第3部 第14話 §16 イーサーの変化

 やがて時間は過ぎる。二人が惜しげもなく、シルベスターの力を使い、ぶつかり合った初めての時だった。前回は、ドライの農園だという状況もあり、小手調べ程度に終わったが、今は集中してお互いに、神経を注ぐことが出来る。

 そんな二人がやがて、息を切らせて、動きを止める。

 「ハァハァ……」

 久しぶりに全力を出し、息を切らせた気がするドライだった。恐らくそれはオーディンも同じなのだろう。汗が流れ、体中が熱くなり、呼吸が乱れている。体中も激しくとばされた埃や泥もついているが、傷は全くない。

 というのも、シルベスターの力で得られた凄まじい再生能力が、あるからである。

 「息が上がるってことは、まだ、シルベスターのようにゃいかねぇってことだな……」

 ドライがニヤリと笑う。ある意味それは、自分達がまだまだ発展途上であるという意味でもある。ただ、それが自助努力によってなされるものかどうかは、謎である。

 「そうだな……」

 十分にぶつかり合った満足感を得たのは、ドライだけではなく、それを仕掛けたオーディンにもあった。

 「そろそろかえらねぇと、ガキの試合が始まっちまう。ローズの奴がうるせぇからな」

 と、ドライはイーサーの試合も兎も角、それに遅れたときのローズの仕打ちの方が堪えると言いたげだった。情けない笑みを浮かべている。

 「そうか。では、戻るかな……」

 そこにはすっきりしたオーディンがいた。

 ドライもふっと笑みをこぼした。

 そしてそんな二人の周囲には、変形した地形のみが広がっている。

 「行けよ。私は城に戻るからな」

 オーディンが、ドライを、追い払うようにして、ローズ達の所へ戻るように指図する。

 「勝手な奴だよ」

 呼び出しておいて、用事が済むと、厄介払いしようとしているオーディンに対して、意地悪な笑いをしながら、何か意地悪をしてやろうかと、思ってしまうドライだった。

 「いつも、わがままなのは、お前だ!少しは、私の気持ちもわかっただろう?」

 「解ったよ!んじゃな!」

 ドライは、ビュンと飛び立ち、上空でサングラスを掛けようと思い、胸の内ポケットからそれを取りしたが、激しい戦闘ですでに、フレームが砕け、レンズも割れてしまって、ポケットの中で音を立てている有様だった。彼が取り出せたのは、耳の部分だけだった。

 「あぁあ……、あんにゃろ、弁償だな……」

 少しだけ苦い顔をするドライだった。それはお気に入りだったのだ。

 

 そんなドライが、再びコロシアムのスタンドに姿を現したのは、ほぼイーサーの試合直前の事だった。彼は何処かで購入したサングラスをすでに身につけている。そして、ローズの横に座る。

 「楽しめた?」

 「まぁな」

 ドライは座ると同時に、サラリと流す。だが、シャツもジーンズもボロボロだし、泥だらけになっている。随分暴れ回ったに違いないことは、想像に難くなかった。

 「で?」

 「ああ、これからよ」

 ローズとドライは正面を向く。

 そのとき、観客の歓声が大きくなる。選手の登場である。

 一回戦第一試合の勝者である、カーティス=タイラーと、第二試合の勝者イーサー=カイゼルの登場である。

 プレートアーマーを着用し、ブロードソードを所持しているカーティスと、カジュアルな服装のまま、銀色の剣を手にするイーサーが、肩を並べて登場する。

 そして、カーティス陣営は入退場口と逆サイドに動く。

 「大丈夫?守備力たかそうだよ?」

 リバティーは、イーサーの剣が通らないのではないか?と、不安に思っている。

 「大丈夫だよ」

 イーサーは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、やる気満々になり、舞台袖でリバティーとの会話を終えると、舞台中央へと向かい歩き出す。

 それを見た、カーティスの方も、舞台中央へと向かうのであった。

 そして、そこで互いが向かい合う。

 審判は、飛び道具や、他に暗器が無いかを探るが、両者にそれがないと認められると、二人を正式に向かい合わせる。

 「始め!」

 そして、開始の合図を送る。

 「お前の剣は、私の鎧を通らないぞ……」

 カーティスの、守備力は確かに堅固なものがある。イーサーがどうするのか、確かに見物だ。

 まず動き出したのはイーサーである。

 剣を八の字に回しながら、両手で交互に持ち替えつつ、カーティスの周りを歩き始める。確かに機動力ではイーサーの方が遙かに優位である。彼はそれを生かすつもりなのだろうか?

 周りの期待感が広がる。

 「え?」

 誰もが、そう声を出す瞬間だった。確かにイーサーは機動力を生かす、動作に入る。俊足で相手の懐に飛び込み、一気にカーティスの首を狙うのであった。

 だが、そのスピードが尋常でない。

 しかしプレートメイルでガードされた彼の首周りに、剣は通じるようには思えない。だがイーサーはお構いなしに、カーティスの首に剣をぶちあてる。

 カーティスは、ぐらつく。あまりに速度のある衝撃に脳内がついて行けないのである。重量のある鎧は、確かに外観は頑丈だが、与えられたエネルギーを全て吸収してくれるわけではない。

 過剰に加えられたエネルギーに、カーティスの身体は大きく揺らぐ。彼は、自重と、鎧の重量、そして、イーサーから受けたエネルギーを、支えなければならないのである。

 譬え倒れなくとも、踏みとどまるには可成りの筋力が要する。

 イーサーは、カーティスが体勢を立て直そうとしている間に、正面から彼に斬りつけ、その鎧を剣で叩く。

 だが、それは重心の高い位置に加えた打撃ではないため、カーティスがそれ以上ぐらつくことはなかった。逆にそれがカーティスに体勢を立て直すゆとりを与えたように思えた。

 そして、事実カーティスに反撃のチャンスを与える。カーティスは、自在に剣を振るい、イーサーを狙うが、彼は全てそれを叩き返す。

 「はぁぁぁ!」

 それは、この大会初めてイーサーが入れる気合いの声である。

 そしてそれは、彼がもう一度カーティスの懐に飛び込み、彼の鎧に剣を斬りつけた瞬間のことだった。鎧と刃が擦れ、オレンジ色の火花が激しく散る。

 イーサーは、剣を振り抜くと、素早く駆け抜け、再びカーティスの正面に戻り、距離だけを空ける。

 イーサーの後方に座る観客からざわめきがおこる。何故なら、カーティスの鎧に、見事に斬りつけられた裂け目が出来上がっているからである。

 それはただ単に摩擦によって生じた傷ではなく、明らかに鋭利さがある。それに驚いたのは、何も観客だけではない。カーティス本人も、驚きを隠せない。

 何より彼は自分の鎧の強度を知っている。

 叩き、鍛え上げられた鋼鉄で作られたその鎧は、世界でも有数の強度を誇るはずである。

 胸元にイーサーの剣が走った感触は確かに無いではなかった。だが、酷く押しつけられたり、力で強引に切り刻まれた傷ではないのだ。

 「な……なんだと?」

 カーティスは、構えを解き、思わず胸元を押さえる。

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