐き出すような形とか。
『発想しだいで、わりと色々できるかな……』
属性だとか、形を整えたりだとかは二の次だ。
まず最初に、身体を元に魔法の形を考えてみることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます