第3部 第15話 §8  退屈な朝食会

 照れて俯いているが、その言葉はリバティーに、十分届くものとなっていた。何しろ、リバティーも照れて俯いているのである。かえってその方が受け止めやすかった。

 朝食会には、それぞれのレディを連れ、会場に姿を現すが、一番最後に姿を現したのは、イーサーであり、トラストも同伴の女性を連れている。どうやらそういう嗜好らしい。

 室内は、白い壁と天井、それに会わせたテーブルクロスに、大理石のテーブルが、数組。ただ、シャンデリアからの明かりが、オレンジ色がかっているため、室内も柔らかい光に包まれている。絨毯は赤く密度の高いものであり、柔らかくしっかりと、足の下にある。

 案内されたイーサーとリバティーは、主賓席に座る。正面には主催者であるオーディンとニーネがいて、ザインとアインリッヒが、右サイドの面、ドライとローズが左サイドの面にいる。そして、今回の主賓であり、そのパートナーの計四が、正面ということである。まずここで、イーサーとリバティーの驚きがある。

 よもや、彼等がリバティーの父親だと思う者など、誰一人いないであろう。

 ただテーブルは、それだけではない。大臣クラスの者達が座っている席もある。それを含めると割と多い人数になる。

 オーディンの少々長い話が始まる。要するに大会に優勝した者に対する祝辞である。そして、この朝食会は、彼等を祝うものであるということだった。

 挨拶が終わり、いよいよ朝食となる

 ワイングラスが並べられ、赤く芳醇な香りのワインが注がれ、それだけで鼻の奥でフワリと香りが広がる。

 「それでは、彼等の前途を祝い、乾杯」

 オーディンは、すっとグラスを持ち上げ、優しく少しだけ前にそれを出す。

 ザイン達がそれに併せて、気持ち程度にグラスを持ち上げ、ドライ達ですらそうしている。この二人がそれらしくない。粛々としているのが、不自然であるが、ドライの表情が冷めているのは、目に見えて解る。

 トラストも、それに気後れしていないが、イーサーとリバティーだけが、やはり気後れしている。

 前菜が出てくるが、が、すでにイーサーとリバティーには、何がなにやら、解っていない。無論ドライとローズもそのクチだろが、二人はイーサー達のように、面食らうことなく、準備が整えられるのを待っている。

 理由は単純で、食べ物に越したことはないからだ。特にドライは、それを待ち望んでいたわけでもないので、騒ぐ必要性もないというだけの理由である。

 オーディンが話を振るのは、トラストが主だった。

 イーサー達が、ドライに連れられてこの城に現れたことを知らない大臣達が殆どである。イーサーに話を振らないのは、オーディンが彼に興味を持っていないからだと、感じている者達が殆どだっただろう。

 知っている者も、彼等のことをひけらかしたりはしない。そうしないことが有利だと思っている者が多いからだ。

 理由はいくつかある。

 彼等を持て囃すことが、自らの立場安定に繋がると思っている者達は、極力そのライバルを減らすことを考える。語らない者は、それぞれの理由があるが、ドライの心情を察している者も中に入る。彼等がヨークスの街に戻ることを十分踏まえているのである。

 イーサーに語りかける事がないのは、当然だと思っている人間は、彼が明らかに上流階級の人間ではない雰囲気をしているからである。料理を前にした挙動一つにしろ、何かしら辿々しい。

 リバティーは、少しだけ落ち着いたようだが、正装をしたドライとローズが、まるでそしらぬ顔をしていることが気になる。

 「しっかり食べろよ」

 と、ドライがちらりと、父親の表情をして、リバティーの方を見る。

 料理が上等なものであるのは確かなことなのである。その意味合いは十分に伝わっている。ドライがこの場でリバティー立ちと深く関わらないのは、そうすることで、やはり周囲の貪欲な大人達の好奇に晒される事を嫌ってのことである。

 ドライは、なぜ自分達がこの場所にかり出されたのかが、理解できない。確かに自分達の身内が名誉ある場所に呼ばれているのだ、その配慮といえるかもしれないが、あまり心地の良い場所ではない。

 大人達の会話が少し続く。ザイン達はそうではないが、たまに彼等が将来、エピオニアの騎士団として、頼もしい存在となってくれることを願うというような、詰まらない冗談である。

 尤も自由枠で優勝したイーサーには、あまり関係のない話であるが、話題の中に入れているということなのだろう。

 ただ、イーサーが持つ実力は、誰もが目にしている。

 あのアンドリューを倒してしまったのだから、それは当然なのかもしれない。別の意味では、アンドリューの名誉は傷つけられてしまったことになる。だが、本当に彼を理解している人間は、そうはとらない。

 それはアンドリューという男と戦った経験のある、イーサーも、エイルもそうである。その者達は皆彼の心意気を学んでいる。

 ただ軽率に勝敗だけをを口にする者もいるが、本当に正面からそれを口にする者はいない。何故なら、アンドリューは、ザインの弟子だからである。エピオニアが再建され始めた頃から、ザインが剣士として目を掛けた唯一と言っていい存在なのである。

 それを傷つけると言うことは、ザインの名誉も傷つけることになる。聞こえるのは陰口ばかりである。

 イーサー達には、それが明確に聞こえているわけではないが、自分達を囲んでいるテーブル以外からは、あまり穏和な雰囲気は感じられず、どことなくギスギスしているのが解る。

 朝食会の意味。それは、その場に招かれる栄誉である。それ以上以下もない。

 彼等は、その栄誉を手ににしたという事、ヨークスや、ホーリーシティーのように、若い国にはない、伝統があるということである。 だが、イーサーにとってそれは、それだけの価値であり、また、それ以上それ以下でもなく、彼が求める価値観には、それほど影響を成すものではなかった。


 最後に新たに生まれた勇士を湛える拍手が送られ、食事会は終わる。

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