第3部 第15話 §3  余興 Ⅱ

 ローズは、特に強いことに対する理由など、求めない。それはそれぞれの道、経緯があったからだ。そうなる必要がっあったに違いないからだ。それだけで十分であり、強さに対する根源は、剣を交えればそれで解る。

 無論それはドライも同じだが、彼の中にはもう一人、シュランディア=シルベスターという別の人格が存在している。それは本来、シルベスターの子孫達を束ね、クロノーあるとの対戦を勝ち抜くための、使命を受けた一人の人格である。自然にその強さの理由を見極める分析をしているのだ。

 ドライという人格が、主体である彼は、それをアバウトに捉えているが、彼の中では明確になっている。

 経験の浅いエイルが、ドライに答えを求めている。驚愕を隠せないようである。

 「ま……、そういうのも有りかな……」

 と、それだけを言う。素直に答えてくれないドライに対して、エイルもそれ以上聞く気にはなれない。だが、その目は明確に、理由を知っている。

 「ドライ?」

 態とではないが意地悪に思えるドライに対して、ローズが少しだけ、子供に対する忠告めいた視線を送る。自分で見つけることは大切だが、時には道を示してやることも大事なのである。

 父親としての、威厳もたまには示せということだろうか?

 「あん?」

 ドライは真横に座っているローズに、横目で視線を合わせつつ、少しだけ面倒くさそうにする。

 ローズは、ドライと同じように横目で彼を見て、彼が納得するまで視線を話そうとしない。

 「はぁ……」

 溜息をつくドライであった。エイルには、これが面白くない。だが、彼がそれを口にする前にドライがすっと指を指す。

 舞台中を動き回っている、ザインとアインリッヒを指したいが、追い続けると、腕の動きが忙しなくなるし、落ち着きもなくなる。彼はアバウトにその方向だけを指しているのだった。

 「あいつらの額に埋め込まれている秘石見てみろよ……」

 エイルは、動き回っている二人の額に注目する。距離は遠いが、注意すれば解ることであった。普段は深く深紅に染まっている夢幻の心臓の中央がほんのりと光っているのである。それは鈍い光であるが、反射ではないのは、解る。

 「光っ……てるのか?」

 まだ確信を得ていないエイルだった。確かに、多数決で否定されれば、そうでないのかもしれないと疑いを持ちたくもなる程度の、光である。

 「ああ、奴らのアレは、奴らを生かすためにある。だが、ただ生かすタメじゃねぇ。あいつらの生命エネルギーの増幅器でもあるんだよ。そして、肉体の一部だ。言わば臓器と一緒だよ。彼奴らは生命エネルギーをコントロールして、あそこに集めて、身体に還元してる。尤も還元してるのは、夢幻の心臓だ。まさにエネルギーを身体に循環させる心臓だよ……満更、ただ呪われただけの代物って訳じゃねぇってことさ……」

 「生命エネルギーって……じゃぁ命を削ってるのか?」

 「ああ。だが、夢幻の心臓を得た者は、そのエネルギーが尽きることがねぇ……、アレは彼奴らを生かすためにあるんだからな……」

 ドライは、指を指すのをやめる。

 「呪いをかけた術者の命が媒体ってやばい代物だ」

 夢幻の心臓の事は、以前にも聞いたことがある。だが、その力がよもやここまでの代物であるとは、想像もつかないことだった。エイルは、言葉よりも彼等が存在する事実を、暫くその目で見続け、確かめるのであった。

 だが、そんな二人の勝負にも、思いがけぬ終わりがやってくる。

 今政に互いに突撃を仕様とした二人の間に割って入った一人の男がいたのである。

 「そこまでですよ!」

 彼は一喝で、二人の熱くなりすぎた熱を冷ます。そして、二本の剣で、二人の剣を止めるのであった。

 「三剣士がそろったぞ……」

 観客の一人が、ポツリとそろう。

 三剣士とは、女王直属の三剣士を言う。その三人目の名前は、ジュリオ=シルベスター=シュティン=ザインバームである。アインリッヒとは、対照的に真っ黒なジャケットに身を包み、マントを羽織り、二本の剣を手にして、二人の間に入り、両者のそれを止める。

