この~木、なんの木、気になる木~♪

「一体どこで、見失ったっスか?」


 フィオがエイミーに言った。

 現在地の自然公園は非常に広い公園で、周りには植物がたくさんある。週末には家族連れやジョギングをする人など、憩いの場としても親しまれているようだ。

 ミドはエイミーから犯人捜しの依頼を受けて了承したのだが、そのためには裏の社会に詳しい情報屋の助けが必要だった。情報収集なら後でキールに頼んでも良いのだが、ミドたちの滞在期間は三日のため時間がない。それに現在キールは単独で調査中で、ここにはいないので頼めない。

 戻って酒場の店主に聞きに行っても良いのだが、裏の情報屋となると危険と隣り合わせの存在であり、ただでは教えてもらえないのは明白だ。

 情報屋の居場所を聞くだけでも、かなりの金額を要求されると予想できる。日々の生活でギリギリのエイミーが大金を払えるわけないし、ミドたちも貧乏旅芸人のため、悲しいかな、お金にものを言わせることができないのだ。

 なるべく出費は避けたいとフィオに懇願され、三人で話し合った結果、エイミーが見失った衛兵を探して再度尾行をすればいいじゃん、という結論に至った。それならお金もかからず賢いというものだ。

 ミドが、なぜ出費を避けたいのかとフィオに聞くと、フィオはモゴモゴして目を泳がせていた。どうやらフィオは、キールに無駄遣いしたことがバレたら後が怖いと考えたらしい。

 エイミーが言った。


「見失ったのは、この自然公園に入った時くらいです」

「そっか……この公園の出入り口って、いくつあるの?」


 ミドがエイミーに聞いた。するとエイミーが言う。


「二つです。今いる場所が東口で、もう一つが西口」

「二つか~。なら衛兵さんは、もう一つの西口に行ったのかな? あるいは、まだこの公園に――」


 ミドが最後まで言いかけた時、後ろから誰かが枝を踏みつける音が聞こえる。


「オレたちに何か用か? 吸血鬼……!」


 低い男の声が背後から聞こえた。

 ミドたち三人が振り返ると、そこには腰の件に手をかけている衛兵の二人が立っていた。一瞬で相手が殺気立っているのが分かる。

 ミドはキョトンとした表情で衛兵たちを見る。フィオとエイミーがあわあわしながら困ってミドの服の袖を掴んでいた。すると衛兵の一人が言った。


「隠れて尾行なんかしやがって……吸血鬼の方から来てくれるとは好都合だ! 返り討ちにしてやる!!」


 衛兵たち二人は帯刀している刀剣を抜いてエイミーに向けた。


「ちょ!? いきなりっスか!?」

「あらら~、こりゃ参ったね~」


 フィオとミドが困り顔で言う。するとエイミーも言った。


「待ってください! 話を聞いて!」


 エイミーの言葉は衛兵たちに届かず、聞く耳を持っていないようだった。すると、ミドがエイミーの手を引いて言った。


「逃げるよ〜」

「逃げるが勝ちっス!」


 ミド、フィオと一緒にエイミーも走り出した。


「待ちやがれ!」


 三人を追いかけて衛兵たちも走りだす。するとエイミーが言った。


「待って、話せばきっと――」

「あの二人、いま頭に血が上ってるっスから説得は無理っスよ!」


 ミドとフィオ、エイミーの三人は走った。

 周りは鮮やかな緑色の草や木に囲まれた空間、自然豊かな場所である。舗装された人の通り道もあるが、それは選ばなかった。そういう道は到達地点が読まれやすいし、先回りされる可能性もある。

 この自然公園の出入り口は二つしかない。衛兵の二人が二手に分かれて出入口で待ち伏せされる可能性もある。そのため、舗装されてない自然の草が広がる方向に三人は走って身を隠す必要があった。もちろん走りやすくはない、だがそれも仕方のないことだ。

 後ろからは殺気立った二人の男たちがの走ってくる足音が聞こえる。同時にカチャカチャと金属の音も聞こえる。

 ミドとフィオ、エイミーの三人はとにかく走り続けた。


 どれほど走っただろうか。

 ミドは跳ねるように軽々と走って息を切らさず、ニコニコと笑顔で相変わらず飄々としている。だが、エイミーとフィオの表情には疲れが見え始めて息も切れてきた様子だ。顔中に汗をかき、息が荒い。

