第13話 庶民の弁当
私=森野林檎(16)の朝は早い。
5時に起きて身支度を手早く整えると、
洗濯機を回しながら、軽い掃除をし、お弁当のおかず、おにぎりを作り、冷ましている間に朝食の準備に取りかかる。
そうこうしている間に、洗濯終了の音楽が鳴り、洗濯物を外に干し終わると、まず、自分分の朝食を食べ始める。
ここまでで、大体6時半位になる。
もうひとりの同居人は7時に起きると言っていたので、しばらくはこのリビングで自由な一人の時間だ。
食後に甘いミルクティーを飲みながら、私は4月のある時から怒涛の如く私の身の回りに起こった出来事を思い返していた。
そして数日前から、家族と暮らしていたアパートを離れ、シェアハウスへ引っ越し、
一つ年上の里見先輩との同居が始まり、環境が激変した私だけど、掃除、洗濯、料理などは家族で暮らしている頃からやっていたので、慣れない家電の操作を覚えてしまえば、そこまで負担ではなかった。
ただ、同居人の里見先生の気難しさと、口の悪さにはもはや感心するレベルだ。
料理に手はつけるものの、口は不平不満のオンパレード。
掃除や、洗濯が雑だの姑も真っ青な細かさ!
それに何かといっちゃあ、『君はバカなのか?』って上から目線のあの物言い。
あんなんで、里見先輩よく女の子にモテていたなぁと不思議に思う。
歴代の彼女さん達は皆さんよほど辛抱強い方達だったのかしら。
まぁ、この同居自体、彼がすごく嫌がっていたのに、彼の両親の誘いに乗って、私が無理に話をまとめてしまったので、申し訳ないという気持ちもあり、多少八つ当たりをされても仕方ないのかなと。
なので、お坊っちゃまの罵詈雑言を大人の対応で、ふふっと笑顔でやり過ごしている今日この頃です。はい。
でも、今日はGW明けの月曜日。学校が始まれば、お互い離れる時間もでき、精神衛生上少しマシになるのではないかな。
などという事を考えながら、食器を洗っていると、トントンと、先輩が二階から降りて来る足音がした。
「先輩。おはようございます。」
「おう。」
先輩が眠い目を擦りながら、機嫌悪そうに洗面所の方に向かっている間に、トーストを
オーブントースターに(薄いきつね色になるまで)さっと焼き、もとから出来ていた目玉焼き(きれいなピンク色で半熟)
とウインナー(ジューシーなタイプ)、サラダ(細かいキャベツの千切り)のお皿をテーブルに運ぶ。
フィルター付きのレギュラーコーヒー(先輩がス○バで買ったものらしい)をカップの上に広げ、熱いお湯を注ぐ。
「朝食、テーブルに用意してます。」
「おー。」
先輩はのろのろとテーブルの席に着き、パンをかじりながら、テレビのニュースを見出した。
パジャマ姿で髪はボサボサ。ボーッとテレビを見ている先輩は、いつも学校で見かける先輩からは想像もつかない程、気の抜けた姿にも関わらず、生まれながらの育ちの良さが滲み出ているというか、どことなく気品が漂っているのが不思議だ。
そういうところ、夢ちゃんににてるなぁ。
粗熱のとれたお弁当の蓋を閉め、ナプキンで包んでいると、思い出したように先輩が話しかけてきた。
「あ。森野。今日から学校だが、くれぐれも…。」
「はい。『話しかけない』ですね?通りがかっても知らないフリで。家を出るのも時間差で。同居してる事は誰にも言いません。」
私は休みの間先輩から耳がタコになるぐらい聞かされたセリフを暗唱した。
「分かってるならいい。俺達は知り合いですらない赤の他人。肝に銘じとけよ!」
「ハーイ。それと、先輩。私、実家にいるとき、毎日家族の分までお弁当作ってて…。今日もうっかり勢いで作り過ぎちゃったんですが、先輩はいりますか?」
「ふっ、冗談だろ?昼くらいは自由にさせてくれ。いつもの料理の口直しに、食堂で日替わり幕の内定食でも食べるつもりだ。」
先輩のその言い草にカチンとしつつ、私は“日替わり幕の内定食”という言葉を聞き逃がせなかった。
「日替わり幕の内定食って、あの一日限定20食の3000円の?」
豪華な食材をふんだんに使った、ボリュームたっぷり、季節のデザートまでついたあの
メニュー!
他の定食に比べて段違いに高いあのメニュー、一体誰が頼むんだろうと思っていたら、利用してる人がここにいた!
