第6話 ボイスレコーダー
親から勝手に許嫁を決められ、更にはシェアハウスでの同居を強要されている。
自分の事にも関わらず、俺には発言権も拒否権もない。
RPGでいうと、圧倒的に強いモンスターに出会ったものの、逃げるという選択肢が選べないという絶望的な状況だ。
両親と森野の両親と俺は、森野に注目して返答を待った。
この場全員の圧を感じて、気圧されつつも、森野は発言した。
「ええと…。少し里見先輩と話をさせてもらってもいいですか?」
「もちろん、いいよ。」
父はにっこり頷いた。
「さっきの会議室使わせて頂いてもいいですか?」
「いいわよ。好きに使ってね。」
母が立ち上がり、戸口まで先導した。
「ありがとうございます!」
森野と俺は不安そうな顔を突き合わせ、頷き合うと、会議室に向かった。
会議室に入るなり、森野は俺にごく当然の疑問をぶつけてきた。
「先輩。どういう事ですか!?ご両親に何をどう話してこんな事態になっちゃったんですか?」
しかし、どうしてこんな事になったのかは俺の方こそ説明して欲しいぐらいだった。
俺はやけくそ気味に叫んだ。
「知るか!俺が話した事と噂がごっちゃになって君との仲を誤解したらしい。」
「弁解して下さいよ!」
「無駄だ!親父の勢いを見ただろう?俺が何を言おうが耳に入らないだろう。」
「うーん、まぁ、先輩、ご両親の信用かなり落としちゃったみたいですからねぇ。」
「君が断ってくれ!親父も母も君がどうしても嫌だと言って断れば、無理強いは出来ないはずだ…。」
「うーん…。そうですねぇ…。」
森野は答えず、考え込むようなポーズをとった。
「いや、君だって嫌だろ?あんな事があった相手と許嫁なんて!」
「先輩?私実は、今迷って揺れているんです。どうしようか…。割合としては6割、4割ぐらいに…。」
「何だと?4割も話を受ける気持ちがあるって事か?」
青褪めた俺は森野の次の発言を聞いて、更に衝撃を受けた。
「いえ、6割受ける方に…。」
「何でだ?!君もしかして、俺に気があったのか?あんな事したのも、もしかして行き過ぎた愛情の裏返しとか…?」
「ふふっ。先輩ったらもう!寝言は寝て言って下さいね?あんな場面に居合わせて、貴方を好きになってたら頭おかしいですよ。」
森野は焦って詰め寄る俺に、にこやかに辛辣なセリフを浴びせた。
「なら、何故…!」
「……。」
森野はそれに答えず、真面目な顔で問いかけてきた。
「迷っているから、先輩に意見を聞きたいと思います。先輩、私の事を女子としてどう思いますか?」
「しょ、正直に言っていいのか?」
「もちろんです!」
「すまない!今俺はテンパっていて、いつも女性に対するようなオブラートに包んだ物言いは出来ない。気に障ったら申し訳ない!
君を初めてみたとき、俺の好みからは一番遠いところにいる子だと思った。女だと思えない。つまり、俺にとって君は『モブ』キャラでアウトオブ眼中だ。結婚相手になんて考える事も出来ない。
頼むからこの話は断ってくれ!」
「先輩…。」
森野は目をパチクリさせて、俺をポカンと見上げた。
そりゃ驚くだろう。今まで女の子に対して
ここまであけすけに失礼なことを言ったことがない。
そのまま俯いてしまった森野は泣くのかと思ったが、次の瞬間には顔を上げて頬を紅潮させてキラキラした目でこう言った。
「先輩!今のもう一回言って下さい!」
森野はメモでもとろうとするように、どこからか取り出したペンを俺の前に突き出して言った。
俺は仰天して断ろうとした。
「もう一度!?いや、ゴメン。こんな失礼な事2度も言えな…。」
森野は焦れたように言った。
「いいから、早く!!」
「本当にいいのか?泣くなよ?」
「泣きません。早く!」
「君を初めてみたとき、俺の好みからは一番遠いところにいる子だと思った。女だと思えない。つまり、俺にとって君は『モブ』キャラでアウトオブ眼中だ。結婚相手になんて考える事も出来ない。
頼むからこの話は断ってくれ!」
「ありがとうございます!もういいです。
決心がつきました。」
森野は清々しいまでの笑顔で礼を言った。
「い、いや、ひどい言い方をしてすまない…。」
「全然いいんですよ。さっ、皆さんのところに戻りましょうか?」
これだけひどい事を言われているんだから、許嫁の話を断る方の決心をしたんだよな…?
暴言を言ってしまった手前、なんとなくそれ以上は追求しにくくて、何故かすっきりした様子の森野とは対照的に、俺はモヤモヤした気持ちを抱えたまま会議室を後にした。
「お時間頂き、ありがとうございました。」
理事長室に戻り、森野と俺は先ほどの席についた。
「浩史郎とよく話せた?」
「はい。」
森野はにっこり笑ってこう言った。
「先程の件お受けします。許嫁やシェアハウスの事も含めてお話進めて頂いて大丈夫です。」
「はっ?」
こいつ今何て?
俺は自分の耳を一瞬疑った。
「本当かい?」
父が嬉しさを隠しきれない様子で確認した。
「はい。私はまだまだ未熟者で至らない点も多々あると思いますが、これから浩史郎さんに相応しい相手となるよう精一杯努力していきたいと思いますので、これからどうかよろしくお願いします。」
森野が礼儀正しくペコリと頭を下げるのを見て、何かの悪夢でも見ているような気持ちだった。
「ちょ、ちょっと待…!」
「森野さんはそのままで充分素敵な娘さんだよ。浩史郎には勿体ないぐらいだ。よく決心してくれたね!ありがとう!!
こちらこそ、これからよろしくお願いします。」
俺の声は、喜びのあまり興奮気味の親父の声にかき消された。
「晴ちゃん。槇絵さん。これから末永くよろしくお願いします。」
「爽ちゃん。響子さん。こちらこそ、これから末永くよろしくお願いします。爽ちゃんと家族になれるなんて夢みたいだよ。」
両親同士の挨拶が始まってしまう中、俺は森野を怨念を込めて睨みつけた。
「おい…どういう事だ?!何言ってくれちゃってんだ、コラ? 今すぐ取り消せよ!!」
森野は気まずそうに俺を見て苦笑いをした。
「あ、あはは…。勝手にごめんなさい。
でも、皆あんなに喜んでるのに取り消すなんて出来そうにないですよ?
それに先輩最初に言ってたじゃないですか。周りの空気を読んで自分の役割を演じろって。
ホラ、話し合いももう終わりそうじゃないですか?」
「俺の空気だけ、全く読んでないだろうが、君は?!」
「ごめんなさーい。」
テヘペロでもしそうな誠意のない森野の謝罪に心底腹が立つ…!
「あんな事言って、これからどうするんだよ!」
「どうなるんでしょうねぇ。なるようにしかならないんじゃないですか?
ま、これから一緒においおい考えていきましょうよ。」
にこやかに笑いかける森野に、殴りかかりたい気持ちを押さえかねていると、親父が久方ぶりの晴れやかな笑顔で話しかけてきた。
「おい、浩史郎。今度の日曜日、晴ちゃん達ご家族に家に来て頂くことになったから、
部屋をちゃんと片付けておくんだぞ?」
もはや俺には浮かれた親父に返事をする気力もなかった。
「森野さん、日曜日大丈夫かな?」
「はい!」
親父と森野が何やかやと楽しげに話しているのを、俺は意識のどこか遠くで聞いていた。
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