 あまりゆとりのある表情ではないジュリオである。何故なら彼の本分は剣士ではないからだ。その彼が剣士である、二人の勢いを止めるには、それなりの気合いがいる。

 だが、ザインもアインリッヒも、意地を通して、ぶつかっているわけではない。少しすっきりしたかっただけの事なのである。それについつい熱中してしまっただけのことである。

 確かに、二人の試合は、観客を大いに賑わせ、楽しませたが、それは最初だけである。本気になりつつあった二人の戦闘は、もはや一般客には見えないものとなっており、観衆は唖然とするしかなかったのである。

 それに、彼等の試合がこの大会の筋ではない。空いた時間を少々利用したに過ぎないお遊びである。それが、主役達の力を圧倒してしまっているのだ。確かに、場を弁えなければならない。

 「お二人とも、お遊びが過ぎますよ」

 と、二人の孫でもあるジュリオの冷静な言葉に、少々面目なさそうなのは、ザインである。

 アインリッヒの方は、まぁそんなものだろうと、思うに留まるのだった。そのまま戦い続ければ、それこそ、時間すら忘れてしまっていただろう。ジュリオの制止で、二人は、舞台上から下りる。


 観客は、それに静かな拍手を送り、彼等の退場を見送るのであった。

 「さてと……」

 試合が一段落したドライは、席を立つ。

 「ちと、トイレ行ってくるわ……」

 あれほどの、戦闘を目の前にしておいて、ドライはこの調子である。

 別にザイン達を過小評価しているわけではない。ジュリオが制したところで、二人の真価は、解らなくなってしまっている。ただ、恐らくもっと爆発的な力を秘めているのだろうという、推測しか出来ない。

 ザイン達が退場したのは、選手の入退場口である。

 「遊びすぎですね。ザイン様……」

 そこに立っていたのは、アンドリューである。彼はイーサーと違い、ほぼ全ての試合を何処かで観戦している。それは、彼が有望な剣士をその目で確かめるためである。彼は、選手達をただのそれとは、思っていないのである。将来この国を支える者達を、その目で確かめようとしているのである。

 「ああ、悪かったな。面目ねぇ」

 そういったザインだったが、反省の色は殆ど感じられず、健やかな顔をしている。ある程度の欲求不満を解消できたのが、よく解る表情だった。

 「大会が終われば、続きがしたいものだな」

 と、同じようにアインリッヒも爽やかな顔をしている。剣でのぶつかり合いは、格別だと言いたげな表情のアインリッヒであった。

 「午後からの、私の試合も忘れないで下さいよ」

 と、悪気のないザインが憎めないアンドリューであった。それが彼の上司なのである。仕方がない人だと、諦めつつも、それが彼らしいと、アンドリューは思っている。

 「ああ、解ってるよ。その前にシャワー浴びてくるよ……」

 ザインは、背中越しに手を振って、その場を去って行くのであった。

 ハプニングがあり、アインリッヒにたたき壊された石畳が、急ピッチで修復されてゆく。そのためにかり出されたスタッフは、とんでもない迷惑を被ったものである。

 予定を狂わされたあげく、次の予定までにそれを修復しなければならない。梃子の原理を利用し、棒などで砕けた石畳を剥がし、搬送し、新しいものをはめ込む。多少の亀裂の入った程度のものならば、そのまま使用されるようである。

 予備にそういう部材を撮っておいてあるのは、アインリッヒとザインがたびたびそういう行為に出るからに、他ならない。その可能性のある都市は、ホーリーシティーである。ヨークスの街では、まず考えられないことである。

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