(ちなみに、夢ちゃんはいつも、お家の
シェフが作る豪華弁当を毎日持参しています。)
「ああ。もともと限定商品だが、俺なら密かに顔パスで、食堂の料理長に、更なる特別バージョンを作ってもらえる。旬の魚や野菜の天ぷらとかプラスしてもらえたりな…。」
季節の天ぷらって、今の時期だと
考えただけで、よだれを垂らしそうな私に嘲るような笑みを浮かべて、先輩は意地悪く言った。
「じゃあ、庶民の朝食ごちそうさま!片付けよろしく。俺、もう着替えてすぐ出るから。お昼休み、森野はせいぜい、庶民の弁当でも楽しんでくれよ?」
「くっそおぉーっ!セレブめ!!」
私は、涙目で握ったこぶしをフルフルさせて先輩の後ろ姿を見送ってから、出来上がったお弁当を見つめた。
「庶民の弁当バカにすんなよぉ?」
卵焼きはふわふわだし、煮物とか唐揚げとか冷めても美味しいんだぞ?
おにぎりだって、鮭、昆布、ツナ、梅干しと4種類もあるんだから!
たくさん作った分は夢ちゃんにおすそ分けして食べてもらお。
くすん…。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇
「りんご!おーい、おはよう!」
校門に入るなり、名前を呼ばれ振り向くと、
学校沿いの道路に横付けされた黒い高級車から降り立ち、手入れの行き届いたセミロングの髪の一筋をみつ編みにし、リボンでくくったお嬢様風ヘアスタイルの美少女がこちらに手を振っている。
そう。わが親友、夢ちゃんだ。
夢ちゃんはその場から私のところまで、全力疾走で走ってきた、どうっと抱きついてきた。
「りんごー!」
「夢ちゃん。うわわわ!」
私は夢ちゃんの華奢な体をしっかり受け止めつつ、余った分勢いを殺すため、くるっと一周回って着地させた。
「ふぅ。」
財閥の令嬢である夢ちゃんにケガをさせたら、私はおろか、SPの黒川さん、学校が責任を問われる大問題になる。
まずは事なきを得てホッとした。
その一連の出来事は周りの登校中の生徒達の視線をかなり集めてしまってはいたけど。
しかし、親友はそんな事には全く頓着せず、嬉しそうに私に語りかけてきた。
「久しぶり、りんごー!休み中は会えなくて寂しかったわ。どう?シェアハウスは?あの例の二股男に変なことされてない?」
「ないない。あの人、食事と風呂の時以外は部屋にこもりきりだもの。
食事の時は食事の時で、味付けをこうした方がいいとか、文句ばっかりで、そんな雰囲気じゃないもの。」
「何もないのはよかったけど、りんごにご飯作ってもらうなんて贅沢な事なのに、文句ばっかり言ってるなんて、許せないわ!
私が代わって欲しいくらいなのに!」
うーん、夢ちゃんのご飯作ってあげるの楽しそうだけど、夢ちゃんの家にいるお抱えの
シェフとパティシエさん達が泣いちゃうよ。
向こうはプロだからなぁ。
それはそれで、気を使いそう…。
と、一瞬私は本気で考えてしまった。
「ねぇ、りんご。前にも言ったけど、あんなのを頼るぐらいだったら、ウチを頼ってもらってもいいんだからね?
部屋も空いてるし、タダでってのを気にするんだったら、空いた時間でメイドの仕事をしてもらってもよいし。」
「夢ちゃん。ありがとう!でも、今のところは、あそこでやっていこうと思ってるから大丈夫だよ。先輩も気難しいけど、(たぶん)根は悪くない人だし。」
私は夢ちゃんを安心させるように、にっこりと笑った。
「りんごがそういうなら…。でも、本当に無理だったら、相談してよ?」
「もちろん。頼りにしてます。夢ちゃん大先生!」
私は夢ちゃんに向かって、拝み倒すポーズをとった。
「あっ。そうそう。今日お弁当多めに作ってきちゃったんだけど、夢ちゃん少し食べない?」
「キャー!食べる食べる!今日のメニューは何?」
「唐揚げとウインナーと卵焼きと煮物におにぎりだよ。」
「やったぁ!昼休み楽しみだわ。」
私は親友とキャッキャッ笑い合いながら、教室に向かった。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇
昼休み、学級委員の夢ちゃんは、職員室で少し用事があったので、あとは中庭で落ち合うことにして、私は先にお弁当の場所とりに来ていた。
渡り廊下を抜けていく途中に、木製のベンチに力なくうなだれて腰掛けている男子生徒がいた。
『声をかけてはいけないあの人』こと里見先輩だった。
私は決められていた通り、何事もなかったかのように通り過ぎようとしたが、その時どこからか『グウゥーッ』という異音がした。
振り返ると、里見先輩がお腹の辺りを押さえて赤面していた。
どうやら、腹の虫が鳴ったらしい。
私は迷ったが、周りに誰もいないのを確認すると、先輩から視線を外して、先輩の隣の辺りの誰もいない空間に向かって話しかけた。
「私は今、姿の見えない小人さんに話しかけています…。
どうしたんでしょう?
