第3部 第14話 §13 順当な勝利
それでも背筋にかかる負担は凄い。
イーサーは受け止められた反動を利用し剣を引き、今度は身体を時計回りに、一回転させながら、右手一本で剣を振るい、マーロンの胴をねらいに来るが、彼も素早く剣を立てて壁にし、それを防ぐ。
受けると同時に腕の骨がきしむ。必死になる顔がゆがむ。
「はっ!」
イーサーが軽く、呼気の固まりを吐き出す。一呼吸入れる。それだけの様子に見える。
イーサーが次に取った選択肢は、剣の重量ではなく、素早い逆回転で、左足を使った蹴りである。剣を右側に立てていたマーロンの左腕が、胸部への直撃を避ける壁となるが、イーサーの蹴りが確実にヒットし、マーロンは、後ろに仰け反り、倒れ込む。
「待て!!」
審判の制止が入る。理由は単純である。マーロンが倒れたからである。
だが、決してイーサーの反則ではない。そしてそれはポイントにもならない。あくまでも剣術のサポートである体術を使っただけに過ぎない。
しかし、相手にダメージを与えるという意味で、効果は確実にあるのだ。
〈なんて力だ……。腕が痺れて感覚がない!〉
マーロンは、剣を放さずも、その右腕で、痺れた左腕を抱えつつ、ゆっくりと立ち上がる。
打撃を与えたイーサーは、呼吸一つ乱さずに、へへっとした、笑みを浮かべている。その表情は絶好調だと言いたげである。剣を肩に担ぎ、マーロンが立ち上がり、構えなおすのを待っている。
犬歯としての意地。それが再びマーロンに構えを取らせる。
「始め!」
審判は素早く、試合開始の合図をするのだった。
マーロンは、両手で剣を持ち正面に構えているが、左腕はあくまで添える程度の状態となっている。
「ありゃ、ダメだな……」
だが、遠くで見ているドライは、直ぐにそのことに気が付く。強烈な蹴りにより、打撲を受けた左腕の感覚の鈍化は、回復しきっていないようだ。
イーサーは、リラックスして、呼気を一つ吐き、一瞬にしてマーロンの正面に詰め寄り、再び剣同士をぶつける。
今度はつばぜり合いではない。刀身同士をぶつけ合い、マーロンの懐をこじ開けにかかっているのである。
イーサーは力一杯剣を振るっているわけではない。そうしなくても十分マーロンの剣を弾くことが出来るからだ。それに、力んだ一撃は、躱されると諸刃の剣である。
それでもマーロンには、強烈な力に思える。それは、左腕が完全に使えない状態であるということも理由の一つだ。
剣を支えていた右腕もやがて握力が低下し、腕力も尽きはじる。
そして次にイーサーの剣がマーロンの剣にぶつかった瞬間、彼は剣を手放してしまう。
弾かれた剣は、回転しつつ大きな弧を描いて、舞台袖付近に落ち、重く高い金属音と共に、その場に転げ落ちる。
そしてイーサーは、マーロンののど元に剣を突きつけるのであった。
「ま……参った……」
息をつまらせ、呼吸を荒くしながら、マーロンは自身の負けを認める。
剣を突きつけたイーサーは、相変わらず悪ガキのような笑みを浮かべたままで、全く疲れた様子を見せることはなかった。
「勝者!イーサー=カイゼル!」
審判の勝者宣言が行われ、イーサーの方に手を挙げる。
その瞬間観衆が割れんばかりの歓声と拍手を送る。単純でわかりやすいイーサーの勝ち方は、誰もがなっとく出来る勝ち方でもある。その上で十分い実力差を見せているのだ。人々はそれに満足している。
そんなイーサーはというと、ゆっくりと余裕を持ちながら、舞台袖にいるリバティーの所まで行き、舞台を下りると、彼女からの祝福のキスを、その頬に受ける。
「うわぁ。何万人もみてんのに、お嬢ったら……」
ミールは興奮しながら、そして声を高ぶらせてそういう。はしたないと言いたげなイントネーションを態と作っているが、彼女がそういう性格でないのは、全員理解している。
「俺は、やらないからな!」
と、エイルは予めこれに対する予防線を張る。
「え~~!」
ミールが不満いっぱいの声を上げる。眉をハの字にして、頬をこれでもか?と言うくらいに膨らませてエイルに抗議してみる。
「フフ。大観衆の前で愛を証明するのも、なかなかアツいものがあるわよね……」
ローズがクールな視線を作りながら、リバティーと腕組みをして、去って行くイーサーを見る。
彼は単純で、物事を深く追求しないタイプの人間だが、その気持ちも否定することはない。それを潜めるだとか、隠し通すだとか、あまり考えない部分もある。その分、より喜びを素直に、ストレートに分かち合える。
リバティーにとってそれは良いことなのだろう。少しイーサーに感化されすぎのようにも、思えなくもないが、臆面もなく自分を表現できるのは、彼等の年代の特権なのかもしれない。
尤も、世の中には例外もあるということも、忘れてはならない。
「凄かったね!速かったし、安定してたし!」
控え室に戻ったリバティーとイーサー。最初に興奮の声を発したのはリバティーである。初戦突破は確かに嬉しいが、イーサーは勝利の興奮よりも、彼が望んでいた動きで、試合を進められたことの方に、満足感を感じている。
「まだ、余裕だよ。んで良い感じだよ」
イーサーは、ベンチに座り、スポーツドリンクを飲む。それから、脳裏に描かれる先ほどの試合を反芻し始める。
天井をじっと見つめて、動きの一点一点を思い出す。
「ふふ……」
そういうときのイーサーは、暫く何を言っても上の空だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます