第45話 雨の日の過ごし方
休日の午後、私はホットミルクを飲みながらリビングのソファーでくつろぎながら、最近流行りのミステリー小説を読んでいた。
窓の外に小雨の降っている音がいい感じのBGMに、なっている。
ちょうど、読んでいるところも、雨が降っているシーンだった。
『雨がしとしと降りしきる中、私は先輩に言われた廃屋へと急いだ。
古びた門扉をくぐった途端、突然誰かに、肩を抱きすくめられ…、』
「森野!」
「きゃあぁぁっ!!」
私はありったけの大声で叫んだ。
「び、びっくりした。何だよ?軽く肩を叩いただけだろ?」
振り向くと、同じ位驚いた様子の先輩がそこに立っていた。
私は脱力して、息をほぅっとついた。
「何だ、先輩かぁ。ちょうど、小説で緊迫したシーンに差し掛かったところで肩を叩くからビックリしましたよ。」
私は先輩に文庫本を見せながら、文句を言った。
「いや、さっきから何度も呼んだんだけど、返事がないからさ。」
「ああ、すいません。私本に集中しちゃって聞こえてませんでした。」
私はペロリと舌を出した。
「で、何か用でした?」
「いや、コーヒー切れてたから、新しいのがもしあればと思ったんだけど。」
「ああ、ちょっと待って下さいね。」
私はリビングテーブルを離れて、キッチンの戸棚をごそごそ探り、先輩にレギュラーコーヒーの包みを手渡した。
「どうも。」
「私やりましょうか?」
「いや、いいよ。読書中なんだろ?自分でやるからいい。勉強に集中したいから、濃いめに淹れたいし。」
「先輩、またお勉強ですか?精が出ますねぇ。」
私は感心して言った。
先輩は平日、休日問わずよく勉強している。勉強のお供に必ずと言っていい程ブラックの濃いめのコーヒーを飲んでいる。
「まぁな。そういう森野はあれから数学大丈夫なのか?
何なら後で見てやってもいいぞ。」
ギクリ!!しまった、薮蛇だ。
「えぇっとぉ。大変有難いお申し出ですが、私はこういう雨の日には、甘ーいホットミルクを飲みながら、好きな小説を読むという事をライフワークにしておりまして、数学のお勉強はまた今度ということに…。」
私は、先輩から目を剃らしながら、必死に誤魔化そうとしたが…。
「森野。今週ずっと雨予報だぞ。一週間甘いホットミルクと下らないミステリー小説に浸かって人生を無為に過ごすつもりか?」
先輩は冷たい目でにべもなく言い捨てた。
一理はあるのだけど、今楽しく読んでいる本を下らないミステリー小説と言われ、私は流石ににカチンときた。
「小馬鹿にしたように言わないで下さい!
読んでみると、ちゃんと面白いんですよ?今、ドラマもやってますし…!」
「ああ、この間君が見てた奴か。女子はそういうの好きだよな。確か『ミステリーは回転寿司と共に』だっけ?食べ物のシーンが多すぎて、グルメ番組だか、ミステリーものなんだか分からなかった奴。最後の五分間で突然現れたイケメン探偵が謎を解くスタイルもどうかと思うし。トリックも意外性がないし、お涙ちょうだい的な結末で終わって何だかなぁ…。」
「むうぅっ。いいじゃないですか?ミステリーに、美味しい食べ物に、イケメンさんに、人情もの。女性の好きなものが作品に全部詰まってるんですよ?
先輩こそ、そういう嗜好に共感して寄り添ってあげず、小馬鹿にしているからダメなんですよ?
ブラックコーヒー漬けの数字だけの無機質な男子には女の子はついていけません。」
売り言葉に、買い言葉。好きなドラマまで、否定されてヒートアップした私は先輩に言わなくていいことまで言ってしまっていた。
ううっ。でも言ってしまった以上は私も引けない。
「ほほぅ。言うじゃないか、森野。」
先輩は引き攣った笑顔を浮かべると、
「分かった。君の為を思って言ってやったんだが、どうやら余計なお節介だったみたいだな。
俺はここで、数学の勉強をする。君は思う存分好きな本を読めばいい。
それぞれ有意義な時間を、過ごそうじゃないか。」
そう言うと、先輩は数学のノートやら問題集やらをリビングテーブルに並べ始めた。
「いいですよ。ご自由にどうぞ。
ただし、読書の邪魔をしないで下さいね。」
私はプイッと目を剃らして言った。
「そっちも、勉強の邪魔すんなよ?」
「しませんよ。」
私は先輩の向かいで、ソファーの上に縮こまり、しかめっ面をして本を再び読み始めた。
*******************
リビングテーブルの向かいで、森野が一心不乱に本を読んでいる。
最初は俺との諍いのせいか、こちらの様子を窺いながら、顔を
時間が経つにつれて、本の世界に没頭して行き、時折神妙な顔で息を飲んだり、吹き出したり、目を細めてにこにこしたり、本のシーンによって、百面相が見られるようになった。
そんなに面白いのか?
