やめて、お父さん!? ――私は咄嗟に、父を……。

 ――少女はイスに座って窓の外を眺めながら……涙を流していた。


 母が死んだ、まだ四九歳だった。

 母は病気で寝たきりの状態で謎の奇病によって突然体が衰弱していったのだ。健康だった母の体は、みるみる筋肉が衰えて自分で立ち上がることもできないほど痩せ細っていった。

 母は「大丈夫大丈夫!」といって元気そうに振舞っていたが内心不安だったに違いない。


 そして昨日、母はあっけなく死んだ……。


 少女は母のことを考えていると、また目尻から涙がこぼれた。――すると、背後から男が声をかけてきた。


「ペトラ、おはよう」

「――っ!? ……おはようございます、お父さん」


 ペトラは声に反応すると、咄嗟とっさに袖で目をこすると振り返って挨拶を返した。 ペトラに声をかけたのは父だった。


「それじゃあ、今日も服を脱がせてくれないか? 私にはその権利がある、そうだね? ペトラ」

「……はい、お父さん」


 いつからだろうか、父からそういった行為を求められるようになったのは……。ペトラは拒絶しなかった。いや、拒絶する権利など最初からなかった。


 ペトラは父の上着のボタンを外して脱がせた。そして、腰のベルトを外してゆっくりと下におろす。父の下着が露わになり、ペトラは顔を背ける。


 薄っすらとだが、父の陰部が勃起していた。


 ペトラはそれをなるべく見ないようにしながら、ズボンを履かせようとした。するとクラウンはペトラに注意するように言う。


「こらこらペトラ、まだ下着を交換できていないだろ」

「え……」


 ペトラは困惑して父の下着を見る。さきほどよりも少し大きくなっているのが分かった。ペトラは立ち上がって、父の新しい下着を持ってきて再び膝をついて座る。そして目をつぶって一気に父の下着を脱がそうとする。一瞬引っかかるような感覚を手に覚えて不快感を感じた。


 引っかかった物体を外そうとして一瞬だが触れてしまい、さらに嫌な気持ちになる。脱がせ終わると、独特の臭いが鼻を突いた。ペトラは少しだけ吐きそうになる。

 ペトラは目をつぶったまま新しい下着を広げて父に履かせようとした。


 ――その時だった。


 目をつぶっていたペトラは突然強い力で床に押さえつけられた。何が起こったのか分からずペトラは目を見開く。するとその瞳に映っていたのは、先ほどまで着替えを要求してきた父親の姿だった。


 父は両目を血走らせ、ペトラの両手の手首を押さえつけていた。息が荒く、フーフーと吐息がペトラの顔に吹きかかる。


 一瞬何が起こったのか分からなかった。なぜ自分は押し倒されているのだろう? なぜ目の前の父は私を見て興奮しているのだろう? なぜ、こんなことになってしまったのだろう。


「ペトラ……大人しく、しなさい。大丈夫、お父さんは、こういうことは、慣れて、いるから」


 慣れている? 意味が分からない。そう思っていると、父はゆっくりと顔を近づけてペトラの首筋を舐めてきた。その瞬間ペトラは背筋が凍った。混乱していた頭は徐々に冷めてきて冷静さを取り戻して、ペトラは確信した。


 ――私、お父さんにレイプされてる。


 信じたくなかった、ついにここまで来てしまった。今までその兆候がなかったわけではない。ペトラは、ふと今までの事を思い出した。


 ペトラが部屋にいると父がよく顔を見せてきていた。学校の方はどうだとか、勉強は順調かとか、何か欲しいものはないか等、色々話しかけてくるようになった。


 何かとベタベタしてくるようになり、「ペトラ、疲れているだろう? お父さんがマッサージしてあげよう」と言って体に触ってくることも増えていた。


 さらに、ペトラがお風呂に入る為に脱衣所で服を脱いでいると父が勝手に入ってきたこともある。実際は何もされなかったが、上から下まで視線が移動しているのが分かった。恥ずかしいから出て行って欲しいと頼むと父はその時は素直に出て行ってくれた。


 ペトラはその辺りから、徐々に父親に対して不信感を抱いていた。


 この国では権利を持っている者に決定権があるというのが常識である。代表的な権利として、一八歳になって成人した者や保護者から大人と認められた者が得られる『大人の権利』がある。

 大人の権利を持っている者は『オトナ』として周囲から認められ、それ相応の待遇を得られるのだ。


 この国で「子ども」と認識されている者は大人の権利がない者という認識が常識である。


 つまり、ペトラは父の命令に逆らえない立場にある。この国では、権利の無いものが権利を持つ者に反抗するのは罪に問われる。それがこの国のルールなのだ。


 ペトラは最初こそ抵抗したものの、父の言葉で全身から力を抜いた。


「お前は自分の立場が分かっていないのか?」

「――ッ!?」


 ペトラは一瞬ビクついてすぐに大人しくなる。


 父はペトラの上着のボタンをゆっくりと外していく。時々太ももに固い棒のような物がツンツン当たるが分かった。ペトラは、その感触に下唇を噛んで耐えている。


 上を脱がされて上半身が露わになる。そして父は、ペトラの胸についている淡いピンク色の小さな突起を見て言う。


「お母さんに似て、とてもキレイだよ……ペトラ」


 そう言うと、父はペトラの乳房を口で咥えて舐めだした。


 ――ペトラの頬を、涙が伝った。


 父が変わってしまったのは、母が病気になってからだった。その頃から自分の親としての権利を主張するようになった。父は精神的に不安定になっていたのかもしれない。


 ペトラは耐えた。いつかきっと優しい父に戻ってくれると信じて、耐えて、耐えて、待ち続けた。


 ――その結果が、コレなのか?


 しばらくすると父の口がペトラから離れて行く。粘っこい唾液が糸を引いている。


 そして、父の目がペトラの下半身に向きだした。そして下着に手をかけてくる。ペトラは咄嗟に手で押さえて叫んだ。


「ダメ! お父さん、それはダメだよ!」

「――父親に……逆らうのか?」


 父の目が鋭くなり、ペトラを睨んでくる。このままでは越えてはいけない線を越えてしまう。ペトラは葛藤し、そして決断した。


 バン!


 気づいたらペトラは、父を押しのけていた。火事場の馬鹿力というヤツだろうか、信じられないほどの力で、ペトラは父親を投げ飛ばす。すると父は壁に激突してうなだれた。


 ペトラはよろよろと立ち上がって父の様子を確認する。父は後頭部から血を流して壁に寄りかかっていた。それと見たペトラは言葉を失う。


 頭から血を流している父がペトラに手を伸ばして言う。


「ペト、ラ……」

「ひっ!?」


 ペトラはその声に恐怖感を覚え、ドアを蹴破るようにして家を飛び出していた。走りながらペトラの頭の中には同じ言葉がループしていた。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……」


 ペトラは、息を、切らしながら、何処へ、行くのかも、考えず、ただただ、走って、逃げ出していた。


 ――なぜ、こんな目に遭わなければいけないのだろうか?


「私が『子ども』だから……?」


 ペトラは、口の中で小さくつぶやく。


 ――ゴーン……ゴーン……。


 その時、この国に旅人が訪れる鐘の音が鳴り響いた。

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