第17話

「おや?あまりの嬉しさに倒れてしまったかな?」


 クスクス笑うカイエンに、ズイッと手が伸ばされた。


「……ほんっとにお前らって仕事が早いよなっ!!どうせ全部預かってんだろ?さっさと出しやがれっ!!」


 悔しそうな顔で見上げてきたラクトに、アディエルが扇を開いて口元を隠す。


「ひどいわ。少しでも早くなればいいと思ってしてさしあげましたのに……」


 悲しそうに目を伏せ、カイエンにもたれかかるアディエルを、ラクトは冷めた目で眺めていた。


「………アーディーイ?」


「いやだわ。冗談が通じない方になってしまわれて…」


 腹の底から響くような低い声に、アディエルはパチンと扇を閉じた。


「「っ!!」」


 フッと、突然物陰から黒づくめの男が姿を現し、近くのテーブルの上に書類と筆記具を取り出して再び姿を消した。


「やあ。相変わらずアディの所の影はで羨ましいよ…」


「うふふ。差し上げませんわよ♪」


 仲良く話し出す二人を他所に、ラクトはソファに腰を下ろして、必要な書類を確認すると、さっさとサインをしていった。


「…ファム侯爵様?侯爵様とご息女にも確認してサインをいただきませんといけませんの」


 アディエルの言葉に、ラクトの向かいにいたロゼッタが、ランディの手を取り席を離れた。


「……婚姻証明書?」


 空いた席に座るように指示されたユリアナは、腰を下ろすなり向かいのラクトから差し出された書類を確認し、首を傾げた。

 婚約を受けいれたばかりで、どうしてが既に入っている書類があるのだろうか。


「……カイエン殿下。我が娘の所業は、もしや事前にご存知でいらっしゃいましたか…?」


 自分への処遇を記された手紙を読みながら、侯爵はカイエンに視線を向けた。


「……私の婚約者殿は、この最近、巷では『断罪令嬢』などと呼ばれていてね。彼女自身は我が国ばかりか、他国の内情にも詳しいもんだから、些細な情報すら記憶していて、に対応出来るんだ…」


「ふふ。ダメですよ、ユリアナ様。闇ギルドにも善し悪しがあるのですわ。貴女の使われた所は、報酬の良い方をのです。ですので、貴女が使うように依頼した媚薬は、こちらが回収した上で、貴女にはお口が軽くなるお薬を飲んでいただきましたわ♪」


「…………」


 ユリアナはアディエルを見上げて、信じられないモノを見ているような気になった。

 隣国の自分の動きを調べ、こちらの手を容易く微笑んで覆した目の前の令嬢こそが、おとぎ話に出てくるではないのか、と。

 魔族はその美しさで人を惹きつけ、苦しめるのだと言う。

 そういえば、おとぎ話に出てくる魔族は、と書かれていた。


 そんなの勝てるわけが無い……。


 自分はロゼッタではなく、目の前の令嬢に負けたのだと。

 勝てぬ相手を敵に回してしまったことを思い知り、大人しく渡された婚姻証明書にサインをしたのだったーーーー。


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