その中身のなさそうなミステリー小説が?
俺は首を傾げながら、ついついその様子を見守っていた。
小一時間程経った頃、森野が本をリビングテーブルに置いて大きく伸びをした。
「あー、面白かったー!」
「読み終わったのか?」
間髪入れず、話しかけられて森野はビクッとした。
「せ、先輩、まだ居たんですか?」
「いや、ずっと居たよ。向かいにいるのに、
よく人の存在を忘れられるな。君は…!」
「いやぁ。すっかり、本の世界に入り込んじゃって。」
森野はポリポリ頭を掻いた。
「読んだのなら、俺にその本貸してくれ。そんなに面白いなら俺も一度読んでみたい。」
俺が勢い込んで頼むと、森野は少し躊躇うような素振りを見せた。
「え。いや、いいですけど、先輩が面白いと思うかどうか…。今さっき楽しく読んだ本を批判されるのは嫌だな…。」
「分かった。読み終わってからあからさまな批判はしないと約束する。」
「ホントですか?絶対ですよ。じゃあ、どうぞ。」
森野がおずおずと、文庫本を差し出してきた。
タイトルは『ミステリーはフランス料理と共に』となっている。
回転寿司の次はフランス料理かよ。
グルメ本のシリーズものじゃないんだから。
心の中で小さくため息をつくと、俺はその本を受け取った。
すると、森野はさっきまでの不機嫌はどこへやら、にこにこ上機嫌の様子で話し掛けてきた。
「ふふっ。じゃあ、さっきと立場を交代しましょう。私、今から数学の勉強をします。先輩のコーヒーを一つ頂いてもいいですか?」
「いいけど、森野、ブラックコーヒーなんて飲めるのか?」
俺は驚いて言った。いつも、激甘のミルクティーか、ホットミルクしか飲まない森野がコーヒーだと?
人をお子様みたいに言わないで下さい。私だって、ブラックコーヒーぐらい…。砂糖とミルクを山盛りに入れれば楽勝です!」
森野は胸を張って宣言した。
「それ、もうブラックじゃないけどな。まぁ、いいや…。」
「先輩はホットミルクにしますか?」
森野はにこやかに聞いてきたが…。
「いや、俺はコーヒーでいい。」
俺は断固ミルクを拒否してやった。
なんで、やることを交代するからって、飲み物まで変えなきゃいけないんだ。
「ふーん、そうですか。」
森野は不服そうに口を尖らせたが、すぐに笑顔になって言った。
「じゃ、先輩の分も一緒にコーヒー淹れてきますね。」
「おう。すまん。」
「はい。コーヒー出来ましたよ。」
数分後、森野が湯気の立つマグカップをテーブルに置いた。
「どうも。」
既に本を読み始めていた俺は見もせずに、マグカップを口に運んだが…。
「!?」
いつもの苦味が和らいでいることに違和感を感じて、すぐにカップをテーブルに戻した。
カップの中身はいつもの黒々としたコーヒー色でなく、黄土色 =ミルク多めのカフェオレの色になっていた。
「森野!君、ミルク入れたな?」
きっと睨むと森野はにやにや笑って言った。
「ふふっ。いいじゃないですか?たまには。
ブラックばっかり飲んでいると胃をおかしくしますよ?せめてもの武士の情けで砂糖は入れてません。」
「ちっ。何が武士の情けだ…。」
俺は森野の嫌がらせに、ぶちぶち文句を言いながら、まろやかなカフェオレを飲み干した。
「私のは激甘カフェオレです。ふふっ。コーヒーって美味しいですね。頭がスッキリして、勉強も捗りそうです。」
森野は自分のマグカップの中身を美味しそうに飲んだ。
くっ。せっかくブルーマウンテンのコーヒー豆なのに、そんなに砂糖とミルクを足して本来の香りや味わいが半減するじゃないか。全く森野はコーヒーの事何も分かってねーな!
