第3話 生徒Bの嘆き
「ああ…。逃げたい…。隠れたい…。」
私 森野林檎(16)は高校生活始まって早々やらかしてしまい、頭を抱えていた。
教室で親友とのお昼の時間はいつもなら楽しいひと時の筈なのに、今は憂鬱な気持ちを隠しきれなかった。
「りんごぉ。過ぎた事をクヨクヨしないの。二股男を懲らしめただけでしょう?別に悪いことしてないじゃない。」
同じクラスで小学校から親友の
宇多川夢ちゃんがポンポンと肩を叩いて慰めてくれる。
学校生活が始まって、やっと教室の位置や校内の施設などを覚えてきたかという頃、中庭で上級生女子同士の喧嘩を目撃した。
中学の時の経験から、女子の諍い(特に色恋沙汰)に巻き込まれると碌な事にならないことを学んでいた私は、「何も見なかった」と
いい聞かせ足早にその場を通り過ぎようとした。
すると、その女子達の喧嘩を柱の陰から覗き、オロオロしている上級生男子と行き逢い、目が合ってしまった。
悪い予感がしつつも、あまりにも挙動不審な様子につい好奇心が勝ってしまい、つい何をしてるのかと聞いてしまった。
悪い予感は当たり、女子達の喧嘩は彼が二股した結果生じた修羅場であり、彼こと、
里見浩史郎先輩が渦中の人だということが
発覚した。
更に関わりたくない気持ちが高まり、立ち去ろうとすると、彼は彼女達に見つからないようにここから逃がしてくれと頼んできた。
そうしてくれるならデートしてあげる。何でも買ってあげるとまで言ってきた。
私は反省のかけらもなく、女子達の身を案じることもなく、ただ自分の保身しか考えていない二股男に呆れたのだが、許せなかったのは、彼が女性の扱いについて口にした言葉。
ある意味なるほどなと感心してしまった。
でも、だからといって到底許せるものではなく…。
自分の保身さえも忘れて…行動を起こしてしまった。
気付いたら訳の分からないことを喚いて、
二股男を二人の前に引きずり出していた。
「1−B 森野林檎 逃げも隠れもしませんよ。」
強がりの捨てゼリフまで残して私はその場を去った。
この騒動の噂はあっと言う間に学園中を駆け巡り、嫌でも私は事の顛末を耳にする事になった。
イケメンで女子に人気の高い、
2年の里見浩史郎が、交際中の二人の女子から平手打ちをされ、両方とも破局したこと。
この騒動で彼の評判はガタ落ちになり、周囲の生徒に遠巻きにされているらしいこと。
そして、今回の騒動に一年の女子が関係しているらしいこと。
更にはその女子が、里見浩史郎の第三の女で、他の女性関係を一掃するために、巧妙な策略を立てたのではないかという根も葉もない噂がまことしやかに囁かれていた。
まだ私がその一年の女子だということは学園の皆にバレていないようだが、里見浩史郎先輩本人(及び二人の上級生女子にも多分聞こえている)にはバッチリ名乗ってしまった以上、バレるのは時間の問題と思われた。
しかも、その噂の中で私は里見先輩の詳細な情報を初めて知ったのだが…。
「まさか、あの人が理事長の息子だったなんて…!」
返す返すも、後先を考えない行動をしてしまったものだ。
私は髪をグシャグシャに掻きむしり、これからの行く末を嘆いた。
「もう終わりだ!学校生活始まって早々学園から追い出されることになるんだ。せっかく夢ちゃんと同じ学校に通えるようになったっていうのに…。
うわぁーん!夢ちゃん、ごめーん!私のこと忘れないでぇーっ。」
「ちょ、ちょっとちょっと、りんご!
飛躍し過ぎだから!息子にちょっと恥かかせただけで、退学とかあり得ないから!
もし理事長がそんな事をするような人なら、私だって黙ってないよ。お祖父様に言って厳重に抗議してもらうから!」
中流階級の庶民の私と違い、夢ちゃんは財界のお嬢様でお祖父さんは裏から政界を牛耳る黒幕として恐れられている人物、宇田川凜蔵
その人であった。
学園に対する影響力も少なくないだろう。
「りんご、安心して。何があっても私は味方だからね!」
親友は私の手をぎゅっと握ってウインクした。
「夢ちゃぁん…!」
私は夢ちゃんの厚い友情にウルウルと涙目になっていると、
生活指導の谷本先生の無機質な声が、スピーカーから響き渡った。
『1−B 森野林檎さん 至急理事長室まで来てください。繰り返します…1−B 森野林檎さん至急理事長室まで来てください。』
校内アナウンスを私は蒼白な顔で聞いていた。
「ああ…。もうバレちゃったみたい。」
ガックリと肩を落とす私。
「り、りんご。その事とは限らないんじゃない?」
夢ちゃんは少しでも気持ちを軽くしようとそう言ってくれたけど、私は首を横に振った。
「私、学園に来てまだ日は浅いけど、理事長室に呼ばれるなんて滅多にない事だっていうのは分かるよ。逆にその事以外にどんな話が?」
「そ、それは…。」
私はふらふらと立ち上がると、青白い顔で
親友に精一杯微笑んでみせた。
「夢ちゃん。いいよ。ありがとう。私行ってくるね。自分でやったことのけじめをつけてきるよ。」
私は重い足取りで教室を後にしようとした。
頭の中では牛が売られていくときを歌った
例のあの童謡が物悲しく流れていた。
「待って、りんご!!」
夢ちゃんは私に何かスティック状の機械のようなものを渡した。
「これ、ペン型のボイスレコーダー!横の小さいボタンを押したら赤いランプがついて録音できるから!理事や先生が理不尽なことや訳の分からないことを言ってきたら、これで録音するのよ?」
「!!夢ちゃん!」
本当にこの親友は私と同い年とは思えない程しっかりしているのだ。
「ありがとう!夢ちゃん…!頼りになるよ。」
親友に感謝の抱擁をすると、
「いいのよ。りんごの為だもの。何があったか後で聞かせてね?」
夢ちゃんはニッコリ笑って親指を立てた。
さっきより少しだけ足取りが軽くなった私は、階段を登って3階の理事長室へ向かった。
しかし、理事長室に着いた途端、生徒指導の
谷本先生から言われた言葉に私は再び衝撃を受けた。
「ああ、森野さん。ご両親が理事長室にいらっしゃってるわよ。」
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