 二手に分かれることも考えたが、仮に分かれても追っ手も二人いるのだから意味がない。三人がバラバラに分かれても、追っ手の衛兵たちは元気なミドよりも、限界が近いフィオやエイミーを狙うだろう。そうなればミドは助けに戻るしかない。結論として、三人で逃走するしかなかった。

 フィオが息を切らしながら言った。


「はぁ……もう……無理っスぅぅ……」

「フィオ、もう限界?」

「ミド、くんは……なんでまだ、笑って、られる、っスか……」


 ミドは、エイミーを見ると、フィオと同様に限界が近い様子で言った。


「逃げて、ください」

「……何言ってるの?」


 ミドが驚いて言った。するとエイミーがもう一度言う。


「私を置いて、二人で、逃げて、ください」

「………………」

「このままじゃ、三人とも、捕まっちゃう……ハァ……狙いは、私、吸血鬼なんですから……私のせいで、お二人に、迷惑をかける、わけには……」

「なるほど、エイミーを囮にしてボクらだけで逃げるってわけね……」


 ミドが一切笑わずに言う。


「そんなの、ダメっスよ!」


 フィオがエイミーに言った。

 周りには緑の大樹と草や花しかない。木の影に隠れても、すぐに見つかってしまうだろう。フィオとエイミーは限界だ、もう走れそうにない。遠くから荒々しい男の足音が近づいてくるのが分かる。三人は完全に逃げ場を失った。

 するとミドが冷静に言う。


「……しょうがない。フィオ、アレを使うよ」

「――!? ミドくん、アレって……アレっスか!?」

「うん。あんまり多用はしたくないんだけど」

「もう! ミドくんが、始めっから、『アレ』やって、くれれば、すぐ、逃げられた、っスよ……」

「結構と体力使うんだよ、これ」


 エイミーは、ミドとフィオの二人だけが理解している様子の会話を聞きながら、頭が追い付かず、困惑していた。


 ミドが言うと、エイミーがミドを見る。そしてミドもエイミーを見て言った。


「エイミー、少しだけ待ってて」

「え? なに、言ってるん、ですか? 早く、私を置いて、逃げ――」


 エイミーは疲労が限界にきており、中腰で膝をつく。下を向いた状態で息を切らしていた。すると次の瞬間、先ほどまで太陽の光に照らされていた自身の体に、突如背後から大きな影が覆いかぶさってくる。

 エイミーは、太陽に雲がかかったのかと一瞬思ったが、どうやらそうではない。何か巨大な物体が生まれてくるかのように現れたのだ。その謎の影を背後に感じながら、ゆっくりと振り返る。すると、エイミーは目を丸くした。

 先程までは、間違いなくなかったはずの巨木が目の前に現れたのだ。

 樹齢にして、数百年は経っているであろうその巨木は堂々とした佇まいで、エイミーを見下ろしているかの様だった。

 エイミーはその光景に圧倒され、しばし沈黙してしまう。するとミドが言う。


「さ、この中に隠れて」

「早く入るっスよ、意外と中は快適っスから」


 ミドとフィオは、エイミーに言った。

 エイミーは言葉を失って、言われるがままに巨木の中に入る。

 巨木には、少し上の丁度良いところに自然に穴が開いており、そこから中に降りれるようになっていた。外から見たときは自然に映えた巨木に見えたのだが、中に入ると明らかに自然とは思えない形状をしている。

 穴から下に降りる際にはハシゴのように窪みができており、そこが足場となって安全に下に降りられるようになっている。床は草が生えておらず、部屋のように木の板が敷き詰められていた。