今朝日替わり幕の内定食を食べるって意気込んでいた人が、こんなところで空腹を抱えてしょんぼりしているなんて。
早く食堂行かなくていいのかしら?限定20食売り切れちゃうわ。」
里見先輩は、顔を顰めて私を一瞬見ると、気まずそうに目を逸らして言った。
「俺は今、独り言を言っている…。目の前に大分頭のおかしい女がいるみたいだな。
今日は散々だ!家を出てから、財布を落として、今月の小遣い全部なくした。昼メシどころかジュース一本買えない…。」
それを聞いて私は意地悪い笑みを浮かべた。
「あらあら、小人さん。あのセレブな人、大変な目に遭ったみたい。お可哀想に!
さっ。私達は身の丈にあった庶民の弁当を美味しく食べましょうね?今日は唐揚げがカラッと揚がって、特別美味しくできたのよね〜。」
私はこれ見よがしに、弁当の包みを緩め、蓋をとって匂いを嗅がせてやった。
唐揚げの香ばしいしょうゆの香りが辺りに漂う。
「…クソっ!」
嗅覚を刺激された先輩は俯いてぷるぷる震えていた。
私は先輩の座っているところの隣に紙コップを3つ置くと、一つには、おにぎり数個、一つには、水筒のお茶をついで、割り箸を近くに添えた。
「お、おい、何だよ?同情してやってるなら…!」
いらん気遣いだとでも言いたげな先輩に私は心外だというような顔を向けた。
「何の話ですか?私はあなたなんて知りません。姿の見えない小人さんにお弁当をおすそ分けしただけです。食べるなり、捨てるなり、小人さんが好きにするのでお構いなく!さようなら。誰だか知らない先輩。じゃ、私は友達とお弁当を食べる予定がありますので。」
「〰〰〰〰〰〰〰」
そう言って、私はその場を通り過ぎた。
かなりの距離をとって離れてから、一度ベンチの方を振り返ってみると、先輩が隣に置かれたお弁当を渋い顔でにらめっこしている姿がみえ、私はくすりと笑った。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇
「小人さんから伝言なんだが…。」
夕食時、何故かいつものようには文句を言わず、黙って箸を進めていた先輩が、言いにくそうに切り出した。
「“お弁当うまかった。ありがとう“と言っていた…。」
「そうですか。それはよかったです。“どういたしまして”と小人さんにお伝え下さい。」
私はにっこりと笑って返した。
「それで、先輩は明日からどうするんですか?」
「え?」
「全くお金がなかったら、困るでしょう?
ご実家に相談した方が…。」
「いや、ただでさえ信頼をなくしているのに、そんな事相談できない。
その…、申し訳ないが、明日から弁当お願いできないか?」
先輩がバツが悪そうにこちらの様子を窺う様子は、飼い主の機嫌を伺う犬のようで、
ちょっと可愛い。
「庶民の弁当でいいんですか?」
ニヤニヤして思わず、意地悪な返しをしてしまう。
しかし、先輩は切羽詰まっているためか、ホッとしたように言った。
「ああ。充分だ!ぜひお願いしたい。」
「ふふっ。じゃあ、いいですよ。お茶入れるんで、水筒があったら、出しといて下さいね?」
「ありがとう。」
「先輩、私に初めてまともにお礼を言ってくれましたね?感動です!あなたは腐った
ミカンじゃありません。人間です!」
「君は○八先生か!何気に失礼だな。人を礼も言えない奴みたいに…!花をやったろう。」
「ああ、そうでした。花言葉で“ありがとう”を伝えてくれたんでした。シャイで口下手さんなだけですね?昭和の職人さんによくあるタイプっていうんですか?」
「いちいち引っかかることを言う奴だな。
君と話していると、真面目に話しているのが馬鹿らしくなってくる。せっかく人が下手に出て頼んでいるのに…。」
先輩が憮然とした表情で本格的に機嫌をそこねはじめたようだったので、私は慌てて謝った。
「いやいや、ごめんなさい!先輩が殊勝な態度をしていると、調子が狂ってしまって…。
つい、いじりたくなってしまいました。」
うん、と咳払いすると先輩は気まずそうに言った。
「まぁ、やってもらってばかりだとこっちも肩身が狭いから、君に出来ない事を手伝ってやるよ。」
「?」
「電化製品の使い方、分からないとこ教えてやるよ。」
「え、本当!?いいの…?」
私は思わずタメ語になって、身を乗り出した。
*あとがき*
いつもより投稿遅くてすみません💦
投稿予約し忘れておりましたm(_ _)m💦💦
いつも読んで頂き、フォローや、応援、評価下さって本当にありがとうございます!
今後ともどうかよろしくお願いします。
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