第15話 先輩の看病(失敗編)

今にも雨が降りそうに薄暗く曇った土曜日の朝。


私は二階の里見先輩の部屋の前で、胸に手を当てて軽く深呼吸をしてから、ドアをノックした。


「先輩、おはようございます。起きてますかー?もう10時ですけど、朝ごはんどうしますか?」


「ん…。森…野…か…?」


部屋の中から先輩の弱々しい声が聞こえてきた。


「はい。その…、昨日は調子に乗って、言い過ぎてしまってすみませんでした。

せっかく、先輩が電化製品の使い方を教えてくれたのに。本当は、お礼を言おうと思っていたんです。先輩のおかげですごく助かりました。ありがとうございました!」


私は昨日から言わなければいけないと思っていた事を一気に言うと、ドアに向かってお辞儀をした。

しかし、それに対して部屋の中から帰ってきたのは、

「ぐぬ…。」

といううめき声だった。


「?? 先輩…?」


何だか様子がおかしい。

ドアに手をかけると、カギはかかっていないようだった。


「先輩、大丈夫ですか?部屋入ってもいいですか?開けますよぉー。」


言いながら、ドアノブを回して部屋の中に恐る恐る入ると、里見先輩は薄暗い部屋のベッドの中で赤い顔をして呻いていた。


「う…ん…。」


乱れた髪。額に浮かぶ汗。ハァハァと浅い苦しげな呼吸音。


里見先輩は明らかに体調が悪そうだった。


「あらら、大変!先輩、ちょっと待ってて!」


私は、慌てて、リビングに体温計を取りに行った。


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「うーん、38度2分。風邪…ですかね?」


ワタシは、体温計を見て渋い顔をすると、

冷水に浸して固く絞った布巾を先輩の額に乗せてやる。


「うっ。」


冷たさに一瞬ビクッとしたものの、先輩は珍しくされるがままになっている。


「内科の病院、ここから少し遠いですけど、行ってみますか?行くならタクシー呼びますけど…。」


「いや…、少し休めば…よくなるから…いい…。」


「本当に大丈夫ですか?じゃあ、しばらく様子見ますけど、あまりひどくなるようだったら数駅先の大学病院に救急で強制連行しますからね!」


「あぁ…。すまない…。」


「じゃあ、私はお粥とスポーツドリンク作ってくるんで、しばらく寝てて下さいね?」


「あ…ぁ。」


先輩は呻き声なのか、返事なのか分からないような声をあげた。


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キッチンのIHクッキングヒーターの上に土鍋を乗せて、グツグツとお粥を煮立たせながら、私は考えた。


不謹慎かもしれないが、弱っている先輩の姿をちょっとだけ可愛いと思ってしまった。

いつもの毒舌キャラの先輩とはエライ違いだ。

いわゆるギャップ萌えって奴?


ふと、弟のかっくを思い出した。

かっくんも普段はやんちゃ坊主でイタズラばっかりしているが、風邪のときは急にしおらしく、潤んだ目で甘えっ子になってくるのが可愛いのだ。


「よーし、森野家特製お粥作ったるど!」


熱々のお粥に卵をとじ、塩一つまみ、しょう油一たらしで味付けをした。


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「せんぱーい。調子どうですか?もし起き上がれそうならお腹に何か入れたほうが回復が早いですよ?」


「ああ…。」


先輩は少し辛そうに身を起こすと、お粥の入ったお椀を手に取り、少し口をつけただけで、匙を置いてしまった。


「ちょっとしょっぱいな。」


「え?結構薄味にしたんですけど、しょっぱかったです?」


「うん…。あたや、風邪で味覚がおかしくなってるのかもな。スポーツドリンクだけ頂くよ。」


先輩にしては珍しく、こちらに気遣いまでしてお粥を辞退した。


「先輩、いつも風邪のときって、何を食べていました?」


「うん…?まぁ、お粥とか煮物とかすりおろしたりんごとか…だったかな?」


「お母さんのお粥の味付けってどんなんでした?」


「うん…、卵は入っていたけど、ほんのり甘かったような…。いや、気にするなよ。本当に体調悪いときは、食欲なくてどうせ何も食べられないから。それより、ちょっと寝かせてくれ。」


先輩はスポーツドリンクを飲むと、スーッとまた眠りについてしまった。


「……。」


私はその様子を心配して見守るしかなかった。


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私はリビングのカウンターの席に座って考え込んでいた。


やっぱり、これって、環境の変化によるストレスや疲れからくる体調不良なんじゃ…。


許嫁の事も、同居の事も、先輩の意志に反して強引に進めてしまったけど、本当によかったんだろうか?


先輩は口は悪いが、内面は結構繊細な人だ。


嫌いな人間と一日中一緒に暮らすなんて、相当なストレスの筈だ。


風邪だったらまだいいけど、精神的ストレスによって、引き起こされている熱とかだったら、先輩はずっとこのままかも…。


そしたら、どうしよう…?


私はかっくんの事に置き換えて考えてみた。


もし、かっくんが急に知らない人のお家で暮らす事になり、そこには家族の誰もいなくて、大好きなハンバーグも、カレーも、全部知らない味付けで、体調崩しても、知らない味のお粥しか出て来なくて、一人で泣きながら寝ているしかないとしたら…。


そんなの耐えられない!!


架空の話を思い浮かべただけで、溢れてきてしまった涙を拭いながら、このままではいけないと思った。


せめて、食べ物だけでも食べ慣れたものを…!


困ったときは何でも聞いてね?と連絡先を渡してくれた理事長の笑顔が思い浮かんだ。


「確か、手帳のカバーにはさんでいたんだよね…。」


私は急いで自分の部屋に手帳を取りに戻った。




*あとがき*


いつも読んで頂き、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます

m(_ _)m

今後ともどうかよろしくお願いします。

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