一言言ってやらなきゃ気が済まないと思ったが…。
ふと、それぞれのカップが、一緒に買い物をしたときに買ったお揃いのものであることに気付くと、俺は文句を押し殺して気まずく目を逸らした。
ま、まぁ飲み物の事は置いといて、
本の中身に、集中しよう。
俺は目の前のミステリー小説を丁寧に読み進めて行った。
*
*
「どうでした?」
気付くと横から目をキラキラさせて覗き込んで来る森野の顔が間近にあった。
「うわっ。何だよ?」
俺は、慌てて後ろに仰け反って、ひっくり返りそうになった。
「さっきからこの位置でしたが、先輩全然気付かないんだもん。すごい集中力ですねぇ。」
森野は感心したように言った。
「そんなに面白かったですか?」
時計を、見るとあれから一時間ほど経っている。あっという間に、時間が過ぎていたという事は集中していたんだろうな。だが、それほどに内容が面白かったかというと…。
目の前の森野の期待に満ちた瞳を裏切るには心苦しいが…。
俺は言葉を選んで言った。
「うん。まぁ、一通り読んだよ。原作の方はドラマよりは食事シーンも少ないし、話がまとまっていて読み易かった。いくつかの話はトリックに意外性のあるものもあった。
夢中になるような面白さや、深い感動があるかというと、どうかと思うが、空き時間に読むライトな読み物としてはいいんじゃないか?」
なるべく批判的に、ならないようにそう言うと、俺は森野の顔を窺った。
森野はちょっと考えるような顔をしたが、
すぐににぱーっと笑顔になった。
「うん。私もそう思います。ライトな読み物として楽しめていいですよね。このシリーズ!」
「え。あれ、それでいいのか?」
俺は拍子抜けして肩の力が抜けた。
「ええ、その場でさらっと楽しく読めて三ヶ月後には内容忘れちゃったりするんだけど、忘れた頃にまた読み直すのもまたよしです。」
三ヶ月後には内容忘れちゃうって…。
俺よりひどいこと言ってないか?
「いや、森野すごい夢中になって読んでいたから、ライトな読み物とか言うと怒られるかと思った…。」
「だって、これはそういうところが魅力の本じゃないですか。でも、何度も読み返さなきゃ分からない、ちょっと難しくて、読み応えがある本も好きですよ?
先輩だって、よくパラパラっと情報誌めくったり、小難しそうな実用書を読み込んだりしてるじゃないですか。」
「まぁな…。」
「先輩…!」
森野は何やらすごく嬉しそうな笑みを浮かべている。
俺はその笑みになんとなくだが、面倒な事になりそうな嫌な予感がした。
「な、何だよ?」
「私、良いことを思いつきました。来週お昼の時間にビブリオバトルをやりませんか?」
「ビブリオバトル?」
「はい。先輩と私の愛読書をそれぞれ、夢ちゃんと東先輩の前で紹介して、どちらが読みたいか選んでもらうんです。」
うわ。森野め。やっぱり面倒な事言い出しやがった。
「何のメリットがあって、そんな面倒な事しなくちゃならないんだよ?」
「メリットならありますよ!」
森野は必死に主張した。
「自分の好きな本を他の人に読んでもらえるって嬉しいものですよ。さっき、先輩が私の読んでいる本を読みたいと言ってくれて凄く嬉しかったもの。」
「そ、そうなのか?」
「そうです。好きな本であればある程、自分でその魅力を人に伝える機会があるって素敵な事です。それとも、先輩にはそういう愛読書のようなものがないんですか?情報誌や、実用書のような、役に立つ本しか興味がないんですか?」
「いや、そんな事もないけど…。」
「だったら、一度やってみましょうよ。私、先輩の愛読書がどんなものか、興味があります。」
俺はやれやれと諦めたように、ため息をついた。
「好きな本を一冊選んで紹介するだけでいいんだな?」
「はい!」
森野は、目を輝かせて返事をした。
「森野。どんな結果になっても、後悔するなよ。多分、あの集まりだと、君の期待しているようにはならないと思うぜ?」
「??」
「輪が狭くて近すぎるんだよ。」
そう言うと、森野は更に不思議そうな顔をして目を瞬かせた。
*あとがき*
いつも読んで頂き、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます
m(_ _)m
しばらく読書編が続きます。
題名、設定等を変えてはいますが、どれも実際に私が大好きな本を元ネタにしているので、著作権が心配なのと、二人の読書の嗜好の違いを出したかった為、結構批判的な意見を言う場面があるので、ファンの方に不快な思いをさせてしまうかなとか、ジェンダーの違いとか、今の時代あまり言うべきじゃないのかなとか「小説家になろう」様では、
色々悩みながら書いてました。
「カクヨム」様では、いっそ、全部オリジナルの本にしようかと思ったのですが、
浩史郎の好みそうな本の内容が全く思いつかず、挫折しまして、結局ほとんど同じ内容で投稿させて頂く事にしました。
(何の為に更新停止したのやら…(;_;))
一話だけは、少し内容を変えようかと思います。
元ネタになった本を批判するつもりは全くなく、読者様にそっち読みたくなったわと言われてもむしろ本望ぐらい、オススメの本であります。
でも、何か不快に思われる事がありましたら、ご意見下さると有り難いです。
今後ともどうかよろしくお願いします
m(_ _)m💦💦
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