第3話
2階層から先は、通路の幅もより広くなり、ゴブリンだけではなく他のモンスターも徘徊するようになる。
と言っても、大型のモンスターや状態異常持ちの厄介なやつはまだまだ登場しない。せいぜいが同じFランクのスライムくらいのものだ。ゴブリンと脅威度はさほど変わらないが、粘性生物のスライムは体の中心にある核を壊さないと倒せないという特徴がある。
駆け出し探索者の中でも、特に実力に自信のない者たちはこの階層で経験を積むことが多いらしい。耳を澄ますと、どこか遠くで戦っている他の探索者の戦闘音も聞こえてくる。
俺としては、他の探索者となるべく接触はしない方針だが、こちらがピンチに陥ったり、誰かが窮地に陥るところに出くわせば連携も必要になるかもしれない。……実のところ、ソロでしかダンジョンに潜ったことがないので、そういう王道な展開に少しだけ期待もしていた。
とにかく、油断せずに行こう。……ってこれも漫画かなんかのセリフだっけか? ふとした瞬間、何気なく浮かんだ言葉がZ氏の記憶に引っ掛かるのは困りものだ。
「……おっと」
「ギィ!」
2階層で最初に会敵したのは、またしてもゴブリンだった。
1階層で戦った丸腰のゴブリンたちとは違い、今度のゴブリンは錆びたぼろい剣を持っている。破傷風が心配になるやつだ。
「ギィー!」
しかし、同じゴブリンである以上、行動パターンはあまり変わらないらしい。
何の策もなく、剣を振りかぶって突進してくるゴブリン。対して俺は、振り下ろされた荒い剣筋にこちらの剣を合わせ、力任せに弾き返した。それだけでぼろい剣は半ばから折れ、動揺した様子のゴブリンの首を一刀で断ち切ると、例によって光の粒子となって消える。
俺の愛用しているこの剣は、ダンジョン産ではないがF級探索者には不釣り合いなほど質の良い物だ。
五年前、いや六年前か。リベンジマッチを挑んだゴブリンに剣を折られた後、武器屋の親父に頼み込んで、何とか後払いで購入させてもらったのだ。当時は「探索者として成り上がったらすぐ払ってやる」と息巻いてたが、まさかそれから三年もF級探索者をしながら支払い続ける羽目になるとは思わなかった。
ゴブリンが消えた後に魔石が残る。しかし、折れたぼろい剣も消えずにその場に残っていた。
これがゲームならゴブリンソルジャーとか、ゴブリンソードマンとかになるんだろうか?
モンスター召喚には、通常種のゴブリンしか表示されていなかったが、俺が試していないから知らないだけで、召喚する時に色々とオプションを選べるのかもしれない。
いや、剣は消えていないのだから、ゴブリンが他の探索者の持っていた剣を拾っただけの可能性もあり得る。
……ダメだな。また思考が脱線している。
手応えがないとはいえ、油断したらあっさり死んでしまうのがダンジョンという場所だ。エミリさんにも言われただろう。
両手で強く頬を叩くと、その音に引き寄せられたわけじゃないだろうが、俺にとって初遭遇となるモンスターが遠くから現れた。
ゴブリンと並んで、ファンタジーの定番モンスター、スライムだ。
どこかのゲームのように目や口などは付いておらず、全くもって可愛げはない。体表は薄い水色。体の中にある核も同じ色なので、近くで目を凝らせば分かるだろうが、この距離からじゃ流石に視認できない。
なお、核以外の部分を切ってもダメージはないので、対処法を知らない者は酸性の体液でじわじわと溶かし殺されることになる。
まあ俺が言うのも何だが、その程度の情報収集も怠るやつは探索者に向いてないだろうけどな。
スライムの動きは遅いので、こっちから走って迎えに行き、その勢いのまま核を狙って突き刺す。
そのまま消えるかと思いきや、スライムはプルリと体を震わせ、体表から触手を伸ばして攻撃してきた。
顔面に伸びてきたそれをギリギリで躱し、バックステップで後退した。
「チッ」
どうやら核は外してしまったようだ。
狙い違わず突き刺したつもりだったが、スライムの体自体が流動系だからか、核の位置も完全に固定されているわけじゃないらしい。剣の勢いでズレてしまったのだろう。
こういうのも実際に戦ってみないとわからないところだな。
今度は多少逸れても核に当たるよう、大振りの袈裟斬りをスライムに叩き込んだ。
スライムは核ごと真っ二つになり、ゴブリンと同じように光の粒子になって消えた。
ゴブリンに続いて、スライムも無事討伐できたな。
そして運良く、魔石の他にもぷよぷよした大きな玉――スライムボールがドロップした。表面はツルツルとしているが、強い衝撃を加えると割れて液体状になる。
このアイテムには美肌効果があって、貴婦人に人気の化粧品の材料になっているらしく、魔石やゴブリンの爪と比べるとギルドの買取値が高い。
果たして、DP変換するといくらになるのか。それがわかればギルドに売却するか、DP用に持っておくか判断できるんだが……。
その後、武器を持ったゴブリン三体。スライムを五体ほど倒して、スライムボールも追加で一つドロップした。
ダンジョン探索自体は順調そのものだが、一つ問題があった。それは鞄の容量だ。
