第3部 第14話 §11 スタジアムへ行こう
「イーサー?」
と、それはイーサーの中では、次の瞬間に聞こえた声のように思えたが、実際は身体の反射運動も思考回路も鈍い。
「ん?」
「朝だよ?」
それは、イーサーより、いち早く起きたリバティーの声で、すっきりとしている。
「あれぇ!?」
そう、イーサーはリバティーが戻れば、二人の時間を楽しもうと思っていたのだが、その有様である。
とぼけた顔で、ベッドがから飛び起きると、微かな東日が、窓をかすめて入り込んでいる。
「準備してよ!」
そうである。この日は自由枠の決勝トーナメントの日である。決して遅れるわけには行かない。
その時点で、彼は失格になってしまう。
「あ、やべ!」
と、準備をするために立ち上がったものの、殆どすることがないことに彼は気が付く。
何故なら、いつもは真っ裸の状態で、そこから服を着用するのだが、この日は服を着たまま眠りについてしまっていたため、着替える必要性がないのである。
「えっと……」
それでもイーサーが確認したのは、首のチョーカーと、左腕のブレスレットである。それが彼の剣であり楯であるのだ。それなくしては、大会などあり得ないのである。
「んじゃ、顔洗って、朝飯食って、出発するか!」
イーサーがニカ!っと笑う。体調は万全のようだ。いつもの生活リズムとは少し違っているようだが、その辺りにも特に問題はなさそうな様子である。
元々細かいことや、験担ぎなどは、彼の性に合っていないことだ。
それにあまり不安を抱え込むような、タイプではない。そういうイーサーを見ていると、リバティーはクスリと笑いたくなってくる。
二人は歩いてコロシアムに行く。また、それが可能な距離である。
イーサーは、選手通用口に立っているガードマンに、登録選手の証明書を見せると、リバティーを連れて場内に入る。
「君!天使の涙を装着するのを、忘れるなよ!」
と、タンクトップとうい、とても戦闘に対して、装備を調えていないイーサーに対して、ガードマンが忠告をする。もっともイーサーが、天使の涙を装備していないことが解ったのも、彼のそのラフな服装のせいである。
「ああ。解ってるよ」
大会のルールくらいは把握している。あまり物事を覚えないイーサーだが、さすがにその部分は覚えざるを得なかったようだ。尤も、その前にエイルが、イーサーの耳にたこができるくらいに、それを再三に渡って口にしていたことは、言うまでもない。
イーサーは、リバティーを連れ、登録選手の確認手続きを済ませ、指示された控え室へと行く。
彼が控え室につき、暫くすると、大会の泰一試合が始まる。
恐らく、会場には、エイル達も到着しており、観客席から、その様子を見ているはずだ。
その会場では、観客の歓声のなか、大地試合が繰り広げられる。
戦いを繰り広げている両名の名は、トマス=リエラ、カーティス=タイラーである。
トマスは、茶髪の天然パーマの頭髪を持つ青年であり、ヒスパニック系で、レイピアを使用しておいる。
カーティスは、黒髪のストレートヘア、アイルランド系の顔立ちをしており、ブロードソードを所持している。
両者の実力は互角で、動きも速い。剣の強度では、明らかに不利なレイピアだが、ヒットアンドウェイを繰り返しながら、カーティスの攻撃をかわしつつ、彼の隙を誘い出そうとしている。
カーティスの装備は、プレートメールを装着しており、通常の攻撃は跳ね返してしまうが、トマスはそれに相性のよい剣を持っている。
逆にトマスは、軽装備であり、カーティスの持つブロードソードの威力の前では、紙切れに等しい。
非常に対照的であり、且つ互いの弱点を突ける相手同士である。
息もつかさぬ攻防の連続が観客の目を釘付けにする。
「ふあぁぁ……」
と、欠伸をしたのは、案の定ローズに連れられてやってきたドライである。彼は外出をするときは、相も変わらずサングラスを手放さない。
ドライはいつになく退屈そうにしている。抑も興味が無い。どちらが勝っても良いのだ。
それから側には、エイル達もいる。
ドライの緊張感のなさに、溜息をつく彼だった。
「ホラホラ!若者の試合をしっかりみなさい!」
と、ローズは無理矢理ドライの頭を正面に向かせて、舞台中央の選手に注目させる。
「イーサー、まだかよ……」
剣というものに、命を預けてきたドライとしては、本当につまらない勝負である。彼等の技量が緻密なまでに高く、速度も力もあればいいが、その両方に欠ける。
だが、それが普通のレベルなのである。世界の誰もが、この舞台で戦っている者達は、世界屈指の強者だと信じている。無論その事実は変わりない。
〈ザインの奴が、まともな人間だった頃もあんなレベルだったのか?〉
と、ドライは疑問に思う。何故なら彼等が、ドライに出来る唯一に人間との比較対象だからである。
だが、ザインはそれに対して首を横に振るに違いない。
「世も末だな……」
平和なら平和に越したことはない。それは確かな事実だし、今は剣の時代ではないということを、ドライも感じている。だが、その使い手が滅び行くことには、少々考えさせられるものがあった。
「もう……」
祭りの雰囲気に乗らないドライが、ローズには少々じれったかった。
選手を応援する周囲の歓声が、スタジアム中を伝わり、絶えず響いている。
「あ、ホットドックくれよ!あと、コーラな!」
と、ドライは直ぐに食に走る。売り子を近くに見つけると、直ぐに声を掛けるのであった。ホットドッグは、スティックの付いた、揚げパンの中にソーセージが入っているものだ。
イーサーの試合は第二試合である。それまでは、ドライの調子は変わらないでいるだろう。
そうしている間に、勝負がついてしまう。勝者はカーティスである。
理由は、トマスの運動量が落ち、剣同士のぶつかり合いが生じたためである。細身のレイピアでは、一度の攻撃するエネルギー量が、ブロードソードより落ちてしまう。回避動作が鈍くなったトマスは、刀身を叩きおられてしまったのである。
一回戦突破に、カーティス陣営のサポーターは、歓喜の声を上げる。サポートにつくことが許されるのは一名だけである。彼の場合完全にトレーナーである。
試合は開始から10分で終わりを告げる。次の試合までは、二〇分ほどある。一試合のために取られている時間は二十分。次の試合までのインターバルまで、一〇分という構成になっている。
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