少女の決意! 案内人をする条件は三つ――

 ――時刻は朝の八時。


 年の頃十代前半くらいの少女、ペトラが一人で俯きながら歩いていた。

 なぜ自分は、父を突き飛ばしてしまったんだろう。ボーっとそんなことを考えていた。


 この国では子どもは大人に反抗する権利はない。したがって子どもはいつだって大人の言いなりになるしかないし、ペトラもそれが普通だと思っていた。


 今まで父親に反抗した事などなかったし、これからもそのつもりだった。精神的に不安定になった父に対して困ったことがない訳ではない。しかしそれでも父親は父親だ、信頼していたし、これからも反抗せずに父親の言いつけには従うつもりだった。


 だとしても、言いようのない気持ちの悪さがペトラを襲ったのだ。父は大丈夫だと言っていたが、それでも胸が締め付けられて吐きそうな感覚がとめどなく襲ってきたのだ。


「これから、どうしよう……」


 帰る家がなくなった今のペトラにはお金が必要だった。どうにかしてお金を稼がなければいけない。でなければこれから住む場所も食べるものも調達できない。


 でもどうやって? この国では『大人の権利』を持たない者は仕事をする権利を持っていないのと同義である。

 この国で大人の権利を持たない者、すなわち『子ども』である者は、あまりにも無力だった。

 どうにかして『大人の権利』を手に入れなければならなくなった。


 大人の権利を発行してもらうには、いくつか方法がある。

 一、親の権利をもった国民が手続きをして、子どもに大人の権利を認める。

 二、何らかの理由で両親を失った子ども自身が仕事をこなして、周りの大人から認められることで権利を発行してもらう。


 ペトラは親に頼むことはできないだろう。母は病気で亡くなっているためそもそも不可能だ。父には頼むことはできない、というより今は会いたくない。

 大人の権利を手にすれば、ペトラは親元を離れることができる。それは父の手の届かないところに行くことを意味している、父がそれを許してくれるはずがない。

 そうなると、ペトラは仕事をして周りに認められることで大人の権利を手に入れることで、父との関係を断つしかなかった。


 ペトラは家出同然の状態である。もちろん家には帰れないし、協力してくれる大人もいない。子どもである為、まともな権利も持たない。


 困り果てていたペトラは気づけば町の中を流れている小さな川の端の上に立っていた。橋の反対側を見ると、二人の中年の男がタバコを吸いながら話をしていた。

 やることがなかったペトラは橋の上で話をしている二人の男の話を盗み聞きする。


「なぁ。さっきの鐘の音、聴いたか? 旅人が来たみたいだな」

「そうみたいだな。ま、どうせまたホテルに缶詰めにされるだろうよ。旅人には最低限の権利しか与えられないからな」


 そういえばさっき鐘の音を聞いた気がする。家を飛び出して走って逃げている最中だっただろうか。頭の中に様々な感情がグルグルと渦巻いて混乱していたから気に留めなかった。だが確かに頭の片隅に、旅人の入国を知らせる鐘の音が聞こえた記憶があった。


「旅人は“権利もないのに”やたらと自己主張してくる非常識な連中が多いからな。国外そとじゃあどうか知らないが、この権利主義の国に来た以上はこっちの法律ルールに従ってもらわないとな」


 男がやれやれと、ため息をついて言った。


 ペトラは男たちの話を聞き終わってからハッと気づいた。大人の権利を有せずに仕事をしてお金を稼ぐ方法が一つだけあった。


 ――旅人を利用すればいい。


 旅人はこの国に来ると必ず困ることになる、なぜなら『宿の外に出る権利』がないため、宿ホテルに閉じ込められた状態になるからだ。旅人は外に出たくて仕方がない状態だろう。


 しかし旅人は“国内の人間の付き添いがある場合”において外に出ることを許される。付き添いの人間が『国内を歩く権利』を持っているからだ。一種の見張り役のような役割だ。


 付き添い人は『子ども』でも許されている。子どもは権利が与えられないとはいえ、街の中を歩く権利ぐらいはある。でなければ学校に行ったり、買い物に行ったりもできなくなる。


 旅人に付き添うにしても理由がなければ付き添えない。そこで案内人という立場になるのだ。案内人は子どもでも許されている簡単な仕事の一つである。


 案内人をする条件は三つ。

 一つ、国内について詳しい知識がある。

 二つ、両者において合意が成立している。

 三つ、付き添い人は案内人をする権利を保有している。


 案内人をする権利は、子どもでも意外と簡単に手に入る。なぜなら、子どもの案内は正確には仕事に分類されておらず、ボランティアのような扱いなのだ。

 この国に住む人間なら、子どもが案内をするのは無償のボランティアであると知っている。子どもの案内では、せいぜい小さい町中を連れまわす程度だと思われているのだ。


 しかし旅人はどうだろうか? もちろん知っているはずがない、つい最近入国したばかりで、そこまでの情報は持ち合わせていないはずだ。


 旅人にとっては案内人は報酬を受け取る権利がある立派な仕事という認識のはずである。この国でも大人の案内人をする者はいるため、それは間違いではない。

 しかし、この国では大人の案内人は仕事だが、子どもの案内人は無償のボランティアである。旅人はそのことを知らないだろう、子どもでも大人と同じだと解釈するはずだ。


 そこでペトラは、国には無償のボランティアという形で報告し、旅人には報酬の発生する仕事であるとして話を進めればいいのだ。

 旅人は、この国の案内人の基本報酬を知らないと思うが、金額は他の国とさして変わらないだろう。

 旅人を騙すのは気が引けるが、今は一刻も早くお金を稼がなければいけない状態である。迷っている余裕などなかった。


「大丈夫……きっとうまくいく」


 噂の旅人が泊っているホテルはこの町で一番大きいホテルだから一目でわかるだろう。ペトラは急いで走っていった。



 ペトラはホテルに着いて、受付に「旅人さんの忘れ物を届けに来た」と嘘をついて部屋の番号を教えてもらった。受付の人は新人っぽい様子の慣れてなさそうな男性で、何の疑いもなしに教えてくれた。

 ペトラがホテルの部屋の前まで来ると怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら旅人とこのホテルの従業員が揉めているらしい声だった。


 内容は、ペトラの思った通り“ホテルの部屋から出られない”ということに腹を立てた旅人が抗議している様子だった。


 チョビ髭の太った男が部屋を退室すると、襟元を整えてからペトラが隠れて見ている方向と反対方向に通路を歩いて行った。ペトラは男が通路の角を曲がるのを確認してから旅人の部屋の前まで小走りでいく。


 ペトラは旅人の部屋の前に立って深呼吸する。そして拳を持ち上げた。


 ――コン、コン……。


 ペトラは旅人が宿泊している六五九号室の部屋をノックした。返事がなかったため、失礼しますと一言かけてからドアを開けた。鍵は閉まっていなかった。


 ギィィィと開くと、部屋の中に金髪の男と栗色の髪の女が、ペトラを見て睨んできた。一瞬怯みそうになったが、すぐに気持ちを切り替える。その二人の後ろに緑色の髪をした男が苦笑いをしながらこちらを見ている。


 ペトラは三人の旅人を確認してから息を吸って、凛とした表情で真っ直ぐ旅人たちの目を見ながら言った。


「旅人さん、案内人と一緒なら外に出ることができますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る