俺の背負っている旅鞄は魔法の品でもなんでもなく、最大容量も見た目通り。魔石やゴブリンの爪はそうでもないが、スライムボールは少しばかり嵩張る。鞄に入るのはあと一個が限界だろうな。
……つくづく、自分の見通しの甘さが腹立たしい。
一般的に、アイテムを別空間に仕舞える『空間収納』やそれに近しいスキル持ちのメンバーのいないパーティは、ダンジョンに潜る際には荷物持ち要員――ポーターを雇うことが多い。食料品や夜営の準備など、専門で管理してくれる者が一人いるだけで、効率が段違いに上がるからだ。
俺も当然そのことは知っていたが、諸々の事情――主に金銭的な事情から、ポーターを雇うことはできなかった。
まあそれに加え、食料や飲み水はDPで賄おうとしていたこともあり、ソロの方が都合がいいと思っていたのだが……その弊害が早くも現れていた。
一度ギルドに戻ってアイテムを預かってもらうべきか? いや、せっかく手に入れたドロップアイテムを換金せず、わざわざ預けるというのも不自然だ。元々の予定では、怪しまれないようにアイテムはある程度ギルドに売却し、残りをダンジョンに持ち帰るつもりでいたのだ。
いっそのこと、この場でDPに変換できればいいのに。
そんなことを考えながら、手に持ったスライムボールを見て念じてみると――
「なっ……!?」
なんとモンスターが死亡した時と同様、光の粒子となって消えて、粒子はそのまま俺の身体に吸い込まれていった。
「やばっ」
できたという喜びよりも、できたしまった焦りの方が今は大きい。
慌てて周りを見渡すが、幸いにして、視認できる範囲に他の探索者は誰もいなかった。
……危なかった。あんなところが誰かに見つかれば、噂となって瞬く間に広まっていた可能性もある。
それが他のダンジョンマスターの耳に届き、俺がマスターだということが知られれば……。
「……いや、それ以前に」
この様子を『彷徨いの迷宮』のダンジョンマスター自身が見ていたら?
その時点で、俺は浅層で日銭を稼ぐ低級探索者から、ダンジョンのアイテムを身体に取り込んでいる要注意人物になるだろう。
俺は死角をなくすため、通路の行き止まり背にして、静かに腰を屈めた。
一分が経ち、五分、やがて十分以上が経過する。何かが現れるような気配は全くなく、俺はようやく安堵の息を吐いた。俺の与り知らない方法で監視されている可能性もあるが、そうだったらそうだったで諦めるしかない。危険と隣り合わせのダンジョン内では、無用な不安で精神を消耗させる方がマイナスになり得る。
俺はメニューと心の中で唱え、目の前にメニュー画面を表示させた。このメニュー画面が他人からは見えないことは、ダンジョンに入る前に街の子供相手に確認済みだ。同じダンジョンマスターにも見えないという保証はないが、そのリスクは一旦飲み込む。
今知りたいのは、DPの収支履歴の部分だ。
『スライムボールを吸収 20(40-20)DP獲得』
やはり、DPはしっかりと増えていた。
気になるのは『20(40-20)DP』という部分だ。おそらくだが、これは本来40DPになるはずだったが、ダンジョン外で吸収したから半分の20DPしか増えなかったという意味ではないだろうか?
あのダンジョンは、今では俺の半身も同然だ。全てをDPとして取り込むためには、ダンジョン内にいなくてはいけないということは十分あり得る。……というか、そもそもダンジョンに持って帰らないと取り込めないと思っていたわけだしな。
試しにスライムの魔石の方を吸収してみると『10(20-10)DP獲得』。ゴブリンの魔石は『5(10-5)DP獲得』と表示された。
スライム一体の『モンスター召喚』のコストは200DPで、ゴブリンは100DPだ。一旦ドロップアイテムは置いておくとして、スライムを例にあげれば、180DPがダンジョンに還元され、残りの20DPが魔石として残ったということになる。
さっきは90%還元と適当な数字を出したが、ドンピシャで正解だったのかもしれない。
周囲に細心の注意を払いながら、次はゴブリンのドロップアイテムである爪も取り込んでみた。
すると、『ゴブリンの爪を吸収 10(20-10)DP獲得』となった。ドロップアイテムは召喚コストの20%と考えて良さそうだ。レアゴブリンの爪が高かったのは、やはりレアだから特別だったということだろう。
しかし……思ったよりしょっぱいな。ゴブリンやスライムを数体倒して、ようやくおにぎりが一個買える程度だ。
これじゃ自分のダンジョンに持ち帰り、DPが2倍になったところで焼け石に水。本格的に、お宝探しの方に全力を注がなくてはいけないかもしれない。
メニュー画面を消し、改めてダンジョンの奥へと歩を進める。
この階層じゃダメだ。もっと深く、俺が挑めるギリギリの難易度を見極める必要がある。
焦りは禁物だと思いながらも、逸る気持ちを抑えることは難しかった。
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