 フィオが言ったとおり快適で、風通しが良く、暑すぎず寒すぎない温度だ。エイミーの目には、巨木の中が秘密基地のように映った。


「どこに行きやがった! クソッ!」


 すると外から殺気立った衛兵たちの声が聞こえてきた。自分たちの居場所が分からず焦っているようだ。


「静かに……」


 ミドは人差し指を立てて、静かにするようにエイミーとフィオに合図した。


「チクショウ! 向こうかもしれねえ、行くぞ!」


 男たちの声が徐々に遠ざかっていくのが分かった。じっと身をひそめて完全に気配が消えるのを待つ。しばしの沈黙が流れた。


 ……

 …………

 ………………


「ふぅ……もう行ったかな?」

「いや~間一髪だったっスね」


 最初に声を出したのはミドだった。フィオも続いて声を出した。


「あ、あの……」


 エイミーは、ミドとフィオの当たり前のような態度に困惑しながらも声をかけた。ミドがエイミーに応える。


「よかったね~。もう安心だよ」

「すいません……ちょっと、混乱して……これは、一体……?」

「え~っと、これは……女神様からのプレゼントってヤツかな」

「め、女神?」

「そう、女神」


 エイミーは目が点になって固まっている。ミドは、どう説明すればいいのか分からず、困った表情をするが、エイミーは固まったまま動かなかった。

 すると、ミドが呑気に笑いながら言う。


「とにかく! これでボクたち、立派な共犯者だね~」

「なんで喜んでるんですか……」


 エイミーが呆れながらミドに言った。

 ミドたちは、成り行きでエイミーと一緒に衛兵から逃げたわけだが、おそらく衛兵たちにとって、ミドとフィオは吸血鬼のエイミーと共犯関係にあると思われたに違いない。つまり吸血鬼と一緒に追われる身になったということだ。


「とにかく! これで、あーし等は運命共同体っス、一心同体っス! お互い隠し事はなしっスよ!」

「わ、分かりました」


 フィオが言うと、エイミーもそれに応えて言った。そしてミドが改めて言った。


「さて、犯人捜しに協力してほしいって依頼についてだけど……まず、エイミーの知ってる情報を教えて欲しい」

「はい、私に話せることなら」

「それじゃあ、教えてくれるかな? そのローブ、どこの誰から手に入れたの?」

「これは……とある貴族の方からいただきました」

「その貴族って?」

「ザペケチ・ブマヌカ様です」

「ザペケチ?」

「はい、ザペケチ様から無償で提供してもらったんです」


 エイミーはミドとフィオに魔法のローブを手に入れた経緯について話してくれた。


 ――ザペケチ・ブマヌカ。数少ないこの国の富裕層貴族の一人だそうだ。

 この国の『正しいことをしましょう』という文化の影響により、お金持ちは寄付することが多いらしい。ほとんどの金持ちは批判されない程度の金額のようだが彼は違った。貧しい人達に寄付をする金額は、他の貴族たちとは桁違いらしい。彼の寄付額はゼロの数が違うという話だ。

 エイミーに高級な魔法のローブを提供したのも彼だそうだ。

 彼は非常に変わり者のようで、屋敷の中に人間の執事やメイドを雇っておらず、一人で大きな豪邸に住んでいるようだ。しかし、どうやらエイミーだけは定期的にザペケチの屋敷に足を運んで世話をしているそうだ。

 するとミドがエイミーに聞いた。


「エイミーは、そのザペケチって貴族の屋敷に何しに行ってるの?」

「私はメイドとして、ザペケチ様を定期的にお世話しているんです」

「随分気に入られてるんだね」

「はい……でも、どうして私に良くしてくださるのかは分かりません」

「エイミーが吸血鬼だっていうのは知ってるの?」

「はい」


 ミドが胡坐をかきながら目をつぶり、両手を組んで思案している。エイミーが困ってフィオを見るが、フィオが気にせずに「いいからいいから、いつものことっスよ」と言って、ミドを眺めている。

 するとミドが言った。


「――よし、決めた」

「え……? 何を決めたんですか?」

「エイミー、一つお願いがあるんだけど……」

「何ですか?」

「ボクたちも、ザペケチって貴族の屋敷で雇ってもらえないかな?」

「――え!?」


 エイミーは目を丸くして声を洩らした。







「――なるほど……コイツが有力候補ってわけか」


 その頃、キールが謎の老婆の前で何かが書かれた紙を見ながらつぶやいた。


「他に知りたいことはあるかい?」

「いや、十分だ。礼を言う」


 老婆がキールに問いかけると、キールはそれを断った。そしてその場を立ち去った。そして歩きながら思案する。


「待ってろミド、有力情報ゲットだ……」


 キールは、手の中に紙を握り締めて言った――

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