第二章~彷徨いの迷宮~

第1話

 オークとの死闘の翌日、俺はマイホームもとい自分のダンジョンへと帰還していた。

 王都からダンジョンまでは片道一日かかる道のりだが、治療院を出てからすぐ超特急で帰ってきたわけではない。丸一日、身体を休めて、高めの飯屋で美味い飯を食い、ついでにDPで生成した貴金属を売って王国小銀貨二十枚ほど――一ヶ月は問題なく暮らせる程度の金を手に入れてから来た。


 何故、短時間で戻ってくることができたのか。

 その秘密は『転移結晶』という、透き通った水色をしたひし型のクリスタルだった。


 1万DPで生成できるこの使い捨てアイテムは、使用するとダンジョン内の行ったことのある任意階層の入口に転移できる。

 階層数の多い広大なダンジョンでは、探索者が目的の階層に向かうだけで数週間かかってしまうこともあり得る。それを解決するための手段として、ダンジョンで稀に入手できるのが転移結晶だ。

 半透明の結晶を床に叩き付けることで、光った円内にいる最大十人が同時に転移できる。窮地に陥った際の緊急回避手段としても使われるらしい。

 ダンジョン深層を攻略するようなトップ探索者パーティは、必ずと言っていいほどこのアイテムをストックしており、E級、D級くらいでは手が出ないような価格で取引されている。

 それがDPで生成すれば1万と、決して安くはないが十分手が届く価格だ。


 原則として、転移結晶は入手したダンジョンに対して適用される。『彷徨いの迷宮』で手に入れた転移結晶を使えば、『彷徨いの迷宮』の任意階層に転移ができるということだ。


 それなら、俺がDPで生成した転移結晶はどうなるのか。


 ……その答えがこれだ。


 王都を出て少し歩き、周囲に誰もいないことを確認してから結晶を使用すると――次の瞬間、俺は森にある自分のダンジョンの入口に立っていた。ちゃんと使える保証はなかったため、無事に帰ってこれて正直ホッとした。


 さて、DPに変換するようなアイテムも持っていないのに、何故ダンジョンに帰ってきたのかというと、それは偏に俺自身の戦力を強化するためだ。


 ダンジョンに潜ってみて改めて実感した。

 あそこはソロで攻略するもんじゃない。パーティ単位で、しっかりと役割分担して臨むものだ。


 しかし、俺には絶対他人に明かせないダンジョンスキルがある。他のダンジョンマスターに勘づかれたくないというのもあるし、他人に周知されてしまった結果、ギルドに人類の敵認定されることだってあり得る。

 絶対に信頼できる人間でもいるなら別だが、基本的にパーティメンバーを集める気はなかった。


(メニュー)


 段々見慣れ始めてきたメニュー画面の、『モンスター召喚』の欄を参照する。上限は3万と考えて、それ以下のコストのモンスター一覧を昇順で表示する。


 俺が諸々の事情をクリアする方策として考えたのは、モンスターを召喚して仲間にすることだった。アイテム生成以外のダンジョンスキルは、ダンジョン外ではグレーアウトして使えなくなっていたため、わざわざ帰ってくる必要があったというわけだ。

 ちなみに、ギルドや他の探索者に聞かれたら、モンスターを手懐ける『モンスターテイム』のスキルを習得したと言い張るつもりだ。生成コスト5万DPの『隠蔽』でステータスを書き換えれば、まずバレることはないだろう。


「……ふむ」


 モンスター一覧に表示されたのは、計二十体のモンスター。上はゴブリンから、下は鬼人のオーガや、サーペントというヘビに似たモンスターまでいる。

 ……あまり威圧感のあるやつは避けたいな。むやみに目立ったり、ダンジョン内で他の探索者に攻撃されることも考えられる。それに、現状火力はある程度足りているので、どちらかというと補助要員の方が好ましい。


 そう考えながら一覧を眺めて、俺は一つの名前に目を止めた。


『ケットシー』


 見たことはないが、二本足で歩く猫のような見た目のモンスターらしい。Z氏の知識ではモンスターというより妖精的な存在だが、それを言ったらゴブリンだって妖精だろという話になってくるのでスルー。

 コストは2万。簡単な回復魔法と、デバフ効果のある衰弱魔法というものが使えるらしい。役割的にはぴったりだし、俺はこう見えてもわりと動物好きなので、思う存分毛並みを堪能したいという思いもあった。


 他にも色々と見てみたが、ケットシー以上に心惹かれるモンスターはいなかった。


 よし、と決心してモンスターを選択……したが、すぐには召喚されず、オプション画面が新たに表示された。


 なんだこりゃ?


 確認したが、どうやら追加でDPを払うことにより、初期能力を強化できるらしい。試しに目一杯の100%まで上げると、召喚コストが五割増しくらいになる。

 それと気になるのは、知性という個別項目があることだ。注視して詳細を調べてみると『モンスターの頭の良さ』という抽象的な言葉が表示された。しかもこの項目だけ異様にコストが高く、初期値30から上限の80まで上げることで追加で1万DPほどかかってしまう。


 これは……どうするのが正解だろうか。


 素直に考えるなら、強さはできるだけ上げた方がいいのだろうが、この知性という項目が非常に気になる。知性が低い状態で呼び出してしまうと、もしかすると命令を聞かなかったりするのか?

 まあマスターに対して反旗を翻したりはないにしても、誤って俺に魔法を放ったりすることも考えられる。


「…………」


 しばし迷ったが、結局知性を上限の80、初期能力の方も上限いっぱいまで上げた。コストは3万5000DPだ。

 想定よりオーバーしているが、許容範囲だと思おう。


 それじゃあ、改めて――


「いでよ、ケットシー!」


 こんなこと言う必要はないが、雰囲気作りのためにあえて言ってみた。

 ……初めてのモンスター召喚にテンションが上がってしまい、ぶっちゃけ少し恥ずかしい。


 然して、地面からそれっぽい魔法陣が現れて、その中心から小柄な猫が……猫……猫かこれ?


 四本足でモフモフしてるし尻尾もひげもあるが、なんというか、結構ぬいぐるみじみたファンシーなやつが出てきた。

 もっとリアル調なやつだと思ったんだが……。


 魔法陣が消えた後、ケットシーは俺の目線の高さまでふわりと浮かび上がり、そして――



「お初にお目にかかります。主さま」



 なっ!?


 しゃべったぞこいつ!?

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